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2006年8月11日 (金)

川辺川これまでのあらすじⅢ

そんなわけで、前回719の小委員会では、知事から宿題が出ていた。

実は、旧河川法で作られていた工事実施基本計画(以後、工実)と、新河川法に基づいて作りましたと国交省が出してきた河川整備基本方針案(以後、方針)には、「あっ」と驚くような違いがあった。知事は、それを「何故か」と聞いたのである。

1.なぜ工実では人吉(中流部)と八代(下流部)にあった2つの基準点が、方針では人吉1地点のみとなったか?

2.なぜ工実では降雨継続時間として2日間雨量を採用していたのに、方針ではそれが12時間になったのか?

3.工実でも方針でも使われている、雨量データの引き伸ばしという手法はなぜ必要なのか(妥当なのか)?

4.工実と方針は、データも方法も違うのに、なぜ基本高水は同じ数字(結果)になるのか?

1、2のような大きな変化も含め、これらすべてが、どの「専門家」からも出ていなかった質問である。(知事の発言の機会は、”専門家”と称する人々の発言の後に回ってきた。)

これには、小委員会上にいる人々が「あっ」と息をのんでいる様子が、モニター(私は傍聴席からあぶれて大概、2階のモニター室でくつろいで傍聴しているのである)を通してすら伝わってきた。あぁ~そうだよねと。

これらの重要な“なぜ”が、なぜ、他の“専門家”と称する人たちからは一切、疑義も質問も確認も出てこなかったのだろう。そんなことを思って、改めて、逆に“専門家”と称する人たちの正体やこの小委員会での審議に対する姿勢が見えたような気がした。

そして今日である。

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川辺川これまでのあらすじII

そんなわけで、球磨川水系の審議二回目(平成18年5月10日)三回目(平成1866)のテーマは基本高水における森林の保水力ということになった。

そして、委員長が、最後に、次のようにまとめた。

「本時点ではこの委員会では、保水力がないとは全く言っていません。保水力はあるんですが、もっともっとあるぞというのにちょっとはてなと。中には、このまま放っておいたら保水力はなくなるぞということに近いご意見もありました。したがって、森林整備はしっかりやっていただくということは当然で、おそらくだれも争いがないところだと思います。
 私も、前に林政審議会の委員もやりましたけれども、河川と森林は喧嘩相手かなと思われていますが、私は森林の整備に国民の税金を使うことは当然だと。それは国民の宝であり、それを前提に我々は生きているんだからということで意見を申し上げたこともあります。ただ、それは現況以上に期待できるのかというところは、慎重に学問の分野で研究していただきたいし、立証活動もしていただきたいというのが委員長の見解でございます。そういうことで、本日は事務局の提案の保水力の問題について、現時点で、担保できるのはこの程度ではないかということで取りまとめたいと思うんですが、皆さんよろしゅうございますか。」(議事録
のまま)

と、さんざんハナシだけして、なんじゃそりゃ、というところに意見がまとまっています。

ところが、それも実は当然で、委員の人々は、要するに森林のことを審議できる下地がない人たちがほとんど(「まったくいなかった」というその筋の専門家もいる)だったからなのだ。

実際、森林の保水力を議論する上で必要なはずの点が、まったく整理されていない。たとえば次のような点。

現在の森林の状態は、旧河川法の元で工事実施基本計画(以下、工実)が策定された頃の現在ではまったく違った状況にある。洪水が多発し川辺川ダムが計画された頃の時代の森の状態とは現在は違うのだ。ところがその変化は認識されないままの議論だった。

そうかと思えば、あたかも現在は手入れされていない人工林だが、将来、森林に手を入れれば保水力が出るというような暗黙の了解があるかのような雰囲気の中で議論をしている人が一部にいた。つまり、話している前提が皆バラバラで、オハナシになっていない。

また、人工林と自然林の比較が審議の中に出てきたが、これもまたどのような状態の人工林、どのような状態の自然林のことを住民討論集会で話し合っていたのかは、国交省からも報告がなく、委員からもまた、この点においての確認も質問も何ひとつなかったため、皆目、一体、なにをベースに「保水力」の議論をしているのかが、定かでなかった。

球磨川の森林状態のことがまったく議論されず、たとえば次のようなハナシが虫明委員から一般論として話されたのみ。

「○○さんが非常にクリアな整理をされて、これをリファーしながら議論するのがわかりやすかろうと思います。
 ○○さんが引用されている、筑波大学の○○さんが代表者となっている研究というのは、実は科学技術振興機構の中で重点的な研究分野というのを三十数個選んでやっているんですが、その中の1つが水循環ということになっておりまして、私は実はその研究総括というお立場を務めております。つまり、水循環というのが科学技術の上で重要だということが認められて、そういう分野ができているわけです。
 その中で○○さんの研究というのは、今までの例えば○○先生の専門家としての常識がここに出ています。森林ではホートン流が起こらないと。ところが、ヒノキだけの林で、なおかつ手入れをしていなかったら、これはひどい状態になるんだというのが○○さん達の指摘。実際に彼の研究対象を僕も研究発表会などで見せてもらっていますけれども、全く下草もないし、ここで言うA層とかいうのは全然なくて、裸地化しているんです。木の根もあらわれているようなところで、彼が実験しているところは、花崗岩地帯の森林であるということがあります。
 そこで(略)、ヒノキ林でしかも非常に手入れの悪いところでの現象で、見るからに表土が裸地化しているんですから、これはホートン流が起こっても当然なわけです。

