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2006年11月17日 (金)

須藤久仁恵★特派員の川辺川レポート!その3

お待たせしました。

須藤久仁恵★特派員の川辺川レポート!第三弾です!

(1)川辺川ダム問題‐利水事業とは何か

(2)事前協議――3年間の直接討議をへて

①はじめに <事前協議が生まれた背景>

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須藤久仁恵★特派員の川辺川レポート!

(2)事前協議――3年間の直接討議をへて

②協議の合意事項

③事前協議の歴史

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②協議の合意事項

2003(平成15)年6月16日、第一回目の事前協議が開催された。『全ての情報を公開・共有し、論議を交わす』『事業の規模について予断をもたない』『水源についてはダムに限らず他の水源の調査も行う』『対象農家約4.400戸一軒一軒に対し丁寧かつ迅速な説明を行う』『計画策定までのめどを一年とする』という基本合意事項が関係団体によって確認された。

政策決定に際し、行政と住民の関係は「パブリックコメント」など住民の声を聞く制度が導入されているが、基本的には行政主導であり、政策決定に際して住民の意思が反映されることは殆どといっていいほどない。しかし、事前協議の合意事項を詳細に読んでみれば、そこには新たな試みの芽を見ることができる。行政と農民(住民)が互いに対等な立場で向き合い、公開された全ての情報を共有して論議を交わし、地元農家の意思が政策決定に際して重要な意味を持つ。それが新利水計画策定のための事前協議であった。

行政、ダム推進側、そして弁護団・原告団の三者の間では、事前協議に対する評価(思惑や認識)の違いは当然存在した。しかし、利水原告団・青年同志会に代表される農民を巻き込まなければ計画策定・同意取得など、利水計画を策定することはできないという状況認識については、皆が一致していたのである。様々な案件を抱えた「利水訴訟弁護団」が、毎回欠かさず事前協議に出席し続けたことは想定外であったとしても。

ともあれ、事前協議はスタートした。以来2006714日に中断(解体)されるまで計78回、三年にわたって開催され続けた。関係団体間で合意事項が交わされたとはいえ、協議がスムーズにいくことは珍しく、紛糾して中断、そして再開という事態を何度も繰り返した。そのたびに粘り強く協議を進めた総合調整役の熊本県の鎌倉孝義元地域振興部部長(20063月末退職)の手腕は、事前協議を語る上で欠かせない。評価は分かれるとしても、彼のキャラクターと調整能力は他を圧倒していた。

③事前協議の歴史

利水訴訟弁護団の一人であり、事前協議に参加し続けてきた森 徳和弁護士によると、新利水計画策定のための事前協議の歴史には幾つかの大きな山場があったという。2005年2月25日に熊本市内で開催された「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」主催の集会『今年、川辺川ダムが止まる。熊本から始まる住民決定型公共事業』で講師を務めた森弁護士の発言を元にその歴史を振り返ってみたい。

《第一期――『農家が主人公』の合意形成期 03年》

第一期は2003年7月、9月、12月と三回にわたって、地元で意見交換会が開催された時期である。意見交換会の開催は、「農家の意思を把握することが大事(530日)」という潮谷義子熊本県知事の発言、「農業用水の確保については、地元農家の意向を確認して(519日)」という亀井農相(当時)の談話を反映したものだった。この時期、原告団・弁護団は「エンドレステープのように、農家が主人公、農家が主人公」と、ひたすら言い続けたと森弁護士はいう。利水事業が誰のための事業であるのかを行政のみならず地元農家全員で確認するために要した期間であった。

この時期を経て、新利水計画はトップダウンで作るものではなく、主人公である農家が作りあげるものだという意識が行政だけでなく、一人ひとりの農家の心に染み渡っていった。第三回目の意見交換会の後に行われた意向調査結果に、変化の兆しを見ることができる。

第三回目の意見交換会の後集約された農家の意見書では、「新利水計画の水源を何処にするか」という問いに対して、「川辺川ダムから」と答えた農家は全体の23%に過ぎなかった。当初計画にしろ、変更計画にしろ、『水源は川辺川ダム』であった。両計画とも地元農家の三分の二の同意を得ていたと農水省は主張していたのだから、この23%の意味は大きい。

利水事業を進めるためには、関係農家の三分の二以上の同意が必要である。これは逆から言えば、全体の三分の一を占めることができれば、「拒否権」を行使できるということを意味する。ダムからの水を求める数字が23パーセントしかないということは、『ダムによる利水事業の推進派』は拒否権を行使することも出来ない、ということが明らかとなったのであった。「ダムからの水を取水源とする利水事業を進めよう」と農水省は長い間主張してきたが、農家の意思はこれを覆す衝撃的なものであった。

(続く)

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コメント

 川や海といった自然も、将来世代に残すべき貴重な公共財だと思います。
 須藤さんの川辺川レポート、続けてください。応援してます。

投稿: isotope | 2006年11月26日 (日) 18時34分

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