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2006年4月30日 (日)

やっと開示請求に

先日来、書いていた球磨川水系(川辺川ダム計画をかかえる水系)の河川整備基本方針を議論する場を4月13日に取材に行った際、その帰りにようやく、国交省の情報公開室へ立ち寄り、発言者の氏名を含めての議事録公開を求めて、開示請求をしました。

利根川水系の審議を傍聴しはじめて以来、こりゃ、おかしいと思い、まずは、1月10日、要請書を送りました。

委員の名簿も明らかにし、傍聴もさせている。議事録もしっかりとネット上で公開している。ところが、議事録での発言者名前だけは○○と伏せられている。

政策決定にたずさわる専門家として、税金から謝金をもらって発言をするのに、その発言に責任を取らないのはおかしい。多くの人の人生や生活を左右するのだから。

また、世の中、傍聴にいける人ばかりではない。誰が何をいったから、どのようにそれが反映されて、方針や計画が決まっていくのか、国民は知る権利がある。

ところが、公開の要請は、どうもきちんとした扱いを受けていないことが、その後、課長に聞いたときの感触。それならば、委員名だけを非公開にする理屈は通らないことを、情報公開法によって証明するしかないと、最初から決めていたのですが、まったく変化の兆しがないのを見極めて、413日、「議事録自体はネット上で公開してありますが、委員名は伏せてあるので、委員名とともに、公開」と明言した上、録音テープも合わせて、開示請求してきました。

次回の「河川整備基本方針検討小委員会」は以下の通り行われる予定

日時 平成18年5月10日(水)13:00~15:00
場所 中央合同庁舎3号館(国土交通省)11階特別会議室
議題 球磨川水系の河川整備基本方針の策定について

そこで、ネット上で委員名も合わせて公開してくれると方針転換をしてくれれば、開示請求は取り下げるというメッセージを委員長と課長に持っていくつもりです。ただし、今回の小委員会は、中身自体が注目に値するものとなるはずで、その本質的な流れを妨げないスマートなやり方でやらなければ。ちょっと繊細。

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出来事さまざま

イベントのシーズンがやってきた。

●2006610() 

恒例「野田知佑ハモニカライブ7」in 上野公園

去年の記録写真が素敵です。

●私は200651315時~1412時(土日)

未妊・不妊の人々のための温泉合宿 

~情報・意見交換、交流、新緑のお散歩~

というのを癒し系の仲間と、まったりと、やります。

●その帰り道に、八ツ場ダムの「ミニ学習会」でお話を。

話に来てくれない?と言われたときに、温泉合宿をやるときがあるから、その足でなら、移動時間に無駄がなくていいなぁ・・・と出無精なことを言っていたらこんなことに。

というわけで、上記二つ、それぞれは関係がありませんのであしからず^^;。

●先日(415)医療の良心を守る市民の会準備会のシンポジウムに行ってきました。

ひょんなご縁で金沢大学の産婦人科医・打出喜義氏が関わられてきた「同意なき臨床試験」の問題を、頭をキューキュー言わせながら勉強しぃしぃ、追いかけています。(サイト上では「命のジャーナル」に 金沢大学「無断臨床試験」裁判として分かりやすく載っています。本のオススメはこれ。) 

簡単に言うと「無断で患者を実験台にしちゃいかんでしょ?」と上司に進言したら無視をされ、後に、その患者の遺族が裁判を起こしたとき、その被告としての上司が出してきた偽造文書(臨床試験に参加していなかったというウソを裏付けるもの)に対し、本物を提供したことで裁判を患者勝訴に導いた医師。患者から見ればヒーローです。でも、病院組織からすると「内部告発者」。退職を強要されたり冷遇されたり、辛い日々を、しかし負けずに過ごされています。

こんな人が守れなくてはジャーナリストもへったくれもない・・・と空回りしつつも、判決文や法律や省令が難解で、本質の見極めにテコズッテしまいましたが、ようやく分かってきました。(4ヶ月もかかってしまった(ため息))

