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2004年10月27日 (水)

黄蝶の誘い

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黄蝶の誘い (Invitation from Yellow Butterflies)
 台湾の美濃ダム計画のことを初めて知ったのは、1997年、関東学院大学の宋永こん教授が開いた交流会に呼ばれていったのが最初です。黄蝶が舞う谷を沈めるダム計画の話を初めて聞いて、それが一体どんな谷だろうかと想像し、「いつか、きっと行く」と思いました。その時に出会った黄鴻松(ファン・フンスン)さんと劉孝伸さんと今回は再会を果たすことができました。(お名前に漢字・片仮名・ひら仮名が混じっていてごめんなさい)
 It was 1997 when I first heard about anti-dam movement in Meinung, Taiwan. Prof. Sou Eikon from the Kantogakuin University invited me to a meeting between some Taiwanese and Japanese. I listened to Taiwanese visitors to talk about the dam project that was to sink the Yellow-butterfly Valley. I imagined dancing fluffy thousands of butterflies and thought to myself I would visit the valley. Finally again I met two fellows, Mr. Huan and Mr. Liu and visited the place.

 これからじょじょに雑誌などでも発信していくつもりです。でも、まずは、取材に協力してくださった方へのお礼状から始めたいと思います。このサイトを覗いてくださる他の皆様にも、美濃ダムの反対運動が、いかに若い世代によってアクティブに盛り立てられているかを見ていただけると思うからです。
 This is my open thank-you note to those who gave me great cooperation for interviewing people and visiting places in Meinung. Just looking at pictures the rest of the world would know how younger generation is now activating the Meinung Community and the anti-dam movement there. That’s all for English now. Enjoy people's smiles on photos! Thanks!

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●国際会議を取り仕切った美濃愛郷協進会のイーティン!謝謝!写真は、3日の会議の会場である高雄市の大和平校区文大学にて。会議の案内板の前で忙しく携帯電話中のイーティンを捕まえてパチリ。彼女こそが、この国際会議の最初の言い出しっぺです。疲れていても、いつもにこやか。お疲れさま!(You must be tired! Take care!)

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● 1997年に会い、今回、日本統治期の1935年に設立された「雙渓熱帯樹木園」に案内してくれた劉孝伸さん。謝謝!彼は、学校で生物の先生をしており、自然を愛する次の世代を育てています。彼の後ろに見えるのは、清の時代に作られた水路。

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● 同じく1997年に日本で一度お会いしました。美濃愛郷協進会の理事の黄(ファン・フンスン)さんです。案内してくれた彼の車には、相模川キャンプインシンポジウムのステッカー「川は誰のものか」が張ってありました。この写真は、美濃愛郷協進会の事務所の裏庭です。中国式の建物で、表に向かって人がゆったり椅子に座る構図になっていますが、裏庭は、その椅子にあたる、ゆったりした空間だそうです。彼も小学校の先生。日本語も話せます。

 美濃の運動の特徴として、地域振興も活動の一環ですが、その一つで、中央・地方政府からも助成金をもらってコミュニティカレッジが設立されています。その副主任さんや職員の方々も3名が取材に協力してくださいました。

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1. 取材の手配を全面的に支援してくれた頼梅屏(メイピン)さん。「日本統治時代のダム計画を覚えている方に会いたい」と事前に無理なお願いをしていたのですが、美濃中に電話をしまくって本当に探し出してくれました。何本も何本も「誰か知らない?」と電話をかけて「あの人なら知っているんじゃない?」と聞くと、また電話してあたっていくという驚くべき作業を通して探し出してくれたという話を聞いて、思わず、「電話何本かけたの!」「ん~、20本くらいかな」「え~ぇ!!ありがとう(泣)。メイピンさん、CIAになれるね!」と言ったら「美濃に秘密なんかないもの!」と。密な地域社会なのだ。面倒だったろうに、嫌な顔ひとつせず、笑顔で答えてくれました。本当に謝謝!

 実は、美濃の運動のクライマックスの一つは、前号でも少し触れましたが、4万人近い美濃人口の一軒一軒を、女性たちが戸別訪問をして、反対か賛成かの署名を集め、そして、72%の反対署名を立法院にぶつけるべく大々的なデモを展開したときです。
 なるほど、そんな偉業を成し遂げた人々を見てきたMei-pinさんにとっては、日本からやってくる売れないジャーナリストのために電話を20本かけることさえも、いい加減な気持ちではやらない。一つ一つが真剣なのだ。その真剣さに、私も応えなければと、身が引き締まったのです。

チンフエ.jpg

2.頼梅屏(メイピン)さんの同僚の邱静慧(チンフイ)さん。彼女は車を運転して、私をあちこちに連れて行ってくれました。彼女の背景は、小学校の廊下に掲示されている黄蝶谷を守ろう、自然を守ろうという環境教育のポスター。謝謝!日本に来たら、私があなたを案内するよ~。

3.張正揚さん。皆さん、お忙しい中、細切れの時間を都合しあって、私の取材につきあったり、案内をしてくれたりしたのですが、張さんは最後の日に、美濃から高雄の空港まで送ってくれました。コミュニティカレッジの副主任です。謝謝!写真を撮りそびれてないのが、残念です。

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● さて、今回、中国語しか分からない方の取材のときにお世話になったのは、星純子さんです。星純子さんは、現在、台湾で美濃について詳細に研究中。私が帰国後、「美濃愛郷協進会」のウェブサイトにリンクを張ろうとしてgoogleで検索したら、なんと出てきたのは、星さんが2002年に「全国公害患者の会連合会の視察に参加して」書いた文章でした。彼女のライフワークが「台湾」なのです。謝謝!純子さん!

氏家、エンテ.jpg

●オマケの写真。美濃の朝6時。宿の自転車を借りて、フィリピンのクレメンテさんと日本からの参加者、RWESA(東・東南アジア河川ウォッチ:ルイサ)の氏家雅j仁さんと、朝飯前の散歩を楽しみました。

報告は続けます。(to be continued)

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

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