 そのメカニズムとして撥水性というか、水をはじくような層があるという議論があるんですが、そういうところをちゃんと管理するために研究することは非常に重要だと、そういうことを我々も認識したから、ちょっと語弊はありますけれども、○○さんの研究を採択したという事情があります。

 (略)ただ、ここでの議論というのは球磨川の議論なわけです。私も彼の研究はよく理解しているつもりですけれども、球磨川では少なくともそういうところはほとんどない、あっても局部的だというのが我々の認識です。共同検証として設定された幼齢林とか手入れの悪い人工林、それから自然林というところを見ても、そういう状態ではなかったところで実際に観測をやったわけです。」(議事録より)

ということで、結局、何を言うことによってどんな結論を導き出そうとしたのかすら、全然分からない。ところが、この委員以外は自分は「専門じゃない」を枕言葉に好きなこと(自分が話せること)をしたり顔で述べただけ。

それでこんな上記のような委員長意見に落ち着いちゃったという感じです。

森林のことが議論できる下地すらない人たちの中で、森林の保水力についての結論がだされちゃった。それだけは覚えておくべきではないかと。そしてそれが、この小委員会の限界だろうと、思うわけです。こんな無責任な決め方をするぐらいなら、地域住民に決定の機会を渡すべきではないだろうか。

そして、66日の審議では、最後に委員長から、「いただいた意見書の中に球磨川大水害体験者の会からの意見書がございます。市房ダムができてから水害が増えたという趣旨だったかなと思いますが、これらは大変重要な意見でございますので」と次回に審議することになった。

そしてこれについては先日お伝えしたので略。

実はこの日、知事が出した宿題があった。それが本日の審議のメインテーマとなった。(続く)

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2006年8月10日 (木)

川辺川これまでのあらすじⅠ

今日も行ってきました。

球磨川流域「河川整備基本方針」検討小委員会
日時:8月10日(木)10:00~12:00

場所:中央合同庁舎第3号館(国土交通省)11階特別会議室

さて、これまでのあらすじを頭の中に整理したい。

あらすじの前提として・・・・2001年(H.13 年) 川辺川ダム計画に対して、住民団体からはより安いコストでより効果の高い治水事業が可能であるという代替案を出したことに対し、県知事が国交省に対し、「説明責任を果たせ」という注文とともに「川辺川ダムを考える住民討論集会」 が始まった。そして・・・

2006413日―小委員会 上記討論集会で結論が出ないまま、河川整備基本方針検討委員会での球磨川水系の審議が始まったが、ここで県知事からは、「熊本県の実態ということで、ぜひ、委員の皆様方にもご理解をいただきたいことがございます」と発言があった。その内容は次の通り。

「地域住民はもとより、県民を巻き込んででございましたけれども、ダムに対しての賛否が非常に分かれる中で、初めて平成13年の11月、住民団体のほうから、ダムによらなくても、流域の命、財産が守れるという治水代替案が発表されました。これを機会に、私ども熊本県におきましては、国土交通省は流域の治水計画、あるいはダム事業について、そして、これまでの歴史的な行き方の中で、ほんとうに説明責任をわかりやすく果たしてきたのか、あるいは13年に出された治水代替案ということが、県民に見える形で科学的に検証されていくということによって、賛否両論の中にあるこの問題をもっと明確にしていくべきではないかということで、県をコーディネーターとして、球磨川のあり方が、住民と事業者との間に検証されるという、全国でも例がない形での住民討論集会が開催されるということになりました。」(2006413議事録のまま)

これに対し、元河川局長で水資源機構からへ水資源協会理事長へと天下りの“渡り”の只中でかつ河川整備検討小委員会委員長をつとめている近藤委員長が、「私たちも追体験をさせていただきたいと思います。」(2006413議事録のまま)と、論点を基本高水と森林の保水力の二つに整理して次回から話し合われることになった。

(続く)

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2006年8月 7日 (月)

オススメ・サイト

情報処理能力が格段と落ちてきているので、今日は単純にオススメ・サイトやブログの紹介

利根川市民流域委員会

●緑のダムをフォローしたい人は、ブログ「代替案」、長野の話題も!