―国に対し製造許可などを申請する場合などの臨床試験は「患者の同意」を必要とし、同意をとらなければ薬事法に基づく省令「新GCP」違反として、罰金50万円以下の罰則があります。

―しかし、それ以外の、たとえば、医師や研究者の自主研究レベルの試験では、「患者の同意」は法的な拘束力のあるルールがなく、違反してもお咎めがない(しかし、打出氏が関わった裁判では「それではダメ」と認定される画期的な判決が出て、確定したわけですが、確かに実験台にしたという証拠を打出医師が提示していなければ、被告側の偽造文書で患者は敗訴していた可能性が高い)。

こんな裁判を起こさなくてもいいよう、抑止力となる根拠を厚生労働省が整備すべき。

どんな薬であれ、患者の同意なしに臨床試験をしてはならないというルールに法的な拘束力を持たせることが、この問題を元から絶つことにつながる、という確信まで来ました。

いろいろ探しているうち、お隣の中国では、もうすでに、すべての医薬品に対し、ヒトを対象とする臨床試験では患者が同意とするという法規ができている。

患者が大切にされる医療であって欲しい、ですよね。

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2006年4月28日 (金)

社会をつつむ意識

日本という国は、なんだろうな、と思うときがある。国を良い方向へ動かすにはいろいろな方法があるので、いろいろな方法を試してみている。河川のことに限らず、ご縁あっていろいろなことをこの10年、あの手この手でやってみた。そして人を見てきた。

個人として伝える→ジャーナリストとして伝える→行政に訴える→国会を通じて訴えると一通り全部試し(やったことがないのは司法を使うことだけ)、最も効果があると確信したのは、「個人として腰をすえて訴え続ける」ということだった。

確かに、マスコミが取り上げるインパクトはデカイ、国会が行政を監視する力もデカイ。だが、この国が法治国家としてその法を運営し、本当のところ、現状で、内閣や内閣法を動かす力を持つ行政を動かす力としては、一時的にマスコミや国会が盛り上がることでは不十分だった。

短期的な効果を狙って「盛り上げること」(これは大事なことではあるが、小手先の効果は小手先の持続性しかない)だけではダメで、あくまでそこに「個人として腰をすえて訴え続ける」人がいるかいないかで、本当に本質的に、この国の「社会」や「文化」、「社会文化」が動くかどうかが決まってくる。長い時間がかかる。

「個人として腰をすえて訴える」効果は、しかし、自分が成し遂げたことにはなりえない。問題を感じている人々がつながっていって、ものの考え方に影響しあい、その中にマスコミも行政も国会も司法もが、結果として「個人個人の感覚」に巻き込まれていき、全部がすっぽりとその雰囲気に収まっていったときに、社会が変わる。

だから、正しいと信じることを言っていればいい。世の中には、自分が生きている間に間に合わない変化は沢山ある。時々、間に合う変化が起きる。最近、その一つに遭遇した。「日本で不妊治療を受けるということ」(岩波書店)を書いたとき、不妊治療そのものに目を向けてもらいたくて、自分の中では大きかった事件はサラリと書いた。

体外受精のために採卵をしてもらったあとで、「事実婚」では卵を戻せない、戻して欲しくば、「法律婚」をしてこいといわれた。人質ならぬ卵質だった。命の方が紙の記録よりも重要なので、争うこともなく「法律婚」をし、命が絶えたときに「事実婚」の事実と理屈を自分に取り戻した。

その後で、なぜ、「事実婚」ではいけなかったのかを、そのルールを規定する者に問い、その「理屈」はおかしいと本の中で訴えた。しかし、新聞や雑誌などで本の紹介をされる上では、このことに焦点をあてないで欲しいとお願いをした。本の中ですら「事実婚」を取り戻したことには触れなかったぐらいだ。

不妊に悩む人と、事実婚の実践で苦労をする人の数を比べたとき、不妊に悩む人の数の方が圧倒的に多いと思った。

「事実婚」という観点から騒ぎ過ぎれば、そちらに人の目がいって、「不妊治療」を受ける女性のはかない気持ち(他から見れば取るに足らない些細な気持ち)に光があたらなくなると思った。でも、書いておきさえすれば、きっと伝わると願っていた。すぐに変えられるとは思わなかった。

