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2004年10月14日 (木)

「そこのけ」は、国際標準を満たさない

  「道路代替用地7割『遊休』」という朝日新聞10月11日の記事を見て、さもありなんと思う。 
道路建設で移転を余儀なくされる地権者のために548億円を使って用意した「代替地」10万6千m2のうち7万1千m2が「提供の可能性がなく遊休化している」と会計検査院が指摘したそうだ。
 
  「さもありなん」と思ったのは、八ッ場ダム(群馬県長野原町)計画の状況を見聞きするからだ。

  日本の公共事業が、いかに移転させられる人々の希望も聴かずに、「そこ退け、その退け、道路が通る」「そこ退け、そこ退けダムが通る」と事業主体でことを進めてきたかを示す。

 計画から52年たった八ッ場ダムでは、いまだに、「補償交渉」が終わっていない。これだけを考えても(半世紀のダム闘争でくたびれ果てた現地の方々のお気持ちを私自身が踏みにじるようで申し訳がないが)、実は、ダム建設をこれ以上、一歩も進めるべきではないのだ。

 水没四地区(川原畑、川原湯、横壁、林)の住民が「国交省に約束を守らせる会」として、水没地の人々に向けてチラシを織り込み、国交省のやり方に納得がいかないではないかと訴えたのは、ほんのこの夏の出来事だ。

No.1「急告 信じていた補償基準に疑心!!」
  ・宅地、田、畑の坪当たりの価格に他の地区と差額がある(安い)。
  ・その理由を聞いても国交省は説明もしない。

No.2「いまだに支払い名目もない第一小の建設用地」
  ・水没する小学校に替わる小学校を建設するというから(小学校だけはとりもなおさず)善意で土地を提供したのに、(そしてその際、山を切り崩して整地するから周辺の土地も一緒に提供するわけです)、建設が済んだら周辺の土地に関しては「小学校用地ではない」と支払われていない。

No.3「特報「代替地分譲基準連合交渉委員会」開かる」
・ なぜ、チラシを発行するかという説明など

 目を転じて、途上国への開発援助の動向をみてみると、八ッ場ダムのケースがいかに、先進国として恥ずかしい事例であるかが分かる。すでにこんなことは、開発援助の分野では許されない、糾弾されるべきことだからだ。

 インドのナルマダダム、中国の山峡ダムなど、先進国の支援による途上国の大型ダム建設は、どこにおいても、社会的・環境的な配慮は一切無視して行われてきた。それは現地政府の体制によるものもが大きかったが(国によっては軍隊や警察が強権的に移転させてしまうケースがあると「メコン・ウォッチ」の松本悟さんは言います)、国際社会では、それは援助する側の責任もある、ということになり、技術援助や融資をする場合には、対象となる事業にきちんと環境配慮がなされたか、人々への補償がきちんと行われるかが確認されない限りは、支援を行うべきではない、という流れにつながってきた。

 その結果、世界銀行では、1950年代から増加の一途を辿っていたダムへの融資は、1980年代前半を境に、現在、ひたすら下降線を辿る。「移転」という大きな犠牲を払うくらいなら、作るべきではない(適正な住民参加や補償がなされない国には融資できない)、という流れになってきているのだ。

 1998年に世界銀行と国際自然保護連合が設立した「世界ダム委員会」が、社会的な影響や環境への影響を配慮するべきという勧告を出したことで、この流れは決定的になった。

【移転は単なる物の移動ではない】 
 影響を受けるのにもかかわらず、それが過小評価されて補償がされないのは、立ち退きに会う人々の「経済的、社会的な発展」ではなく、単に「物理的移転に主眼を置いているからだ」と結論づけられていったのだ。

 日本はそんな流れの中で、最後まで支援側の劣等生として悪名を馳せることになった。フィリピンのサンロケダム、インドネシアのコトパンジャン・ダムなど、働いてきた悪事の数はいくしれない。

 そして、ついに、こうした外圧を受けて、JBIC(国際協力銀行)もJICA(独立行政法人国際協力機構)も、それぞれ「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」(02年4月)、「JICA環境社会配慮ガイドライン」を2004 年4 月を発行。今後は、それが守られていくかが、国際社会からも監視される段階に移っていく。

 さて、改善されるべき点はまだあるものの、後者のJICAについて言えば、日本国内の公共事業のやり方と比べて、いくつもの優れた考え方が盛り込まれている。

 一つは、「非自発的」に移転させられる住民に対する考え方です。

 人々の移転や生計手段の喪失はできるだけ回避すべき、そして、どうしても回避できないならば最小限に食い止め、どうしても食い止めることができなかった犠牲については、その損失を補償すること、と、「回避、最小化、補償」という優先順序で考えなければならないこと。

 そして、それが、移転させられる人との「合意の上で」なされなければならない、ということ。

 「つまり、勝手に専門家がやってきて、あなたの補償額はいくらね、と一方的にソロバンをはじくのではなくて、移転する人自身が納得しなければならない」(「メコンウォッチ」の松本悟さんに聞きました。)

 「また、補償や支援が「適切な時期に与えられなければならない」ということろが大事なんです。つまり、待たされて疲れちゃったなんていうのは論外で、新しい生活が必要なときに間に合うように早く、でなければならない」
 
 松本悟さん(彼は「JICA環境社会配慮ガイドライン改定委員会」の委員でした。まさに改定に汗をかいた人!)にお話を聞いていて、「もう涙が出そう!」と叫ばずにいられませんでした。

 二重の意味でです。今まで、勉強しなければ、と思いつつ、国内のダムで精一杯と、国際スタンダードを勉強せずに来たこと。このことをもっと早く知っていれば(いや、実は、脳みその表層では関知していながら、きちんと理解していなかった)という後悔の涙。そして、海外支援以下のスタンダードで、自国民に向きあっている日本政府に対する情けない気持ちの涙。

 「八ッ場の人たちなんて、もう52年も待たされているんですよ~(泣)。そして未だに納得がいかない扱いを受けています(泣)」(まさの)

 「日本には『ゴネ得』っていう言葉がありますよね。でも、そんなの当たり前なんです。それだけ背負わされるものが大きいんです。海外支援のあり方では、移転する人こそは、受益者にならなければならない(犠牲ではなく)。移転する人々の生活は改善されなければ、受益者にならなければならない。少なくとも、回復。そういう順序です。回復じゃないですよ。改善が先です!」(松本さん)

 そういったことが皆、「JICA環境社会配慮ガイドライン」(2004 年4 月)の22ページ「非自発的住民移転」の項に書いてありますから、行間とともに、じっくり読んでください。

 そんなわけで、こんなニワカ勉強をしたのは、明日から台湾で始まる「ダム代替案国際会議」に出席するからです。日本の恥をさらしたり、日本の悪事を謝ったりしなければならないことになるのだろうと、思ったからです。でも、それ以上に、これまで勉強(体得)してこなかった自分を、恥ずかしいと思いました。
 
 帰国後、また、ご報告します。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

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