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2007年5月29日 (火)

松岡農相の自殺

なぜ自殺をしたのか。そう考えて一番に頭に浮かんだのは、逮捕されるよりも死を選んだのだろうかということ。二番目に永田町的メンタリティで考えると、「現職大臣逮捕」と「現職大臣自殺」の二つを天秤にかけて、参議院選挙を控えた自民党閣僚として、義理人情で自殺を選んだのだろうかと考えた。よりダメージが少ないのは逮捕よりも自殺だと考えたのではないか。

光熱水費疑惑(「疑惑」どころか永田町にいたことがある者なら光熱水費なんてありえないことは明白)で即刻、首相が解任していれば、もしくは自ら辞任しておけば、自殺まではいかなかったのではないか。緑資源機構の談合や政治献金問題までゾロゾロ出て、逮捕者が出るところまでは予想外だったのではないか。

国会議員には国会会期中の不逮捕特権があるが、会期が終わって逮捕されれば、参院選への打撃がタイミングとして最大になる。安倍総理は検察による捜査の予定はなかったとマスコミに答えたらしいが、検察の捜査情報が逐一漏れているのでなければ、総理と言えど、そんなことは断言できないし、漏れていないのだとすると「予定はなかった」とは言えない。不思議なコメントだ。

後援会や国民に対し、「お詫び」の遺書が出てきたらしいが、「お詫び」は要らないから真実を語って欲しかった。

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2007年5月25日 (金)

祈りは誰が誰にどう伝えるべきか

Photo_30 ―――523日夕刻。今頃、安部首相は「フィリピン大統領を迎えてのシアゾン在京大使主催夕食会」なるものに出席している。そのアロヨ大統領の来日に合わせ、昨夜はフィリピン大使館前で、キャンドルを持った人々が「政治的殺害を止めて」というメッセージを掲げて、「キャンドル・ビジル(徹夜の祈りという意味らしい)」が行われた。

今日(2007523日)の午後は、「日・フィリピン首脳会談」も行われていた。

政治的殺害はいまだに止まっていない。それどころか、野党バヤン・ムナ党のオカンポ党首(下院議員)が(彼については世界、週刊朝日、週刊金曜日で書いたが、その後)逮捕された。彼はマルコス時代にも長く投獄されていた人物だ。また、2月に国連報告者が調査に入った後、証言した人物が殺害されるなど、痛ましい事件も起きている。政権に都合の悪い人物の言動が封殺され続けている。

「外面のいい暴力夫」が家庭内暴力を振るう場合、妻が助けを求めない限り、第三者がその家庭内暴力を見つけることは難しい。「フィリピン」の場合は、国内から助けを求める声が上がり、それで国連の特別報告者フィリップ・アルストン氏が調査にいったわけだが、軍の関与も指摘した中間報告が国連で発表されてなお、第三者である日本の首相はじめ政府は、アロヨ大統領に対し、生ぬるい外交辞令を繰り返すのだろうか。

英語メディアが伝えた抗議の祈り

Rights groups urge Arroyo to halt extrajudicial killingsKyodo News

ジャパンタイムズ記事(Wednesday, May 23, 2007

Protest vs political slays greets Arroyo in Japan (Reuters

アロヨ大統領の目には触れただろうか。そして、触れさせただろうか。

―――525日昼。その後、外務省が「日フィリピン首脳会談(概要)平成19523日」を発表した。「その他」の項目に括られている。一つのテーマなのに「政治的殺害」という項目にしなかったところに日本政府の及び腰が見える。

====抜粋===

4)その他

 安倍総理より、昨年12月の会談でも提起したいわゆる「政治的殺害」の問題についてフィリピン政府の取組は承知しているが、具体的措置の実施が一層進むことを期待する旨述べた。これに対し、アロヨ大統領より、「政治的殺害」は忌まわしい問題であって容認できるものではなく、昨年12月以来いくつかの措置に取り組んでいるとして、事態解明のための調査等への資金の投入、特別法廷の設置、軍関係者についての軍事裁判の実施、人権侵害被害者に対する経済支援等を説明した。