●吉野川でも見逃せない動き「姫野雅義の吉野川日記」 

●滋賀県知事になった嘉田由紀子さんも委員でご活躍だった淀川流域委員会続行中!

他にも山ほど川を巡る動きがあります。

ちなみに、昨日から、このブログのバックグラウンド(テンプレートと言うらしい)を変えました。作成を手伝っている他のサイトのを変えるに当たり、実験台としてやってみたのだが(中身が壊れちゃったりしないかとか)、これは出来たのだが、本当に変えたいほうのが、変えるとレイアウトが崩れてしまい、慌てて戻した。う~~む。技術もないのに思いだけで役目を引き受けると大変なのだ。

まさのあつこ

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2006年8月 4日 (金)

細川内ダム反対運動の資料館

資料の山から、今年6月にいただいた旧木頭村の住民でダム反対運動資料保存会の代表・田村好さんからのお知らせが出てきました。

* * *

 200012月、国はついに「細川内ダム計画」を断念し、これを中止すると発表しました。木頭村民の30年に及ぶ反対運動が実を結んだわけです。

 そこで、この度、旧木頭村内(現、那賀町)に「細川内ダム建設」反対運動資料館を建て、ここに残された多くの資料(ダム対策同志会による反対運動の全記録、各省庁・県などへの反対陳情と抗議文や細川内ダム関連、木頭村資料、県資料、質問主意書から、ムシロ旗、メガホン等まで)を保存し、一般の方々に広く公開することに致しました。写真やポスターなども展示する予定です。数年かけて、全国各地のダム反対闘争の資料も収集したいと思います。

 資料館の隣には、67年前に建てた山小屋を移動し、「おららの山小屋」と名づけ、山小屋の生活体験もしていただけるようにします。

 資料館と「おららの山小屋」ともに06年9月の完成予定です。

細川内ダム建設反対運動資料館と「おららの山小屋」予定地

徳島県那賀郡那賀町 木頭折宇 上ミかげ16番地の1

(国道195号線より約130mぐらいのところ)

ダム反対運動資料保存会

代表 田村 好

* * * 

徳島新聞でも詳しく報道されています!↓

細川内ダム反対運動の歴史後世に 旧木頭村民、予定地に資料館計画

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2006年8月 2日 (水)

合意形成ってナニ?

合意形成がある場所で話題になっていて、だんだんさびしい話になってきたので、イメージを持ってもらうため、ひとつだけ合意形成エピソードを披露した。1998年にアメリカで仕入れてきた実話だ。

アメリカのある地区に道路が通ることになった(名前を忘れてしまった)。

最初の計画では、比較的裕福な層が住む地区を通る予定だったけれど、住民の反対が起きて、公聴会の結果、代替案が浮上して、第二案に決まってしまった。

実はこの第二案は、貧困層が住んでいる地域で、なぜ、その第二案に落ち着いてしまったかと言えば、公聴会などにその地区から参加した人が少なく、声が小さかったからだ。

裕福な層の住民は比較的声が大きく、参加の仕方に長けていたとも言える。

第二案の地区の住民は、ルートが決定してからそれを知ったものも少なくなかった。もちろん、不満は高かった。

さて、では実際にどんな道路にするのかを決めるときが来た。すると色々な意見が出た。公害を俺たち貧乏人に押し付けるのかという声は大きく、掘り割りにして道路は地下を通ることになった。どうせそうなら、道路の上をああしよう、こうしよう、いろいろな意見がまた出て、周辺住民が参加してまちづくりが始まった。

果たして、素敵な街並みが出来上がり、人々をひきつけ栄えた。

それを見て、反対運動をした裕福な層の人々は、自分たちのところであれをやればよかったと悔しがったという。

1. 参加の機会があっても誰もがその機会を平等に享受できるわけではない(どう参加の機会を平等にもってもらえるかを行政は努力しなければならない。住民はあとで文句を言うのが嫌であれば参加する努力も必要である)

2.不満の残る決定がなされたとして、その段階からいかに納得ができる計画に持っていこうと声をあげ、努力をするか。

これを河川整備基本方針と整備計画の段階に例えれば

1が方針、2が計画。

アメリカは1も2も参加機会があり、日本は2だけ。

97年以前は2もなかった。その参加レベルも低い。

だから2の参加レベルを上げること、1の段階から参加できるようになることを目指すべく、今やれることをやっているわけで、そうなっていくかどうかは、目には見えない「社会的な合意」によるものということになります。

行政と住民運動の合意形成とは、「社会的な合意」(世論)の中にようやくできてくるのではないでしょうか。

頑張りましょう。

とは言うけど、シンドイよね。

100%の合意なんて社会にはありえない。夏休みに何がしたいかという家族会議だってそうではないか?

でも、どうやって最大公約数の幸せを作るのか、どんな「社会」でも必要なことですよね。

まさのあつこ

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