でも、変わった。2006418日の日本産婦人科学会の理事会を経て、22日の総会で、事実上、事実婚カップルでも体外受精ができることになった。「誰か」が変えたわけではない。問題を感じている人々がつながって、社会がその中に収まったのだ。

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2006年4月25日 (火)

アースデイ

Photo 4月22日(土)、アースデイに行ってきた。
昔、アメリカの元祖アースディ・イベントを創始したグループの一人にインタビューしたことを思い出した。話を聞いた当事、その人は、非営利活動を支えるために、営利企業を経営していた。同じ屋根の下に営利企業と非営利組織が同居、共存しているという構図に、目から鱗が落ちた覚えがある。

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2006年4月16日 (日)

隠された意見書

(前々々回からの続き)「届いている」と国交省の担当者が言ったにも関わらず、委員たちに配布されなかった意見書も転載します。

配布されなかった意見書(二つあります)の一つは、治水上最大の恩恵を受けるとされている八代市の住民団体からで、要は、「基本方針の公明性・公平性に資するため、広く地元の意見を聞き取るための公聴会を開催して欲しい」こと。

なぜなら、ダム建設の目的の一つだった利水計画が白紙状態となっている。過去の水害で54名死者が出たのは1名をのぞき、ダム予定地より上流の土砂崩れなどが原因だった。治水上最大の恩恵を受けるとされている八代市では250年以上、破堤しておらず、ダムが必要な根拠はないなどです。以下、全文の転載です。

平成18410

社会資本整備審議会河川分科会 会 長 西谷 剛様

河川整備基本方針検討小委員会 委員長 近藤 徹様

同       委 員 各位

美しい球磨川を守る市民の会 代表 出水 晃

住所 () 電話 ()

球磨川水系の河川整備基本方針策定にあたって

公聴会開催を求める要望書

 

 当団体は、球磨川上流に建設が予定されている川辺川ダムにより治水上最大の恩恵を受けるとされている八代市の住民団体です。

 4月13日、国土交通省では、球磨川水系の河川整備基本方針策定に関する小委員会が開催されます。

 小委員会では国土交通省が作成した球磨川水系の治水に関する資料等が配布され、国土交通省による説明がなされることになりますが、委員の皆様には、直接の影響を受ける地元の事情について、その知悉度において程度差があることは否めません。このような事態をそのままにして河川整備基本方針の策定作業が進められることは決してあってはならないことです。

 私たちは、基本方針の公明性・公平性に資するため、広く地元の意見を聞き取るための公聴会を開催していただきますよう強く要望するものです。

 以下、私たちから見た、これまでの川辺川ダム事業の経緯と現状について簡単にご報告致します。

1) 球磨川水系の川辺川ダム問題について

 40年前に計画された川辺川ダム事業は、球磨川漁協の同意が得られず、国土交通省は土地収用法による強制収用の手続きを申請しました。しかしダムの目的のひとつである利水事業で農水省は平成15年5月16日福岡高裁で敗訴し、その結果として平成17年9月15日国土交通省は収用裁決申請を取り下げ、事業認定は失効しており、現在、ダム計画は白紙状態となっています。利水事業については、目下農水省、県、地元で協議が重ねられ、調整中ですが、事業の目処は全くたっていません。

 40年を経て、治水、利水を取り巻く状況は大きく変わり、今日では、さまざまな世論調査でも熊本県民の多数がダム事業に反対するところとなっています。その間ダムを前提にしたために流域の堤防強化などの治水対策が遅れ、結果として、いまだに水害常襲地となっているところもあります(水害常襲地となっている地区は、ほとんどがダム以外の治水対策で対応できます)。

 国土交通省は、川辺川ダム建設の大義名分として、昭和38~40年の水害を挙げ、住民に対して、この3年間に54名もの死者が出たことを繰り返し説明してきました。しかし、私たちが調査した結果、これらの死者は1名を除くすべてが、ダム建設予定地より上流に発生した土砂崩れなどや、他水系で死亡したものでした。計画がなされた時代の情報伝達の事情を考えると、「大勢の死者が出た」と説明があれば、流域自治体が反対できなかったことは、容易に想像がつきます。