====

「その他」ではなく「政治的殺害」という項目を立てて、毅然と対応を迫る意志を表明すべきだろう。日本では、児童虐待の通報を受けた者がきちんと対応せずに子どもが死んだ事例がある。フィリピンの政治的殺害は、「子ども」にもおよんでいる。エスカレートする物事を沈静化させるには、何をすればいいのか。日本政府は自分の身になって考えた上で、隣国としての態度を取るべきではないか。

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2007年5月19日 (土)

キャンドル・ライトの集い

以下転載です。ここも是非、ご参考に↓

国連報告者・アルストン氏:フィリピンの暗黒状態の人権に警鐘

*********************************************

アロヨ大統領、暗殺を止めて!
5.22(火) キャンドル・ライトの集い

東京・名古屋・大阪で同時開催
*********************************************

アロヨ大統領訪日にあわせて、数百人の政治的殺害犠牲者への追悼と、アロヨ大統領の真の取り組みを求めて、東京、名古屋、大阪で日本の市民や在日フィリピン人が集まります!

フィリピンでは政治的動機による左派政党の活動家、NGO活動家、ジャーナリスト、宗教者などの暗殺(政治的殺害)が急増し、日本をはじめ各国政府、NGO、そして国連がこの問題の解決を求めています。今年の2月には国連専門家が同国を訪問・調査を実施し、その結果、アロヨ政権は政治的殺害に取り組む行動計画を発表するに至りました。しかしその後も、国連調査に協力して証言した女性が殺害されたのをはじめ、514日の中間選挙前に多くの左派系政党の関係者が殺害されています。

私たちは、これまでに暗殺されたすべての犠牲者に哀悼の意を表します。そして、今月22日から来日予定のアロヨ大統領に対し、一刻も早い真相の究明と加害者の公正な処罰を求めます。

● 東京 ●
とき 5月22日(火) 1900開始  1930終了予定
ところ フィリピン大使館前(港区六本木5-15-5
*フィリピン大使館に要請書を渡す予定です。
日比谷線・六本木駅3番出口より徒歩7分/大江戸線・麻布十番駅7番出口より徒歩9
http://www.tokyope.org/map05.html

<主催者からのお願い>
■ 直接、フィリピン大使館に午後7時までにお集まりください。
■ キャンドルをご用意ください。(主催者側でも少し用意します)
■ 平和的なアクションです。
■ デモ申請をしていない行動です。ノボリ・ゼッケンなど掲示して歩行すると「示威行為」と警察から見なされ止められる可能性がありますので、ご注意ください。

<東京呼びかけ団体>
社団法人アムネスティ・インターナショナル日本/ヒューマンライツ・ナウ/フィリピンの政治的殺害を止める市民ネットワーク東京・横浜/WAYAWAYA/日本キリスト教協議会(NCC)フィリピン委員会

<お問い合わせ>
社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
TEL
03-3518-6777 FAX03-3518-6778
担当:川上 info@amnesty.or.jp

● 名古屋 ●
とき 522日(火)午後6時半~7時半
ところ 栄三越ライオン前

<名古屋呼びかけ団体>
フィリピンの政治的殺害を止める市民ネットワーク・名古屋/フィリピン移住者センター(FMC)/アムネスティ・インターナショナルわやグループ/フィリピン情報センター・ナゴヤ

<お問い合わせ>
cbnetnagoya@yahoo.co.jp
http://ngo-ph-rights.jugem.jp/

● 大阪 ●
とき  5月22日(火) 1900開始  1930終了予定
ところ  JRと京阪の京橋駅の連絡通路(広場)

<大阪ビジルの呼びかけ団体>
関西フィリピン人権情報アクションセンター/フィリピンのこどもたちの未来のための運動(CFFC)/社団法人アムネスティ・インターナショナル日本

<お問い合わせ>
CFFC
 電話 0774-48-1100 藤原
メール fujiwara_toshihide@yahoo.co.jp

転載終わり

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2007年5月18日 (金)

河川事業に戦略的環境アセスメントはどういかされるのか?

「グローバルネット」 ((財)地球・人間環境フォーラム発行)の了解をもらって連載「川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験」6回目(20074月発行)の転載します。 

河川事業に戦略的環境アセスメントはどういかされるのか?

