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2006年1月 4日 (水)

基本方針と整備計画の関係の「確認」(その2)

基本方針と整備計画の関係の「確認」については、審議会の中ですら行われました。11月9日の審議会です。議事録がやっと出ているので引用します。

このやり取り自体が、
1)方針と計画の関係(審議委員すら理解していない)、
2)審議委員と国交省の関係(質問する人と答えを牛耳る人)、
3)審議会の性質(実質的な議論にならない。当たり障りがないやり取りで終わる)
そのすべてをよく表していると思うからです。

11月9日の利根川水系・河川基本方針検討小委員会より引用
委員 「整備基本方針と整備計画の関係についてちょっと教えてほしいんですが、河川法あるいは政令でいろいろ定めなければならない事項。これが整備基本方針という形で書かれると思うんですが、この整備計画という話も出ていまして、整備基本方針に沿ってとか則してという形で整備計画を考えていくというときの期間の設定という形のものは、整備基本方針はどちらかというと長期というような意味合いなのか、期間設定という概念は一向に見ないものですので、整備計画の方はより具体的になってくると、期間設定がそれよりも短い形で到達可能という形で、整備基本方針と整備計画のかかわりの中で、そういう達成するスパンの期間設定という形のものは余り描かないのか、描いているのか、その辺りがちょっと我々の整備計画を策定する委員会等々で結構ある中で、整備基本方針に向けてとか沿ってとか則してというあれですが、その目標というのは規模とかそういうものは従来もあるんですけれども、それをどういうふうにやっていく期間という形の概念は、どういうふうに見ておったらいいのか、描いたらいいのか、法令とか期間の話がないという形でしかちょっと読めないものですので、その辺り法律の解釈として整備計画をつくっているときには、えらい具体的かつ設定期間があるような印象を持って議論をするところもございますので、その辺りを質問的なことで大変恐縮なんですけれども、法解釈として少し教えていただければということをちょっとお願いしたいと思います。」

事務局 「基本方針でどんなふうな川の整備方針かということでありますが、整備計画の方は具体的な事業計画といいますか、どういうものをつくるかということを明らかにするというのが役目なわけでございますので、期間の話も非常に強くリンクしている部分があって、具体的にどういうものをやるかということを想定しない限り、いつぐらいまでにものができていくかということも非常に想定しづらい。例えば、漠然としてはよくございますけれども、四半世紀後にはこうしたいとか、そういう行政上の目標というのは一般にあることはあるんですが、かなりこういう現実のものとしていつまでどうだというものについて、予算の話もあれば、それから、地元のいろいろな事業振興上の話もあれば、それをいたずらに何かやっても余り意味はない。看板だけは立てることはあるかもしれない。そういう意味では、元へ戻りますと、具体のものを書くというのが整備計画だと。そうすれば、具体のものというものが出ると、それに合わせて期間というものもイメージできるというところが、当初の河川法改正のときのいろいろなやりとりの中でも、整備計画で今後20年か30年ぐらいと言ってきたのがちょっと誤解を受けていることがございまして、今後20年計画や30年計画を立てるというふうに誤解されている面があるんですが、そうではなくて具体のものを書く役目なんだと。そうすれば、それは普通は河川事業、ダムなども含めまして20~30年というのはレンジの中に想定しないといけないというところで来ておるということかと思います。
 そういうことなので、今後ある程度具体的にやるものを明らかにするのが整備計画だということで今後もやっていけばいいのかなと思うんですが」

さて、この質問をした「委員」とは誰かが問題です。

【この委員は何をやっていたのだろう?】
私は利根川水系の審議を傍聴するたびに、メモを取ったので、当然、誰がどの発言をしたか分かるわけですが、この質問をしたのは池淵周一(京都大学防災研究所教授)委員です。この方は、「整備基本方針」と「整備計画」の関係について、「第24回」の河川整備基本方針検討小委員会の場で、やっと、質問をしています。

この人は、また、これまで何十回とやってきている淀川流域委員会(整備計画の原案を審議する委員会)の委員(学識経験者)でもあった方ですので、私はびっくりしました。何をいまさら、そんなことをここで確認しているのだろう?びっくりした理由は、もう一つあります。この方は、淀川流域委員会に委員として出席している間、「一度も発言しない」委員だということを聞いていたのです。