2) 八代市にとって、ダムが必要な根拠はない

 球磨川最下流に位置する八代市には、流域人口の約7割の人口・資産が集中しています。この八代市では、1755年以来250年以上、球磨川堤防の決壊による甚大な洪水被害は発生していません。国土交通省が川辺川ダム建設の根拠にする昭和40年7月の水害も、八代市においては、堤防代わりになっていた旅館の土台が、それまでになかった急激な増水によって崩れたために、家屋が流出した被害であり、八代で7,000トン/秒流れたというこのときの出水でさえ、堤防の越流は起こっていません。現在では、当時より、堤防は高くなり、川幅は3倍にもなっていて、水の流下可能量が多くなっていることは誰の目にも明らかです。また、250年前の水害も、球磨川中流域で両岸に山崩れが発生しその崩れた土砂が自然のダムとなってそれが決壊したことによって惹き起こされたものでした。この事実からも川辺川ダムが80年に一度の洪水を前提に計画されているということが、全く根拠のないものであることは明白です。

 40年水害を契機に、八代市における球磨川の湾曲部であり、治水対策上最も重要な箇所と言われる萩原堤防は改修されました。国土交通省も平成13年12月の第一回住民討論集会において、治水対策で現在の萩原堤防に言及し、「確かに、八代地区だけをみれば、仮称掘削をすることで、川辺川ダムが防ぐという80年に1度の洪水に対して安全に暮らせるかもしれません」と、八代にとってダムが必要でないことを認めています。

また、国土交通省がさらに萩原堤防を強化しようとフロンティア堤防事業を計画化するにあたって作成した「球磨川萩原堤防補強効果検討業務報告書」(平成11年3月)には、「現況河道においても計画流量に対して余裕がある」こと、及び、計画河道が完成した時点では、200年に一度の可能最大24時間雨量に対する評価対象流量9,950?/秒でも、計画堤防天端には達しないことが明記してあります。また,これを受けて、予算化するために更に検討した「平成12年度萩原地区実施設計業務報告書」には、超過洪水時においても、パイピング破壊の可能性がないとの記述があります。更に、予算がついた際に、国土交通省が公表した「主要箇所調書」には、このフロンティア堤防事業の事業効果として、氾濫面積は対策後0平方キロメートル、被災世帯数は0戸、被害額は0兆円となり、一方、事業費の総額は3,172百万円であることが明記されています。

 以上のことから、現時点でも八代市にとって、川辺川ダムが必要でないこと、更にフロンティア堤防事業が実施されれば、川辺川ダムでは防げない超過洪水時にも対応できることは明らかであります。私たちは、それにも拘わらず、球磨川水系河川基本方針にダム前提の方針が出ることは、断じて容認することはできません。

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もう一つが「やつしろ川漁師組合」からの意見書です。

重要な部分を抜粋します。

「国土交通省は前例のない漁業権の収用という手続きを強引に取り、熊本県収用委員会の審理が開始されました。しかし、(略)国土交通省は収用裁決申請を取り下げ、ダム事業計画そのものが白紙状態となっています。」

「流域住民は、40年前当初、ダムがこれ程環境に影響を与えるという認識がなかったことと合わせ、頻繁に起こる水害を予防できるならば多少の犠牲は仕方がないという思いから、ダムを黙認している部分もありました。しかし、この流域においては水害体験者すらダムに反対をしている事実が明らかになってきました。」

「球磨川流域の治水対策にとって、本当にダムしかないのであれば、私たち漁民も、自分たちの漁業という営みを放棄しても、ダム建設に同意するかも知れません。しかし、球磨川の河川改修や堤防強化、嵩上げなどの対策をまず講じ、それでもダムが必要な場合にのみ、ダムという選択肢が浮上してくるのではないでしょうか。」

