« 湖山水庫(ダム) | トップページ | ダム問題ダイジェスト(その前に) »

2004年11月 2日 (火)

内海ダム

波打ち際.jpg

 「二十四の瞳」で有名な瀬戸内海の小豆島へ行ってきた。ここには内海(うちのみ)ダムという多目的ダムが計画されている。つい先日、香川県は、財政再建策として来年度の歳出630億円の削減を決め、内海ダムも「事業期間を延長し、大幅なコスト縮減を図る」事業としたばかり。

野ぶどう.jpg

 (左写真は朝の散歩で島内のオリーブ園にいく途中に見つけた野ブドウの茂み)

「つまり凍結ですか?」と香川県砂防課の担当者に聞くと、「平成17年度から3年間は、財政再建のための集中対策期間。内海ダムについても増額しないという『足かせ』がある」という。よく分からないのでもっとかみ砕いて話してもらった。

 「たとえば用地買収など済んでいないところがありますね。それを済ませるとなるとお金がかかる。しかし増額しない。次の段階に進めないわけではないが、1年でやることを3年とか4年とかかけませんか?という話です」という。つまり、予算をつけっぱなしでノロノロ進むというわけだ。非効率、非経済でとても財政再建策とは思えない。驚くべき先延ばし策だ。

会場.jpg
 10月31日(日)に内海町で開催された「小豆島『海と山』からの水害を考える全国集会」に行ってきたのだが(★右真左:500人が会場に詰めかけた)、会場前には、看板(★左下写真)を建て、ビラを配っている内海ダム推進派のおじさんたちがいた。推進派のビラは貴重な情報である。受け取って読んでみた。

早期完成望む.jpg

ダムの目的
 驚いたことに、、「推進派住民が掲げているダム建設の理由」と、「県が掲げているダム建設の理由」は違っていた。県が説明責任を果たさず、推進派の事実誤認を放置して、推進運動を展開させていることを意味する。

 内海ダムは、香川県側は「利水と治水の二面性を持つ多目的ダム」だと言うのだが、推進派のビラには、年間雨量が少ないので、「節水態度は内海町民の一人ひとりに染みついています」とある。「お百姓さんは、この小豆島に多くのため池を作りましたが」「干ばつの年には川の中に穴を掘り水をため、奪い合って「つるべ」で汲み、川は穴だらけでした」とも書いてある。

 なるほど、島のあちこちにため池があることが、移動中にすぐ分かる。ため池を作ったら万事OKだという幻想は、住民だからこそない。ダムを作ったからといって水が湧くわけではなく、天からの恵みでしかないことが分かっている。

 このビラでは、「水が少ないからダムが欲しい」という論法にはなっていない。「そんな渇水に『苦労を重ね米を作ってきた』にもかかわらず、一方で、台風で大雨が降ると、大変な被害が起きるからダムが欲しい」という論法なのだ。「利水」という理屈は、事業者の空しい方便でしかないと気づく。

 問題は、彼らがダムが欲しいという根拠でもある過去の災害だ。ビラでは、小豆島は、1975年に29名、1976年に39名、合計68名もが山津波によって犠牲になったとされている。しかし、実は、「四国山地の土砂災害」(国土交通省四国地方整備局四国山地砂防事務所発行)を取り寄せてみたところ、被害があった場所は、内海ダムが計画されている別当川とは離れた別な場所だった。

 「山津波だ」「洪水だ」と住民の恐怖心を駆り立て推進しても、実際に調べてみると、実は災害箇所と事業箇所が全く別であることは、他のダム事業でもあったことだ。
 
 たとえば、今、首都圏で大問題になっている八ッ場ダムでさえ、昭和22年に大被害を出したキャサリン台風が契機となったが、実際には、キャサリン台風が来たときに八ッ場ダムがあったとしても治水効果はゼロであったことを、国土交通省が自ら、認めたのは今年の話。

 熊本の川辺川ダム事業でもそうだった。山津波の被害者は、川辺川とは違う川筋の集落でおきた被害だったことが分かったのは、2,3年前。(詳しくは2002東京ビデオフェスティバル・ビデオ大賞受賞ビデオ「ダムの水は、いらん!」参照)