河川法の法律の解釈も確認せずに、じっと黙って流域委員会を過ごし、24回も基本方針検討を重ねてきていて、今になって質問????なんだそりゃ?とびっくりしたわけです。

12月19日、利根川水系についての最後の審議の日、この方はいつものように(上記引用でも分かる通り)一文がやたら長く、切れ目がなく喋って、何を言っているのか分かりにくかった。そしていつものように近藤委員長は、その発言を良心的に「解釈」「通訳」をしてから次の発言者に発言を回していた。

そこで、私はついにこの池淵という委員と言葉を交わしてみたくなり、審議会終了後に近寄り、ジャーナリストの名刺を差し出して、「一つだけ質問があるのですが、淀川流域委員会に出席している間、一度も発言されなかったですね?」と聞いてみました。噂の確認でもあります。すると

「それぞれで判断しますから。別に発言しなきゃいけないってことはないでしょ」
「はい。何かご判断があって流域委員会で発言されなかったんですか?」
「発言は強制されるもんじゃないでしょ?」
「はい。一言も発言されなかったとのことなので、何か理由があるのかと思いまして」
と、しつこい私をギロリと睨んで、苛立っておられました。

「方針と計画の関係がわからずに、流域委員会に座っておられたのか」と聞いたほうが良かっただろうか・・・。

この日も、実は、この池淵委員のびっくり確認発言と事務局の回答の直後に、近藤委員長(元河川局長)は、次のように尻拭いしている。鋭い人だな、とは思う。

(委員長) 今の事務局の答弁どおりだと思うんですが、あえて今○○委員のような質問が出たというのも、やはり現場で担当している人と河川局の幹部との間に認識差があるのではないかと思います。全国の河川を見て歩いていると、ここでけんけんがくがく100年や200年に1回の計画をつくったにもかかわらず、あれは御破算でこれから30年に一遍の計画をつくりますとか、50年に一遍の計画をつくりますという話になると、ここで議論したのは何だったんだろうかと思わざるを得ないケースにぶつかります。
 それで、ここで決められた中で、とにかくまず最低の安全度を確保するために、向こう30年間何をやるんだというならいいですけれども、また御破算で30年か50年に一遍の流量計画でまた作り直しているかのごとく印象を受ける説明を聞きました。したがって、ここで議論しているのが土台であり、柱であり、骨組みなんだとよく徹底していただいて、それにどう肉付けするのが整備計画なんだということを徹底していただきたいと思います。

この委員長の発言は、池淵委員が出ていた淀川流域委員会との関係を言っているのだとしか思えなかった。スタンスがばらばらだから、池淵委員は今になってそんな確認をしているのだといわんばかりに繕ってあげていたというか。

また、同時に、あくまで、審議会で「けんけんがくがく」することの方が、現場の議論よりも尊重されると主張したい気持ちが見え見えだが、審議会で本質的な中身について「けんけんがくがく」なんてしていないことは、傍聴者にはバレバレであり、なんとも苦しい発言でもあります。

【傍聴させるのに名前を公表しないのはオマヌケ】
さて、「委員」とは誰かについて、もう一つの問題です。審議会の最後に、毎回、議長役の委員長が、一言一句違わずに、国交省が書いたシナリオをこう読み上げます。

「本日の議事録につきましては、内容について各委員の御確認を得た後、発言者の氏名を除いて国土交通省大臣官房広報課及びインターネットにおいて一般に公開することとします。」

ところが、報道機関や傍聴した人が、委員の名前を明かしてしまえば、名前を伏せる意味はありません。これは審議会を非公開で行っていた頃の遺物。

これについては、布村課長が「傍聴させているのに委員の名前を伏せるのは確かに今はもう意味はないですね」と認める。

しかし、「じゃ、委員にはかって名前も出します、ということにすればいいじゃないですか」と言うと、「今調べています」と言う。何を調べているんだか知らないが、調べるよりも、「名前を記入のうえ公開しますがご異議ありませんね」と委員長の台本に書けばいいだけのことではないか。

いずれにせよ、傍聴者が見張っていることで、さまざまなボロがでてくるというのは、傍聴を重ねていて見えてきます。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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