そして以下を要望されています。

「私たちは、球磨川水系の特性や治水対策が資料の検証をもってのみ判断され、河川整備基本方針が策定されることに大いに疑問をもっています。委員会においては、是非現場に足を運んで頂き、現地を検証すること及び現地において、住民の意見を広く徴収するための公聴会の開催を求めます。」

「球磨川水系の基本高水流量や河道への配分等に関する事項については、住民討論集会において、議論中であることを踏まえ、小委員会の場において決定しないこと。」

「委員の皆様におかれましては、平成9年の改正法に何故環境の視点が盛り込まれたのか、どうして住民の意見を聴かなければならないかという条文が盛り込まれたのか、考えていただき、河川整備基本方針の策定に当たっていただけますよう重ねてお願い申しあげます」

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以上、駆け足で、4月13日、午前中の出来事でした。

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2006年4月15日 (土)

委員たちを動かした意見書

(前々回からの続きです)審議委員たちはいつになく熊本県民から送られてきた「意見書」を意識して取り上げて審議しました。「マスコミがたくさん来ている」ということも言葉にするほどに意識していました。民主主義は多くの人+マスコミが「関心」を寄せてこそ機能し始めるものなのかと思わざるを得ません。その「意見書」以下に転載しておきます。

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    2006年4月6日

社会資本整備審議会河川分科会 

河川整備基本方針検討小委員会 委員長 近藤徹 様  

               委員  各位 

子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会 

  代表 中島康

  (川辺川ダム反対52住民団体代表連絡先)(略)

「球磨川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書

 新聞報道によれば、4月13日に球磨川水系河川整備基本方針に関する検討小委員会が開かれるとのことです。球磨川における最大の問題は川辺川ダム問題です。球磨川の支流・川辺川に建設予定の川辺川ダムは、社会情勢の変化で治水・利水ともその建設目的はなくなっております。また、川辺川の清流を台無しにしてしまうだけでなく、球磨川の自然に多大な影響を与えるため、各種世論調査の結果を見ても住民の大多数はダム建設に反対しています。

 そこで、2001年12月からは住民側の専門家と国土交通省との間で川辺川ダム建設の是非、基本高水流量および計画高水流量の妥当性をめぐって住民討論集会が繰り返し開かれてきました。また、川辺川ダム建設を前提とした農業利水事業は裁判で違法性が指摘されて国の敗訴となり、それとともに、ダム本体建設のための漁業権等の強制収用に関する収用委員会では国が収用裁決申請を取り下げて、ダム計画は白紙に戻る状態になっています。

 今回、検討小委員会で審議する球磨川水系河川整備基本方針は、この川辺川ダム問題に密接に関わるものでありますので、その審議は川辺川ダム問題についての経過と現状、背景を十分に把握したものではなければなりません。つきましては、球磨川水系河川整備基本方針の審議にあたって下記6点についての意見書を提出しますので、それを踏まえて審議されることを要望します。

 さらに、委員会としてパブリックコメントを求め、その意見提出者と河川管理者が議論できる場を提供することを強く要望します。

   記

1 「川辺川ダムを考える住民討論集会」の住民側専門家との議論の場を設けること

 熊本県では川辺川ダムの是非をめぐって、国土交通省、熊本県、住民側との間で2001年12月より延べ9回の住民討論集会が開かれ、2年前からは住民討論集会の次のステップとして森林の保水力に関する現地共同検証が行われてきました。基本高水流量や森林の保水力、現行の治水計画の問題点などについて、広く専門的な議論が行われてきました。そのような議論が積み上げられてきたにもかかわらず、それを一方的に無視して、国土交通省が検討小委員会に基本高水流量等の判断をゆだねてしまうのは断じて許されることではありません。2001年12月から続けてきた議論を白紙に戻すようなことはあってはなりません。あくまで、住民討論集会の議論を基礎にして検討小委員会の審議を行うべきです。検討小委員会として、住民討論集会の住民側の専門家を招いて基本高水流量の妥当性等について科学的な議論が行える場を設けることを要望します。

