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2007年1月21日 (日)

サンロケダムは誰のための事業になったか

続いて「グローバルネット」」((財)地球・人間環境フォーラム発行)の連載2回目の掲載記事です。編集部のご了解をもらって転載します。

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「グローバルネット」200612月号より全文転載

「川、開発、ひと――日本の経験、アジアの経験」 第二回

サンロケダムは誰のための事業になったか

大規模な公共事業は、時間の経過に伴う社会や経済の変化に対応できずに進められる場合がある。1970年代に円借款が検討されたフィリピンのサンロケ多目的ダム事業はその一つだ。発電、灌漑、治水を目的としたこのダムは、80年代にマルコス文書で中曽根元総理や丸紅の名と浮上し、マルコス政権崩壊と共に一度は消えた。その後、ラモス政権下で復活したときには、丸紅が92.5%、残りを関西電力が出資した海外進出事業に生まれ変わっていた。フィリピン電力公社(NPC)が日本輸出入銀行(国際協力銀行の前身)に建設資金の融資を受け、総事業費約12億ドルで高さ200メートル、幅1km強のアジア最大級のダムを完成させた。2003年だ。

その発電事業の優遇ぶりは著しい。丸紅と関西電力の出資によるサンロケパワー社は、第一に発電施設のみを所有し、NPCから設備容量に応じた料金が支払われるため発電の多寡によらず収益が出る。第二に放水ゲートの操作はNPCの指示で行うため、操作に伴うリスクがない。第三にダム完成後25年で発電施設をNPCに譲渡するため、堆砂でダムが埋まっても憂いがない。第四に移転補償や生活再建事業はNPCの責任である。富はサンロケパワー社が、リスクは融資を受けたNPCが負う仕組みだ。

事業者の約束不履行

サンロケパワー社が着々と利潤を上げる一方、NPCが行うはずの住民への移転補償や生活再建事業は、現在に至るまで完了していない。

サンロケパワー社のCSR(企業の社会的責任)室長および丸紅から出向中の日本人副社長によれば、水没地の補償はいまだ15%が未払いだ。必要書類が揃わない場合や、NPCが買う予定で使わなかった土地の損失補てんが未確定な場合などだという。660世帯が移転したが、例えばカマンガアン村へ移転した187世帯中51世帯は、暮らしが立たずに転出していた(写真参照)。02年に策定された「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」では、移転住民の生活は「改善または少なくとも回復」するよう事業者などが努めなければならないが、現実は異なっていた。

砂金採取者への生活再建事業も未完了だ。生計手段の損失には金銭補償がない。融資のみだが、3000人の申請すら660世帯に絞り込まれた。CSR部長は「本人の希望に応じ、養豚、養鶏など持続可能で包括的な事業に必要なだけの予算を確保していく」と言うが、ダム完成後3年も経過した今、「約束とは違う」と不信が高まっている地域がある。水没をしなかったダム上流でも堆砂が始まりなおさらである。

農民リーダーの遺言となった要請

 こうした未解決問題に新たな問題も迫る。サンロケダムの灌漑事業にあたる「アグノ川統合灌漑事業」だ。フィリピン灌漑庁が2000年から円借款を要請している。問題が指摘され続けてきたサンロケダムと一体であるため、日本政府は円借款を見送ってきた。

これについては062月には、灌漑で恩恵を受けるはずの農民の団体TIMMAWA(アグノ川の自由な流れを取り戻す農民運動)等が日本政府と国際協力銀行へ要請を行った。サンロケダムによる未解決の問題、既存の地域共同灌漑システムの改良などの代替案、灌漑施設に必要な土地取得における小作農家の権利保護、新しい環境影響評価の必要性などの多くの課題があり、それらが満たされるまでは円借款を供与しないで欲しいとする内容だった。

ところが要請からわずか3ヶ月後、TIMMAWA代表で小作農民の一人だったホセ・ドトン氏が暗殺される不幸に見舞われた(本誌191号参照)。フィリピンではアロヨ政権誕生の01年以来、政治、宗教、報道、農民、労働団体など各界で政権に批判的な人物が殺害される「政治的殺害」と呼ばれる事件が相次いでいる。ドトン氏は紛れもなくその一人だった。

