« 法律を遵守するのは誰か? | トップページ | 電力会社の根っこ »

2007年3月24日 (土)

ナムトゥン2ダムはラオスの貧困削減になるか

「グローバルネット」((財)地球・人間環境フォーラム発行)の了解をもらって連載4回目(20072月発行)の転載です。

川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験 ④

ナムトゥン2ダムはラオスの貧困削減になるか

  「ラオスはインドシナ半島の中心に位置し、川と森に恵まれた山がちな内陸の国です。人口が600万人に過ぎないラオスにとって、今、隣国、特にタイへの電力輸出は、持続可能な発展のための唯一の大きなチャンスです。」

 これは、2009年の操業開始を目指して2005年から建設が始まったナムトゥン2ダム(NT2)のパンフレットにうたわれている文言だ。フランス電力公社など外資系企業が4分の3を出資してナムトゥン2電力会社(NTPC)を設立した。1070MWを発電し、95%をタイに輸出、5%を国内に供給する。高さ48メートルのダムで標高約500メートルのナカイ高原を大きく沈める。ダム湖450km2は琵琶湖の32に相当し、176200人の住居と水田、森林、多様な生物の生息域を奪うため、社会、環境の両面で問題が指摘され続けてきた。

融資に潜むリスク

ラオスのGDP7割にあたる建設費145000万ドルの調達を可能にしたのは、世銀グループの国際開発協会(IDA)と多数国間投資保証機関(MIGA)だ。20053月末にIDAが長期・無利子の最長40年の融資を、MIGAが途上国に付きまとう通貨危機や政治リスクを保証する決定を下し、民間投資を促した。名目は貧困削減だ。

企業が政変などで損失を被れば、その損失を世銀が補償し、世銀はその損失をラオス政府に払わせる。そのためラオス政府は企業活動を保証することになるが、一つ歯車が狂えば、しわ寄せがラオス国民におよび、貧困を悪化させる可能性は付きまとう。実際、昨年、売電先のタイがクーデターで政権交代し、この先の状況には不透明感がある。

「タイはここ10年以上、毎年のように需要予測を下方修正しており、発電能力には30%の余剰がある」と指摘するのはメコン・ウォッチの松本悟代表理事だ。また、ラオスの乾季は3月まで続いてダム湖は5分の1に縮むのに、タイの電力需要のピークは4月である。模範的なビジネスとはとても言えない。

生息域を破壊してからアジア象を数える

ダムの集水域4000km2は、NTPCが「世界第一級の原生林地帯」と呼ぶナカイ・ナムトゥン国立保護区とも重なっている。NTPCがラオス政府と共に発表した環境・社会影響評価書によれば、アジア象や20世紀後半に初めて発見されたサオラー等、絶滅の危機に瀕する39の野生動植物種の生息域だ。しかし驚いたことに、象の数は2群でそれぞれ90120頭、100400頭いる、と正確な把握すらされていない。

かつてこの地域を調査したWWFタイのロブ・ステイメッツ氏は、「ナカイ高原の象は東南アジアに残る最大の群の一つの中核だ。特別の配慮に値する」と言う。一方、NTPCが「保護活動のために100万ドルの基金を投じる」として、053月に打ち出した野生生物管理保護計画は「建設段階で象の頭数を見極める」というお粗末なものだった。これでは保護できたら奇跡だ。

約束は破られる

6200人の移転住民の生活再建にも不安要素が散見される。彼らが失うのは家だけではない。良好な水田や水牛、森林内の動植物資源を含め、生活手段が奪われる。いち早く移転を済ませたノンブア村では、慣れない野菜栽培が始まった。ソンアン村長(写真)は、「3年間は農業指導と肥料の支援があるはずだったのに、3年目に農業技術者は他の村に移り、肥料の支給も減らされた。そのため2年前は1家族60万キップ(約6000円)あった収入が現在は下回っている」と淡々と語る。

この点についてNTPCのナカイ移転管理部のカムフン部長(写真)は、「彼らは誤解をしている。技術者の派遣と肥料の約束は3年だった。彼らが1年目と思った年はすでに3年目だ。肥料は4年目からは初年度の8割、5年目からは7割が支給される」と言い逃れる。支援策の初年度がいつかという合意もない生活再建に、住民たちが不安を抱かないわけがない。

「将来的に彼らが困窮した場合、支援を行うか」との問いには、沈黙と苦笑いの後、カムフン氏は「次の世代までにはなんとかなっている」と答えた。

打撃を受ける森林・漁業資源

いずれは全員がダム湖の南西側の森に移転する。水没予定地の森林は伐採し尽くされたが、残った周辺の森林資源の枯渇も避けられない。世銀ラオス事務所は、「ナカイ高原の木材伐採は1973年に始まり、政府とNTPCが覚書に署名をした1994年に急激に増加した」という。森林へのダムの影響は軽いとでも言いたげだ。

ダムの水は、ナカイ高原を流れるナムトゥン川から、発電のために350メートルの標高差を利用してセバンファイ川に放流される。そのため、水没地域への影響に加え、ナムトゥン川下流では水が減り、セバンファイ川では10倍もの水が流れ、二つの流域住民10万人も影響を受ける。漁業資源への影響は前者で68種、後者で131種にのぼる。

今、ナムトゥン川沿いのターラン村では村の漁師が一人10kgの魚を、セバンファイ川沿いのパナン村では村全体で1100kgの魚を獲る。蛋白源でもあり現金収入源でもあるこれらへの打撃は計り知れない。NTPCではダム湖での漁業も生活手段だと見なしているが、米国のNGO国際河川ネットワークは、専門家の評価に基づき、その見込みは「ギャンブルだ」と警告する。「乾季にはダム湖は5分の1になるので、ほとんどの水中生息域は消滅する」というのが理由だ。

パナン村では、季節変動ではなく発電で洪水が恒常化することになるが、「いまでも毎年洪水が起きる」とそのリスクを実感できていない。ラオス政府の移転管理部長スッカラート氏は「タイ電力公社とは雨季の洪水時は発電を止めることで合意ができている」と言うが、合意が守られるかはノンブア村の例からはすでに疑問である。

ラオスでは「米は命」「水牛は米が十分とれなかったときのための貯金」「森はお金の要らないスーパーマーケット」だと言われる。それらが失われ、変化に順応できなければ貧困に陥る。影響評価では人身売買までが想定されている。貧困削減という名で、世銀は大きなギャンブルに手を貸したと言える。世銀の融資に賛成票を投じた日本の責任は重い。

写真キャプション:

写真 「移転は命令だから誰も反対しなかった」とノンブア村のソムアン村長。

写真 NTPCのカムフン氏は工業・手工芸賞官僚だったと案内人が耳打ちしてくれた。 

@@@ @@@ (以上、無断転載禁)@@@ @@@

まさのあつこ

|

« 法律を遵守するのは誰か? | トップページ | 電力会社の根っこ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/82688/5803841

この記事へのトラックバック一覧です: ナムトゥン2ダムはラオスの貧困削減になるか:

« 法律を遵守するのは誰か? | トップページ | 電力会社の根っこ »