2 球磨川の基本高水流量はひどく過大である

 球磨川の工事実施基本計画は今から40年前の1966年に策定されたものです。この治水計画の基本高水流量(80年に1回の最大洪水流量)はひどく過大な数字です。当時は観測データが少なく、今や時代遅れとなった単位図法という流出モデルを用いたため、基本高水流量の計算には基本的な誤りがあります。また、当時は森林の大面積皆伐が行われ、森林の保水力が大きく低下していた時代でした。その後の森林の生長による保水力の向上を踏まえ、その後蓄積された観測データを加えて新しい手法で計算すれば、80年に1回の最大洪水流量はかなり小さな数字になります。そのことを具体的に示すのは最近の洪水の実績流量です。計画では、「流域で2日間に440ミリの降雨があれば人吉地点で毎秒7000トンの洪水が発生するので川辺川ダムが必要」となっていますが、昨年9月の台風14号では440ミリ以上の降雨があったにもかかわらず、毎秒4300トンしか流れませんでした。さらに、人工林の間伐で針広混交林を進め、保水力の一層の向上をはかれば、より小さな流量におさえることができます。

 新しい治水計画では工事実施基本計画の基本高水流量を踏襲するのではなく、科学的な根拠がある基本高水流量を設定すべきです。

3 球磨川の河道整備の遅れを解消すべきである

 球磨川では、川辺川ダム建設事業に河川予算の大半が注ぎこまれてきたため、河道整備の進捗がないがしろにされてきました。一昨年の台風16号や昨年の台風14号では、改修工事が遅れている球磨村・芦北町等の中流部や、川辺川周辺の無堤防地区などで洪水被害がありました。川辺川ダム建設事業に投じられた予算の一部を河道整備に回すことができていれば、洪水被害もなかったと考えられます。私たちは被害住民の意向調査を行ってみましたが、そのほとんどの方が望んでいることは川辺川ダムの建設ではなく、河道整備を速やかに実施することでした。治水対策のほとんどを川辺川ダムに依存するという現行の治水計画が大きな歪みをもたらし、洪水被害を発生させているのです。

 新しい治水計画は、県民の多数が反対する川辺川ダムではなく、河道整備を基本に据えたものを策定すべきです。

4 豊かな自然を未来に残すために

 河川整備基本方針では、洪水対策の他に球磨川水系の環境についても審議され、基本方針が謳われます。ご承知のとおり球磨川水系は日本一の清流川辺川、日本三大急流としてその名を知られ、河口は豊饒の海・不知火海へと連なっています。球磨川では中流に発電のための荒瀬ダム、瀬戸石ダムがあり河川を遮断していますが、日本で初めての試みとなる荒瀬ダムの撤去による自然再生の取り組みが決定しています。豊かな自然を未来に引き継ぎ残すために県民、住民は大規模ダム建設に危機感を募らせています。

 豊かな自然をどう評価し、どう引き継いでいくのか、その方針は極めて重要です。さきの住民討論集会では、環境に関しても国交省と住民側専門家の意見は食い違ったまま中断しています。わたしたちは、委員会が、住民討論集会での住民側専門家の主張も国交省報告と同じ扱いとして審議されること同時に、ダム事業など大規模事業については改正河川法の精神に則り、「今後の球磨川における事業に際しては法に基づく環境影響評価を実施する」との一文を河川整備基本方針に盛り込むことを要望します。

5 正常流量について

 流量(水)は河川の主体です。河川に最低必要な流量である「正常流量」は基本方針の重要な課題です。球磨川では正常流量に関して、新たな利水計画を策定するための「事前協議」の場で膨大な時間を費やして議論されています。その結果、国交省は川辺川と人吉について「鮎の生息と産卵に必要な水位・流量」から一応の目安を示しました。しかし、水量の少ない球磨川本川上流や、海につながり最も取水量の多い下流部については示されていません。私たちは、事前協議の中で粘り強く国交省の主張する「正常流量」の根拠を明らかにしてきました。正常流量は、利水事業に関する水利権とも、また、鮎など動植物の生息環境とも密接に関係する重要な基準であることから、委員会では、事前協議において討議された内容について確認されるともに、既存水利の効率的、高度な使用によって豊かで安定的な河川流量が確保されるよう正確、慎重な調査・検討が実施されるよう要望します。