327日、環境省の諮問機関「戦略的環境アセスメント(SEA)総合研究会」が「戦略的環境アセスメント導入ガイドライン」の最終報告書を取りまとめた。1997年に成立した環境影響評価法よりも早期の段階で評価を求めるもので、2007年度からこれを共通ガイドラインとして各省で独自のSEA制度検討・導入が進む。

ところが研究会終盤で、今後に禍根を残す展開があった。SEA導入に電力会社が抵抗し、与党経済産業部会の圧力に環境省が屈した。研究会では12人中11人の委員が反対したにも関わらず、総合環境政策局長が「意見がまとまらない」という理由で評価対象から発電所を外した。原子力発電所や水力発電所における事故隠しや情報改ざんが次々と発覚するさなか、時代の要請とは真逆の結論だ。

一方、国土交通省は322日にすでに「公共事業の構想段階における計画策定プロセス研究会」を立ち上げ、SEA制度運用の検討を開始した。ここでは河川事業に絞り、現段階で見えている課題を整理しておく。

形骸化した手続は動き出すか?

河川事業では200212月にすでに「河川事業の計画段階における環境影響の分析方法の考え方」が、国交省全体では2003年に「国土交通省所管の公共事業の構想段階における住民参加手続ガイドライン」が策定されていたが、強制力がなく、ダムの反対運動などが起きている地域での運用例がなかった。

1997年改正河川法により、河川整備計画を策定する際は「関係住民の意見を反映」させる措置が法定要件となったが、これですら経過措置に甘んじ、計画策定済みの水系は一級河川ですら109水系のうち28水系にとどまっている(右図)。その他の水系では環境保全も住民意見の反映も全く実現されていない。

そのため「意見反映」の手法も確立せず、各地からは批判が相次いでいる。山鳥坂(ルビ:やまとさか)ダム計画を巡る反対運動が行われていた愛媛県の肱川では、200310月に学識経験者7名と流域7市町長だけを参加させた流域委員会を作り、5ヶ月足らずで4回開催してダム推進の結論を出した。その間、2004年1月に日本弁護士連合会が国交大臣と愛媛県知事に「肱川流域委員会の委員の追加と十分な審議を求める意見書」を提出し、「これを放置すれば、その影響は単に一地方に止まらず全国に波及し、新しい潮流を差し止め、逆行させる」と警告したほどだった。一方で、ダムは原則建設しないとした淀川流域委員会は、国交省が休止を決定した(本誌192号参照)。

SEA制度の肝は早期段階で住民に環境影響などの情報を公開し、参加を促すことだが、この二つの例を見ると国交省のSEA制度への姿勢もまたその延長線上にあると考えられる。

現状と制度論の溝は埋まるか?

目下、国交省は利根川と吉野川で、聴き置くだけの河川整備計画策定プロセスにつき猛批判を受けている。

利根川を巡っては、淀川方式での流域委員会を開くよう求めていた任意団体「利根川流域市民委員会」が(本誌192号参照)、その後も公開質問書を繰り返し、住民意見の反映方法を提案している。①有識者会議への住民の参加や意見交換、②公聴会での双方向での討議、③住民と国交省との議論の場の設定などの提案だが、国交省は一方通行の公聴会開催や意見募集のみにとどまっている。しかも、公述人の人数や住所地に制限を設けた上、公述枠に自治体首長と前首長に割り当て、「タウンミーティングばりのやらせを思わせる」と住民の気持ちを逆なでした。

吉野川では、第十堰の可動化に9割が反対した2000年の住民投票以来、7年が経つがその扱いは未だに「白紙」であり「中止」ではない。国交省は整備計画策定にあたり、そのプロセスを第十堰の対策とそれ以外に分け、前者は国交省が必要な基礎調査を行って「可動堰以外のあらゆる選択肢についての検討・評価をする」とし、後者は学識経験者、関係自治体、住民と3者に分けて意見を聴くとした。住民の間ではもとより「ほとぼりが冷めたら復活するのではないか」との警戒があり、策定プロセスを分けたのはその布石ではないかと見られている。このやり方に対しては徳島市を中心とした下流住民の不満が噴出。住民の意見を聴く会の運営を国交省に委託されたNPO20068月以来、2度にわたって、国交省四国地方整備局に説明責任を果たすよう公開で意見書を出すほどに紛糾している。

国民の声を反映したSEA作りができるか?

