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2006年1月29日 (日)

根っこ、答え

重なるときには重なるもので、前身「ダム日記」との関係についての質問と同様、2004年以降に知り合った方からは、最近こんなメールもいただきました。

<ダム日記2がスタートした時、「河川法を改正しようヨ」というタイトルの意味がよくわかりませんでした。もしかして、殆どの人には、チンプンカンプンだと思います。>

わはは、すみません。

 そこで、「チンプンカンプンなのは、多分、私がチンプンカンプンなまま、走りながら考えているからだと思います(笑)」とお答えし、こちらでそれを補足することにしました。

 そもそもこのブログの発端は、不妊治療を終えてそろそろ社会復帰するかなぁ、とボ~~っと立ち上がったばかりの頃、「市民参加が公共事業の関連法の中で初めて入った河川法が今どうなっているか現状について話してくれないか」と、友人・後藤隆に、オーフスネットの勉強会として誘われ、「う~ん、ちょっと時間をもらえれば話せないこともないけれど」と引き受けてしまったことが始まり。

 丁度、水源開発問題全国連絡会(水源連)という市民団体が議員(前回の参議院選挙で落選してしまった中村敦夫さん)を通して入手した国交省の資料「河川整備基本方針と河川整備計画に関する国土交通省への照会事項について」(2003年11月)がありました。それをいただいて、私なりに「知らせなければ」と思ったことをまとめてお話をしました。以下がそのときのレジメと資料です。

レジメ
「日本における市民参加の現状と課題ー河川法を題材としてー」(2004年7月29日)
参考資料1 
河川事業でオーフス条約の求める「早い段階での市民参画」の実態は?
参考資料2 
治水事業はどう変わったか?(ダムの素)
参考資料3 
河川法、河川整備基本方針その他
レジメの訂正

ご面倒かと思いますが、これらをダウンロードして見ていただけると、04年7月時点での私の問題意識がご理解いただけるかと思います。(自分の問題意識を復習する必要も感じていますが)

その意味で、Viva!の後藤隆という友人がいなければ、そもそも何も始まらなかったかもしれません。(その感謝とルーツをこめて、毎回日記の最後に「ViVa!(ビバ!)はこちら」と書いています。)

そのとき、「水源連の人に話をしてもらえば?私はブランクが大きいから」と言ったら、「かえってプロ級の水源連ではなく、初心者でも分かるようにあなたが噛み砕いてくれたほうがいい」と言われたことを覚えています。今思えば、後藤隆は、私の社会復帰のタイミングを見て、「引っ張り出してやらねば」と考えてくれてのことだったかもしれません。

資料1は水源連が入手した数十頁にわたる資料をバサバサと切り捨てて、素人を対象にたった1枚にまとめてみたものです。

資料2と資料3は、政策秘書として身につけた説明資料(問題が生じた歴史的経緯、現状の法律の枠組み、根拠法令)の作成力をフルに発揮したものです。問題解決には、噴出している問題そのもの(資料1)の指摘だけでは不十分で、その意味付けや背景となる仕組みと解説(資料2と3)が重要です。

これがきっかけで、いくつかのことが起きました。

一つがこのブログです。改正河川法の運用実態を把握した時点で、後藤隆に、「97年の改正後フォローできてこなかったのが痛い。97年の改正前から温存されている問題をもう一度自分の勉強を含めて盛り返すために、「続ダム日記」とか、「帰って来たダム日記」とかなんとか、できるところからやりたいと思う」とか言ったら、「じゃぁブログって知ってる?」と、Viva!の中にこのスペースを設け、タイトルを一緒に考え、あとは私が自分で好きなときに好きなようにコンテンツを放り込めるよう、電話でコーチングしてくれたのが始まりです。(さんきゅ~後藤隆)。

もう一つは、研究者たちとの結びつき。オーフスネットの勉強会に来ていた東大演習林の蔵治光一郎先生に声がけされ、青の革命と水のガバナンスの研究会に巻き込まれる(PDFです)ことになったこと。

また、NGOに台湾へ飛ばされたり、東工大の原科幸彦教授の授業に呼ばれたのも、そんなことがきっかけです。

勉強会には、遠く大阪からも弁護士の方が(ついでだったと思いますが)参加されていて、彼らも淀川流域委員会をきっかけに、河川法における市民参加についてこれから改めてフォローしていくのだと伺っていました。その一つの現れが昨年末に行われたシンポジウムでもあります。

97年以来、河川法はどうなったのかと人々が注目する時期とシンクロした。私の関心を含めて、皆の関心は、突き詰めて言えば、「河川事業や政策における市民参加」という未到達地点にどうたどり着こうかということです。

これは一種の権利獲得の闘いであり、ここ1ヶ月、マニアックに発信しているのは、その細かなバトルの一端でございました(笑)。

「河川事業や政策における市民参加」と言っても、具体的にでは河川法をどう直せば、今、噴出している問題を解決できるのか、それがジワジワと皆さん(私も含め)の頭の中にイメージが一人でに出来ていくために書いているのが、このブログの役割でもあります。

それは単に河川法を直せば解決という問題ではないということはもう、お分かりいただけたかと思います。

どこでどんなふうに市民参加が出来ていないのか、誰が、どんな制度が、それを妨げているか、「河川整備基本方針」策定という局面で見てきたこと、市民団体の戦い、私自身のいきあたりばったりな試みを、少し時差がありますが、実況中継しております。

だから、答えは、現実の中に(笑)。そして皆さんの頭の中に、自然と「こうすべきではないか」と浮かんできたときが、河川法改正市民原案ができあがるときです。法律案は決して国会の中で作られるものではない。個人の頭の中に出来上がるものでもない。

現場にある。そうでなければ現実に則したものにならない。そういう信念がこの10年でできました(笑)。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!)はこちら

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コメント

 現実を直視された鋭いご意見を引用させていただきました。
河川法に限らず、現在の法体系、もっと言えば法理念となる借り物の近代思想そのものに対する違和感がますます強くなっていると感じています。それを統合している国家って何?という疑問にまで踏み込まざるをえないのではないかと思っています。

投稿: 鈴木康夫 | 2006年10月12日 (木) 16時32分

鈴木さま 私、こんなこと、書いていたんですね。ちょっと前に書いたことを自分ですぐに忘れてしまうので、リマインドしたいただいた感じで、元気がでました。ありがとうございます

投稿: まさの | 2006年10月12日 (木) 21時52分

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