6 川辺川ダム計画は白紙の状態になっている

 冒頭で述べたように、川辺川ダム建設を前提としたかんがい用水事業は裁判で違法性が指摘されて国の敗訴となり、それとともに、ダム建設のための漁業権等の強制収用に関する収用委員会では国が申請を取り下げました。その結果、現在、川辺川ダム計画は白紙の状態になってきています。熊本県民の多くは、川辺川ダム計画はすでに終わったものだという受け止め方をしています。検討小委員会においては、この川辺川ダム問題の現状を十分に認識して審議されることを要望します。

以上

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基本高水と森林の保水力

(前回の続きです)近藤徹・小委員会委員長は「住民討論集会を追体験したい」から次回までに国と県に整理するようにと命じました。ただ命じたのではありません。明確に二つの点において「これまでの議論と資料」を整理するように言いました。

     基本高水

     森林の保水力

についてです。

そこに至るまでの経緯の一端を補足しておきたいと思いますが、その前に、「河川整備基本方針検討小委員会って何だっけ?」と思われている方も中にはおられると思うので、少々解説します。

97年改正河川法に基づき(一級河川に限って整理します)以下二つの手続きがあります。

1. 河川整備基本方針(国交省が決める)

2. 河川整備計画(国交省が決めるが住民参加も国交省が必要と思えばさせる)

1. は「社会資本整備審議会」に意見を聴いてから策定するという手続きで、この審議会は道路も河川も都市計画もなんもかも入っているので、小分けしてあり、この審議会の下に河川分科会があり(昔の河川審議会)、その下に、「河川整備基本方針検討小委員会」が設置され、413日に開催されたのはそれです。

2. は「流域委員会」などが、住民参加の一形態として淀川で設置されたのをはじめ各地で行われていますが、実は、1の手続き前に「任意」で行われるものから「シャンシャン」と形式上やったことにするために開いたものまで千差万別です。

川辺川の場合、非常に「異色」なのは、「住民討論集会」という形で、河川法の法定手続きとはまったく別に、一種の住民参加が行われたことです。熊本県の潮谷義子知事はそれを、「河川法を体現する形」という言い回しをされ(一瞬だったので聞き逃した記者は多いと思います)、うまい言い方をするもんだと思いました。

知事が強調したのは、これまで県で住民達がやってきたことを「無」にしないでくれという点です。

ただし、人吉市の福永市長がストレートにダム推進の立場を明快にした一方で、「知事がどちらの方向を向いているのか分からない」という発言が委員からあったり、小委員会後のエレベータホールでの記者会見(ぶらさがり形式)で、「川辺川ダムについて知事の考え方は?」という質問があったりしたのに対し、小委員会でも記者質問に対しても知事はストレートには応えず、「住民討論集会で行われた基本高水や森林の保水力の問題を反映させて欲しい」「小委員会は方針を決めるところであり、ダムがこれによっては決まるわけではない」という遠まわしで中立的な立場を守られました。

ただし、そこで、この二つ

     基本高水

     森林の保水力

について、反対派と推進派でどのような議論があったのかを知りたいという委員が現れはじめ、委員長が最後に発言された「追体験」ということになりました。

この二つを次回の「小委員会」での重要課題に押し上げたという意味で、住民討論集会でやってきたことを「無」にしないという最低限の、しかし、対国交省に対しては困難なハードルをクリアしたという意味で、実にうまいと思いました。

あそこで、知事が単純に「自分の考え」を述べていたとしたら、それが県民を代表する意見として、そこで終わっていて、小委員会で『「基本高水」「森林の保水力」の二つに関して討論集会で出てきた議論や資料を共有する』という流れにはならなかったと思います。

つまり、知事が自分自身のダムへのスタンスを曖昧にぼかすことによって、そこで聴いていた者にとっては煮え切らない(私の感想)という印象を与えたとしても、県内で行われてきたことを、小委員会の審議のテーブルに載せたという意味で、最小限かつ最大限(つまり、これ以外にはありえないギリギリの選択肢=どう他に転んでも、あとは、「シャンシャン」と決まるパターンしかありえないというのが私なりの考えです)の成果を勝ち取ったといえます。2時間10分間にわたる「緊張」の闘いだったと思います。