 こうした批判を受けている状況にも関わらず、国交省は「公共事業の構想段階における計画策定プロセス研究会」で整備計画策定での措置と環境目的が河川法に盛り込まれたことでSEA制度に対応していることを落としどころに検討を始めている。同研究会では意見聴取の事例として吉野川と、治水目標を戦後最大流量に設定した多摩川の事例が、単に「最近の事例と初めの頃の事例」として無造作に紹介された。

これらが河川事業でのSEAのあり方であるとするなら国民からの猛反発は必至だ。SEA制度を検討する場でこそ、まず、直接国民の意見を聴取することからはじめるべきだろう。

 河川事業におけるSEAの限界を指摘する声もある。水源開発問題全国連絡会の遠藤保男共同代表は「治水の代替案として、住民が森林整備や水田の維持管理、都市での雨水浸透などが出しても、河川法の所管外として排除されかねない。その意味では縦割りを排して山、川、都市を一貫管理できるようにしなければ」と言う。

環境省では今後、SEA総合研究会や中央環境審議会などを通し、SEAのフォローアップを行うというが、住民の声を反映し、関係省庁の所管を環境を軸につなげることができるかは一つの試金石となる。夏には子どもたちが泳げるほどの川を幾筋も日本列島に残せるよう、制度改正を重ねていく必要がある。

写真

モニカ・ベーム教授(マールブルク大学/環境法・行政法)は「ドイツでは、環境保全に関しては近年導入されたSEAよりも、個別法に厳しい要件が盛り込まれており、その要件を満たすかどうかで事業の可否が決まる」と語った(329日、東京にて)。SEA制度と同時に個別法改正も日本では課題だ。

まさのあつこ

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2007年5月17日 (木)

八ツ場あしたの会

八ツ場あしたの会から許可をいただいたのでメールを転載します~。

~~~~~~~~~~

八ッ場でのイベントは大きな成果を私たちに与え、

今後も八ッ場の広報活動の必要性を感じました。

東京から八ッ場にはじめて行った人たちが、

何でここにダムができるのか、

ここを沈める必要性があるか、

50年以上前の計画がなんで進んでいないのか、

などの疑問とともに地元が疲弊している様子を汲み取っていました。 

八ッ場を元気にするには、

下流から人々を送り込むこと

下流からの知恵をながすこと、

下流から現地を見続けること。 

広報活動に環境問題から取り組むことも必要ありかなと思い、

エコライフ・フェアに出展することにしました。 

    エコライフ・フェア 

業界、企業の環境保全への取組み、リサイクル製品の紹介等。

代々木公園ケヤキ並木で開催。

     2007.6.22007.6.3

http://www.env.go.jp/guide/ecolife-fair/

 

事務局では当日、会場での物販やチラシ配りのボランティアを

募集しています。

色々な出会いや驚きのある時間が過ごせることを

保証できると想うのですが・・・・・・・・。

都合の良い時間を八ッ場に少し分けてあげてください。

お手伝いできる方は下記事務局まで連絡ください。

よろしくお願いします。

メールアドレス:infoyamba-net.org 

           :pnet_atai1000kinyahoo.co.jp

★=@

環境問題からの取り組みに協力していただける方も募集しています。

こんなことなら協力できるという方も募集しています。

岡田順子 

~~~~

というわけで協力者募集のお知らせの転載でございました。

詳しくはhttp://www.yamba-net.org/modules/news/article.php?storyid=399 へ。

   

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2007年5月14日 (月)

利根川・八ツ場いろいろ

512日、群馬県の川原湯温泉で、「加藤登紀子コンサート~縁日(えんにち)~」が行われた。

朝日群馬版に写真とともに全文掲載されており、毎日新聞、上毛新聞、読売群馬版など各紙報じている。

一方で、東京新聞では、以下の記事が掲載された。

5月12日 東京新聞 「利根川整備計画は住民参加で」

5月13日 東京新聞「私説論説室から 利根川の未来を考える蛇口」

先月だが、

週刊金曜日第650 20070413

P50.告発レポート 群馬県・八ッ場ダムの疑惑 (上)
神社が国土交通省に売り飛ばされていた(高杉晋吾)

週刊金曜日 第651 20070420

P56.告発レポート 群馬県・八ッ場ダムの疑惑(下)
談合を愛するスミレのような人たち(高杉晋吾)

が掲載されている。

 

そして来週はこれ

2007520日(日)

