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2006年8月 2日 (水)

合意形成ってナニ?

合意形成がある場所で話題になっていて、だんだんさびしい話になってきたので、イメージを持ってもらうため、ひとつだけ合意形成エピソードを披露した。1998年にアメリカで仕入れてきた実話だ。

アメリカのある地区に道路が通ることになった(名前を忘れてしまった)。

最初の計画では、比較的裕福な層が住む地区を通る予定だったけれど、住民の反対が起きて、公聴会の結果、代替案が浮上して、第二案に決まってしまった。

実はこの第二案は、貧困層が住んでいる地域で、なぜ、その第二案に落ち着いてしまったかと言えば、公聴会などにその地区から参加した人が少なく、声が小さかったからだ。

裕福な層の住民は比較的声が大きく、参加の仕方に長けていたとも言える。

第二案の地区の住民は、ルートが決定してからそれを知ったものも少なくなかった。もちろん、不満は高かった。

さて、では実際にどんな道路にするのかを決めるときが来た。すると色々な意見が出た。公害を俺たち貧乏人に押し付けるのかという声は大きく、掘り割りにして道路は地下を通ることになった。どうせそうなら、道路の上をああしよう、こうしよう、いろいろな意見がまた出て、周辺住民が参加してまちづくりが始まった。

果たして、素敵な街並みが出来上がり、人々をひきつけ栄えた。

それを見て、反対運動をした裕福な層の人々は、自分たちのところであれをやればよかったと悔しがったという。

1. 参加の機会があっても誰もがその機会を平等に享受できるわけではない(どう参加の機会を平等にもってもらえるかを行政は努力しなければならない。住民はあとで文句を言うのが嫌であれば参加する努力も必要である)

2.不満の残る決定がなされたとして、その段階からいかに納得ができる計画に持っていこうと声をあげ、努力をするか。

これを河川整備基本方針と整備計画の段階に例えれば

1が方針、2が計画。

アメリカは1も2も参加機会があり、日本は2だけ。

97年以前は2もなかった。その参加レベルも低い。

だから2の参加レベルを上げること、1の段階から参加できるようになることを目指すべく、今やれることをやっているわけで、そうなっていくかどうかは、目には見えない「社会的な合意」によるものということになります。

行政と住民運動の合意形成とは、「社会的な合意」(世論)の中にようやくできてくるのではないでしょうか。

頑張りましょう。

とは言うけど、シンドイよね。

100%の合意なんて社会にはありえない。夏休みに何がしたいかという家族会議だってそうではないか?

でも、どうやって最大公約数の幸せを作るのか、どんな「社会」でも必要なことですよね。

まさのあつこ

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