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熊本・川辺川のゆくえ

413日、「球磨川水系の河川整備基本方針の策定」について第一回目の審議が、社会資本整備審議会・河川分科会・河川整備基本方針検討小委員会で行われました。球磨川はその支流に「川辺川ダム」が計画されている水系です。

場所は国交省の11階。10:00から。10:30からと記憶していて「おぉ~早く着いたな。10分前だ!」とバン!とドアを開けたら、もちろんもう始まっていて「ウガっ!」

熊本から遠方で来られない方々のため、関係メーリング・リストに「本日の感想」と称してお伝えしたことをはしょって再現します。

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昨年から、この「河川整備基本方針検討小委員会」をあれこれ傍聴してきていますが、一番最初に傍聴したケースの100倍ぐらい質が高かった。吉野川水系のときに比べても15倍くらい、利根川水系と比べても10倍は良かったです。(発言と緊張感が)

最初が悪すぎた(淀川水系でした)。吉野川で「住民は見ている」のだと気づいてちょっと緊張した様子。利根川で住民が出した意見書にちょっとは反応しないといけなくなった。川辺川で真正面から住民側(県民の会)から出した意見書を取り上げる委員が出てきた。そんな感じです。

(ただし、そう思っていたら、現地での公聴会開催を要望した意見書は配られておらず(あとで知りました)、そんな中にも国交省事務局には作意があったことを知りましたが)

知事がたびたび発言し、必死でいかにこれまで県で河川法改正を体現する形で、住民討論集会を長い期間、回数を重ねてやってきたかを話され、他の委員もそれに反応し興味を持ち、それがどんなものか知らない、「利水計画はなくなったとか聞いたが詳しくは知らない」というような発言もあり、複数の委員が「意見書には大半の人間がダムには反対だとある。本当のところどうなのか」「地元でどう考えられているのかを知りたい」と言い始めました。「(住民討論集会など)それだけのことがやられていたから、こんなにマスコミも来てこれがどうなるかと見ている」「国だけで押し切ったとか言われないためにも」とかいう発言もありました。

ダム推進派である人吉市長は、「住民」といってもいろいろいる。被災した人はダムを作って欲しいというし離れていれば作るなと言う。マイナーな意見をつぶしていいわけではない。水上から八代市まで(上流から下流の市町すべて)、首長、議長は皆、ダム推進だと述べました。

県知事はそこですかさず、「色々な世論調査が出ているので整理して事前に出したい」と見事にリカバー。

それを受けて、委員会の最後に、近藤徹委員長が熊本県で行われた「住民討論集会を追体験したい」から、国交省事務局と県とで、これまでに蓄積された資料や議論を整理して次回(510日)に出すようにと、言いました。

地元新聞では、この日の最大の成果とも言える「住民討論集会を追体験したい」といった委員長の言葉が伝えられていなかったようですので、あえて強調します。

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2006年4月 7日 (金)

引っ越してきました

というわけで、Viva!から引っ越してきました。河川法「再」改正まで5年の(心のうちの)目標を目指して1年8ヶ月が過ぎました。

ようやく全国隅々、とまでは行っていませんが、「河川行政」の何がどうおかしいか、数年離れていた「現場」の状況、つまり、「国土交通省」の状況、「地方整備局」の状況、「住民運動」の状況、「研究者」の世界を、広く薄く、ある部分、狭く深く、一通り、見聞きし、力を蓄えることができたと思います。

さて、あと3年4ヶ月。ここから、この1年8ヶ月で蓄えてきたことを整理して、アウトプットして「成果」?へとつなげていければと思います。まずは整理ですね。ボチボチと行きます。

それから、ここから先がおそらく最も辛いので、「ボヤキ」と言うカテゴリーを加えて、あらゆる分野の個人的な思いも書いていきます。それが8割になってしまうかもしれませんが、そこはそれ、ご勘弁ください。

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