利根川の未来を市民の手に!シンポジウム

「よりよい利根川水系河川整備計画の策定をめざして」

 

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2007年5月12日 (土)

球磨川の基本方針はホーカスポーカスではないか

419日に審議された、川辺川を支流にもつ球磨川の河川整備基本方針(案)について、本質的なことをまだ書いていないので以下に述べる。

(要は、潮谷熊本県知事が、国土交通省が出してきた球磨川水系河川整備基本方針案に「了承しがたい」といったことに対し、河川分科会の他の委員がよってたかって様々な侮蔑表現を折り混ぜながら、知事を「消極的賛成」に転換させようとした、ということをツラツラと書いてきたわけだが。)

  了承しないわけ

「国交省は説明責任を果たしていない」との県知事の鶴の一言で、200112月から200312月まで9回にわたり、延べ約13000人が参加して県民討論集会が開催された。今回、国土交通省が出してきた基本方針案は、そのときに「説明」されてきた工事実施基本計画で提示されてきたことと、まったく違うということが、了承しないわけだった。

独断と偏見をお許しいただき、噛み砕いていうと次のような点である

1.【hocus-pocus(辞書で引いてね)な基本高水】

今回の基本方針案で変化したものの一つに、「基本高水」(想定する治水安全度における基準地点を流れる水量)の算出方法がある。旧法の工事実施基本計画で算出に使われたデータ量が変わり、算出の前提となる計画降雨継続時間がかわり、引き伸ばし率が変わり、ハイドログラフに落としたときの降雨の波形すら変わった。

それだけのものが変わったのに、あ~ら不思議!!上流の基準地点である人吉の基本高水は、ピタリと同じ。あたるもハッケあたらぬもハッケというか。係数の設定ひとつでこういう計算はどうにでもなるということは河川工学の世界では常識だということが常識になっている。ようするに・・・hocus-pocusだ。hocus-pocusであるという疑念を取り払うだけの説明は、国交省からは審議過程ではなかった。(以下*参照)

2.【基準点が平野から山間部へ、何故?】

工事実施基本計画で定めてきた下流の基準地点が変わった。「萩原」「萩原」(八代市でいわば洪水想定地域であり、国交省が考える川辺川ダム建設計画の根拠であるとも言える)と言ってきたものが、忽然と消えて、5キロ上流の「横石」となった。山間地帯である。は?あの萩原は?さんざん、フロンティア堤防が必要だとか言ってきて、八代はもういいんですかい? 

3.【治水安全度が雑談で変わっていいの?】

しかも、八代では「80分の1」としてきた治水安全度を、上流の山の中に設けたこの基準点で「100分の1」とした。は?審議を聞いていても、ぜんぜんその流れが分からなかった。ある回で雑談的に「専門家群団」が、100分の1がいい、うん、それがいいんじゃないか程度につぶやいていたと思ったら、いつの間にか最終的に100分の1になった。あんな程度の「専門家」の雑談で、100年の計を決めていいの?という驚きがある。どれぐらいの安全度を望むか、それは流域で決めることであって、霞ヶ関の半密室(発言者名も伏せるほど)で決めることではないんでないの?と私は思う。第一、横石がどんな場所なのかも含め(地図で探しても見つからないくらいの地味な場所であり、ネット検索でようやく5キロ程上流の山の中と分かった)、説明はなかった。委員長が「危険の発生確率を如何に低く抑えるか。球磨川の場合は、人吉80分の1まで、八代100分の1まで発生確率を抑えようという発想で、この信頼性理論に乗っているわけです」と語ったくらいだ。(何か、もし、私が聞き逃していたのだとすると、ぜひ、ご教示いただきたい)

ま、こんな具合に、審議回数は多かったけど、説得材料に乏しい説明で、2001年から2年間、こんこんと県民が説明されてきたものとは異なるものを出されて「これが基本方針案でございます」と言われても、県知事として了承できない、と述べるのは当たり前ではないだろうか。

分科会で知事が最初に発言した際には、地元紙のアンケート(321日)では川辺川ダム必要9%、ダム条件付賛成12%、ダム扶養は52%だったという紹介もした後、次のように述べた。