 小豆島の推進派住民がとても賢明だ私が思うのは、二つの箇所がまったく違うということも実はよく知っていることだ。「今度は別当川かもしれないからだ」という意味のことが書いてある。すぐバレル嘘はつかないのだ。
 
 このビラで分かるのは、彼らがダムが欲しいと主張する根拠は、「土砂災害」であって洪水ではないということだ。ところが、県担当者はあくまで、「水を受けとめる」としか言わない。砂防ダムではないから当然だ。だが、一方で、推進派の論法をそのままで放置している。反対派住民に対しては「より一層の理解を求めなければ」とそれらしきことを言う。だが、推進派がダムが欲しいといっている理由は、本来、自分たちが掲げている目的とはずれているのに、放置している。

内海ダム.jpg

 さらなる問題は、県が言うダムで受けとめる水のことだ。実は、この川は全長4キロ(正確には3.966キロ)しかない。ダムサイトは河口から2.2キロ地点。つまり2キロに満たない、たった1.766キロメートル区間(目と鼻の先)に降る雨を受けとめるだけのダムだ。

 実は、内海ダム計画は、正確には「内海ダム再開発事業」といって、現在、ため池状態の小さなダムがあるところに、50メートル下流にダムの壁を立てて、小さな現在のダムを飲み込むような形で、高さ42メートル、横447メートルの8倍大きなダムを作る再開発事業だ。直下の集落から見れば、太ったヒラメを逆さにひっくり返して、ぶつ切りにした断面のようなコンクリ面が見えることになる。平べったくて横長な奇妙きてれつな格好のダム計画である。 

 山頂から撮った写真に目を凝らして見ていただきたいのだが、ため池程度のダム(★写真中央に見える白いところが湖面だ)、集落、河口(川はあまりの細さに肉眼でもほとんど見えなかった)、海まで全部見渡せる小さな地域だ。

 直下の住民は勘弁してくれ、と考えている。なぜなら、昭和36年の集中豪雨のときには、ダム管理者が持ち場を離れていた間に、ダムから水が溢れ始め、付近の住民が命綱をつけて、水が越流している堰堤の中を渡って、中央のローラー門扉を操作して放流して、ダムの両脇が削れて決壊するのを防いだ経験を持つからだ。

 このときの香川県の発表は、ダム管理者が不在だったとは言わずに「突然、洪水吐ゲートが操作不能になったから越流した」というものだった。この発表はウソだろうと言われている。なぜなら、このゲートはその後12年間も取り替えられなかったからだ。ウソでも本当でも、住民を馬鹿にした話であり、ミステリーだ。
 
 もう一つのミステリーは、このダムが、日本三大渓谷と言われる寒霞渓から、目を転じて瀬戸内海を見下ろすと、その景色のど真ん中に来ることになることだ。その風景を遮ることにまったくお構いなしというセンスがミステリーだ。

お醤油やさんと櫛本さん.jpg

 寒霞渓は、瀬戸内海国立公園の中心的観光資源なのだ。
 「ダム建設によって水が変わり、醤油の味が変わったら、従業員を路頭に迷わせることになる」とダムに反対をしている醤油会社の山西克明さんによれば、かつてアメリカ人が買い上げようとしたいわくつきの名勝でもある。当時、地元のある名士が、この風景は日本人のものだと、私財を投げ打ってアメリカ人から買い戻し、開発されずに現在の風景を保った。この志を受け継がずしてどうするという話だ。

津波対策.jpg

 さて、内海町でも、今年の台風で、多大な被害を受けた。
 山からではなく、海から押し寄せてきた高潮で「へその上まで浸かった」という。床上浸水180戸、床下浸水350戸という被害だ。
 「集会」は単にダム反対運動の集会ではなかった。サブタイトルが「内海ダム再開発から『高潮・津波』対策への転換!」となっているように、本来は、ビラを配るだけで会場には入らなかった推進派と言われる人とも関心事は共通している。

柿.jpg

 反対派のところには、「街宣車」も回ってくるという。事業を巡る賛成・反対という結論が、人々の心を疲れさせる。本来は安心できる暮らしを誰もが望んでいるのに、はじめに事業ありきで事業が進むせいだ。
 
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

|

« 湖山水庫(ダム) | トップページ | ダム問題ダイジェスト(その前に) »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。