« 利根川流域市民委員会 | トップページ | 八ツ場ダム訴訟の行方 »

2006年7月31日 (月)

いつから基本高水が争点に?

久々で今後の予告編の続きです。

ダム反対運動の歴史でいつ頃から基本高水の過大さが争点となり始めたのか?

「基本高水」という言葉がもっとも活発に議論されるようになったのは、200112月から始まった川辺川の住民討論集会だと思います。熊本の潮谷知事の「国交省は説明責任を果たせ」という注文から始まったもので、住民側も堂々と議論できる場となり、そこで「基本高水」についての議論がなされるようになった。

それまでにも問題は指摘されていたし、研究者の間でも「恣意性が高い」という批判は十二分に議論、理解されていた。それでもそれを問題として表立って世に提起する勇気のある学者、研究者はほとんどいなかった。

残念ながら熊本での議論は細かすぎて、なかなか全国レベルのメディアには載ってこなかった。基本高水問題は、その時にはだから広まらなかった。

その後、長野県を初めとして、「争点」として意識され始めた。しかし、きちんとそれが紙面に書かれるようになったのは、ここ1、2年くらいのものだと思う。月刊「世界」(岩波書店)での学者による論争は記憶に新しい。

1997年の河川法改正のときには、市民団体やダム反対運動をする人々でも、ごく一握りの人しか「基本高水」の問題を理解していなかった。それだけではなかった。「止まらない公共事業」の元凶が高度成長期に出来た古い法律にあることにも、議員立法による「法改正」にも関心が向いていない人がほとんどで、いや、「国会」そのものがブラックボックスで人々から遠く、注目を浴びていなかった時代だ。

1995年~2000年まで5年間710回書いていた「ダム日記」を後に収めた資料室で、友人のちはるさんが作ってくれた検索ページで「基本高水」と入れてみると、最初に出てくるのが19969719日、愛知の草川昭三代議士が、細川内(ほそごうち)ダム計画について出していた質問主意書」について触れた号。ちょっと自己引用します。

「前回去年の12月に出した主意書の回答で明らかにならなかった基本高水量に対応する水位に関する質問には、今回も『数値を容易に決定できるものではない。検討には多大な経費、時間がいる』と答えている。細川内ダム計画のために、これまでに「調査費」などの名目で48億円を使っているにも関わらず、だ。一体、基本的なデータ作成すら行なわず、計画ができて「25年」の間に「48億円」をどう使った挙げ句、「多大な経費、時間がいる」と答えることができるのだろう?」 (引用終わり、ちょっと日本語へん^^;)

次に「基本高水」という言葉が出てくるのが、1996 1210。すっかり忘れていたが、翌97年河川法改正政府案の土台となる河川整備基本方針と河川整備計画についての素案としての審議会の提言骨子が引用してある。その前後を読むと、今の審議会と当事の審議会とがおもしろいほど全然変わっていないし、自分自身成長していないことを実感させられる。情けないデジャブー。

次に「基本高水」が登場するのが1997 4 12これまたデジャブー。河川法改正案の国会審議前の市民側と国交省のやりとりが、そのまま現状に引き継がれている(苦笑)。

次に「基本高水」が登場するのが1997 4 16当事の建設官僚とのやり取りがなつかしくすらある。宮本さん、どこかで、読んでくれていますか?

ちなみに上記に示した資料室には後半に欠番があって、全文はこちら。ニフティの自然環境フォーラムのシスオペだった「猫が好き」さんが1号も漏らさず全部掲載してくれていたことに長い間きづいていませんでした(感謝)。

ちなみに、河川法改正をめぐる裏話までが、いろいろ吹っ切れた夏ごろに記録してある。その後、国会に入り込んでまで仕事をしていたのに、これまた自分が成長していないことに愕然とする。

さて、それでは、ここに至って、基本高水の問題が、一般の人にどれくらい理解されているか?まだまだだと言うしかない。しかし、これに注目する人の数は格段に増えている。争点になるのはこれからだ!というのが、ワタシの感覚です。

また、最近の気象の変化を見ていて、「基本高水」という争点では不十分になってきたことも感じます。川の中に水を閉じ込めるという思想はもう終わりだろうと。

まさのあつこ

|

« 利根川流域市民委員会 | トップページ | 八ツ場ダム訴訟の行方 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/82688/2870212

この記事へのトラックバック一覧です: いつから基本高水が争点に?:

« 利根川流域市民委員会 | トップページ | 八ツ場ダム訴訟の行方 »