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2006年11月29日 (水)

須藤久仁恵★特派員の川辺川レポート!その4

お待たせしました。

須藤久仁恵★特派員の川辺川レポート!第四弾です!

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須藤久仁恵★特派員の川辺川レポート!

(2)事前協議――3年間の直接討議をへて

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③事前協議の歴史 

《第二期――農政局の巻き返しとそれを跳ね除ける闘い 04年》

2003年12月の意向調査結果に衝撃を受けた九州農政局は、2004年2月にたたき台3案(川辺川ダムから取水。川辺川上流から取水。川辺川下流から取水)を公表した。たたき台3案を比較するとダム案が最も事業費が安く、最も工期が短い。「やはりダム案が優位」というキャンペーンを張ることで、関係農家をダム案に誘導するという強行突破戦略であった。利水原告団・弁護団は「農政局の厳しい巻き返し策動に、いつ協議終了が宣言されるか」と危機感を持ったという(前述・森弁護士)。そして、ダム案で新利水計画を纏めようとしている農政局の強引なやり方に対して、『「はじめにダムありき」という立場を改め、関係農家の意向を踏まえた計画にしなければ、新利水計画策定の試みは失敗する』ことを繰り返し主張し続けたという(前述・森弁護士)。

こういう原告団と弁護団の厳しい指摘をうけ、農政局が提示した3つのたたき台は「参考資料」として取り扱うこと、県立大学の中島教授が提案した中小河川から水を引く案も含めた新たなたたき台を再度検討することが事前協議で決まった(0429日・17日)。4月5日、農政局は先の3つに加えて中島教授の案も含めた5つのたたき台を提示した。しかし、依然としてダム案優位のたたき台であることに変わりはなかった。双方の対立と混乱が深まった6月、総合調整役の熊本県は、農水省の提示した「たたき台」を一旦棚上げにすることを提案した。そして、7月開催予定の第4回意見交換会では水需要の有無を農家に確認するとした。利水事業の原点に立ち返ったといってもいいだろう。

第4回意見交換会の後、水需要を問うた農家の意向調査では、「水が必要」もしくは「あったほうがよい」と回答した関係農家の農地面積は700ヘクタールに留まった。利水変更計画時の受益農地面積は3,010ヘクタールであったが、それに比べて四分の一弱の面積に過ぎない。更に、この700ヘクタールの土地も詳細に見ていけば飛び地、虫食い状態となっており、事業遂行に大きな障壁となりうるものであった。そもそも事業そのものが成り立つのか? という疑問の声が上がり始めた時期でもある。2003年12月の意向調査結果に続き、7月の調査結果はダムに固執する国や推進側に更なる衝撃を与えた。

《第三期――収用委員会の新たな動きと国土交通省の抵抗》

丁度このころ、熊本県土地収用委員会◆(以下 収用委員会)でも動きがあった。2003年5月の福岡高裁判決後、収用委員会は同年10月の委員会で「新たな利水計画が策定されるまで審理を中断する」ことを表明し、審理を中断させていた。多目的ダムである川辺川ダムの主要な目的である「利水」計画が白紙となり、事前協議で協議が続いている新利水計画の策定作業を見守るという姿勢であった。04年8月、収用委員会は「(中断してから一年後である)11月に委員会を再開する」と発表した。

  ◆収用委員会のこと

  2000年9月、国交省は土地収用法に基づく強制収用を可能とする「(川辺川ダム事業の)事業認定」の申請を国に対して行った。同年12月、国は「川辺川ダム事業は公共の利益となる」という「事業認定」を行った。01年、球磨川漁協は総代会、総会と二度にわたり国とのダム補償交渉案を否決する。同年12月、国交省は収用委員会へ土地と球磨川の漁業権の収用裁決申請を行い、翌年2月から審理が始まっていた。◆

福岡高裁判決、そして新利水計画策定作業の過程で明らかとなった農家の実情と意向は、収用裁決申請が行われた01年当時から大きく変ってきていた。こういう地元の状況のもと、強制的に私有財産を収用するに足りる公共性・公益性が、川辺川ダム事業にあるのか? 事前協議による新利水計画策定作業は、収用委員会にも大きな影響を与え始めたのである。

7月の意向調査の結果をうけた農政局は、関係市町村の要望を踏まえて「対象農地を概定面積として1,378ヘクタールとする」と表明した(2004.8.27事前協議で熊本県が裁定)。そして、この概定面積をもとに「ダム取水案」と「非ダム取水案」の二つに絞り込んだ案を関係農家に提示する方針であること明らかにした。

取水源が具体的になった20049月以降、事前協議は川辺川の管理者である国土交通省九州整備局(以下 整備局)と、「川辺川の正常流量」「水利権」問題をめぐる攻防へと論議は移った。整備局は以前から事前協議に参加してはいたが、議論の表舞台に出てくることはなかった。しかし、非ダム取水案を論議していく中で、河川管理者である国交省との議論が続いた。水利権と「正常流量」問題を盾に、彼らは非ダム案の作成作業を妨害し続け、協議は紛糾していた。農政局は国交省へ新利水計画を提示できず、当然ながら国交省も収用委員会へ新たなダム変更計画を提示できる状況とはなっていなかった。

11月25日に再開された収用委員会では、実質審理に入らないまま「来春(05年)まで審理を再度中断し、新利水計画の策定を待つ」と塚本委員長は表明、再度の中断となっていた。

年が明けた2005年3月の事前協議で、農水省は「ダム案」「非ダム案(川辺川の六藤地区に新たに堰を設け取水する六藤堰案)」を農家に6月に提示する方針を明らかにした。中断していた収用委員会のほうでも再び動きが始まる。3月25日、再開された収用委員会は「審理を再開すること」を国交省に通知するとともに、(新利水計画策定を受けた)ダム建設事業計画の提示を求めた。「起業者(国交省)の都合で、一年七ヶ月もの間審理が中断している。」収用委員会は、これ以上は延ばせないと委員長が判断せざるをえない時期にきていた。収用委員会の今後の行方、新利水計画策定作業の行方、多くの県民が息を詰めて緊迫した情勢を見続けていた。

(続く)

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