遺言となってしまった要請は、「ODAによる恩恵を受けるのは誰か、影響を受ける住民にフィリピン政府がどう対応しているのか、今を見極めずして供与するなかれ」と訴えているのではないか。1127日、参議院の政府開発援助等に関する特別委員会で、「日本のODA現場で殺害が起きている」と指摘された麻生外務大臣は、「日本のODA現場だけで殺人が起きているわけではないが頻繁に起きることは我々としては遺憾。ODAを供与する上で検討の対象にしたい」と答弁した。この言葉の履行が日比両国で見守られることになる。

写真キャプション:

カマンガアン村に暮らす人々に移転前後の生活について尋ねると「以前はすべてを買わなくて済んだが、今は水も電気も薪もすべてを買わなくてはならない」「以前は現金がなくなると砂金採りに行ってその日の内にお金を得ることができたけど今はできない」と語った。

「サンロケダムは誰のための事業になったか」内コラム

時代と共に地域に寄り添った見直しを

~川辺川ダムからの教訓

1960年代以来の川辺川ダム計画(熊本県)も、治水・利水・発電が目的のダム計画だ。ところが、利水を含む土地改良事業は94年に当初の3590haから3010haへ変更される際、異議を唱える受益農家から提訴されることとなった。同意書から死者の捺印や偽造が発見され、035月、福岡高裁で農家が勝訴した。

そこで、新たな利水計画を農家の意向を踏まえて作るべく、036月から原告を含む農家、川辺川総合土地改良事業組合、関係6市町村、県、農水省による協議が始まったが、対象は1300haと縮小し、参加希望農家はさらにその7割程度にとどまった。水源については063月までに「ダム案」「ダム以外案」「既設の発電用導水路を活用する案」の3つが出されたが、結論は出ないまま、次の局面を迎えた。

067月、関係市町村のうち、ダムサイト予定地である相良村の矢上雅義村長が利水事業への不参加を表明し、11月には同村議会が地方自治法に基づき「巨額の事業費をかけ採算の取れない川辺川利水事業を行うことは経済的に農家を苦境に追い込む」とダム反対の意見書を可決したのである。この村は1960年代から食糧増産を目的に新田開発のためにダムを要望し、1994年になおダム建設の早期実現を求める意見書を出していた。しかし、054月の村議会選挙でダム反対の新人議員が12人中、9人を占めたこと背景に、ついに180度の転換を図った形だ。121日、村長と意見書を携えた7人の村議および村の行政改革委員長が、国交省、農水省、財務省を訪れ、ダムによらない治水および利水事業をと訴えた。誰のための事業かを見直す姿勢が、どんな事業にも必要とされている。

@@@ @@@ (以上、無断転載禁)@@@ @@@

まさのあつこ

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コメント

ODA批判とも取れる内容ですが、新聞やODA批判者、マスコミも同じですが、なぜいつも片方の側面しか見ないのですか?特に報道は公平性がもとめられます。いい面もきちんと報道してください。書いてください。ダム批判それはそれで批判が出ることは成長する証ですからいいのですが、かならず恩恵を受けているのです。洪水が減っているとか、かんがい水がいきわたるようになったとか。そういうものもきちんとみて、公平性を保って欲しいです。私は公共事業、ODAに関わる技術者です。いつもいつも批判記事を目にすると自分の仕事はなんなんだろう自分は何をしているんだろうって思います。途上国の人間を助けたい、自分の技術をそこに活かしたい、そう思って働いているのにくやしくてなりません。
こういう若い技術者の目を摘まないよう報道も気をつけて欲しい。若手技術者がいなくなればいづれ日本の技術は衰退しますよ。

投稿: 通りすがりのもの | 2007年1月21日 (日) 16時03分

コメントを有難うございます。
おっしゃる「いつもいつも批判記事を目にすると自分の仕事はなんなんだろう自分は何をしているんだろうって思います。」
というのは、とても重要な自問ではないでしょうか?
何をされていますか?どんなお仕事をされてきましたか?
「途上国の人間を助けたい、自分の技術をそこに活かしたい」?
では、具体的に誰が幸せになったのか?
どんな事業で誰がどんなふうに幸せになったのか、ぜひ、目撃されてきたことを、発信していただきたいと思います。
ODAの恩恵が、もしあるならば、実施者が自己申告することもできるでしょう。ぜひ、人々に知って欲しいというよき事例があれば私もきっと発信したいと思うのでしょう。でも、残念ならが出会えていません。だから教えてくださいね。
それから、実施者、事業者の自己申告が本当か、検証するのが、報道の存在意義だと考えています。世の中も報道も人も「公平」ではありえないと私は考えています。

投稿: まさの | 2007年1月29日 (月) 17時16分

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