==潮谷知事発言(概要)(2007419日河川分科会)===

審議にあたっては委員長報告ととも、私の意見を踏まえて審議をして欲しい。(小委員会の最終回では)私が地元代表として了承しがたいと申し述べたことを併記してもらいたい、明文化してもらいたいと申し入れた。再度、「小委員会・審議会の結果について了承しがたい」という意見を述べたことを併記することを求めます

====================

そんなわけで、球磨川水系の場合、奇しくも櫻井敬子・学習院大学教授が述べた「予定調和的な河川分科会の中で想定外」な河川整備基本方針となった。

この取扱いは、私が考えるところ、原稿「利根川で住民参加は実現するか」で書いた次の部分へと深くかかわっていくことになるのではないか。当該部分を再掲する。

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 

975月の衆議院での河川法改正審議の際、一人の自民党衆議院議員が、「住民の意見聴取手続を義務づけたのは河川整備計画のみ」だが、「基本方針にも地域の意向が十分反映されていかなければならない」のではないかと批判的に質問をしたときのことだ。当時の河川局長が「基本方針で定めた中ではこの整備計画がどうしてもできないということになれば、またこの基本方針のあり方についても再度検討をする、そういう仕組みを考えておるわけでございまして、この河川整備基本方針に住民意見の反映の手続がないということをもって住民意見の反映がされていないという御批判は当たらない」と答えた。

市民委員会は、今年719日に国交省から利根川の基本方針について説明を受けた席で、布村明彦河川計画課長(当時)にこの答弁が現在も踏襲されていることをあえて確認している。住民意見を反映して策定する整備計画の段階で、問題があれば基本方針まで遡って再検討するという政策は、流域住民にとっては意義深いからだ。 

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 

そして、514()から、 球磨川水系の河川整備基本方針の内容や審議の状況を国交省 が県民に報告する「くまがわ・明日の川づくり報告会」が始まる。↓

http://www.qsr.mlit.go.jp/yatusiro/johoplaza/kisha/images/20070427.pdf 

1997年河川法改正以来、河川整備基本方針に住民意見が反映される、はじめてのケースが生まれていくのではないだろうか。アンケート結果からするとそうなるべきだ。川辺川にダムは要らないという、川とのあり方から、素直に入っていく問題だろう。

*参照 ぜんぜん分からない説明の一例 20061225日審議より

http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai/shakai/061225/index.html 

国交省の説明

(略)上流・中流・下流について流し得る流量を検討した結果、河道のみでは基本高水のピーク流量を安全流下させることができないということで、洪水調節施設を必要としています。上流の基準地点人吉では、できるだけ河道で洪水を流すため、流し得る流量4,000m3/sを計画高水流量とし、基本高水のピーク流量との差3,000m3/sは上流の洪水調節施設により対処するというようなことで、きょう、この点についての実現可能性についてご説明させていただくことになったわけでございます。

 ()下流、横石地点でございますけれども、洪水調節の流量が流し得る流量以下となるため、これを計画高水流量とするということで、先ほどご説明したような結果でございまして、河川整備基本方針(案)と書いてあります計画高水流量図でございますが、人吉地点で4,000m3/s、渡で5,500m3/s、横石で7,800m3/sというような流量配分になっているわけでございます。

 その根拠でございますけれども、下に参考として、各地点における計画高水流量算定結果というのをお示ししてございますが、これまで経験いたしました多様な雨のパターンをベースに流出計算を行っておりまして、そういった中で一番大きなものを、今申しましたような算定に用いているわけでございます。

 ()洪水調節施設の実現可能性の検証に当たっては、洪水調節の選択肢の1つとして、既にあります市房ダムと建設中の川辺川ダムによりまして、洪水調節に必要な容量が確保可能かというような点を検証するということでご説明させていただきます。

~~

以上、長文を読んでくださった方、ありがとうございます。お疲れさまでした。

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さもありなん抗議文

こちらでも少々紹介した「お下品発言」をした委員の一人に、419日に傍聴に来ていた熊本県民の方と、その怒りに賛同した人々18団体と46名が抗議文を提出したそうだ。さもありなん。以下、許可を得て、全文掲載します。

~~~~

平成19年5月11

国土交通省  門松 武 河川局長  殿

国土交通省  西谷 剛 河川分科会長 殿

河川分科会  水戸部浩子  委員殿

抗 議 文

昨年413日から球磨川水系の河川整備基本方針策定のための検討小委員会が開かれ、一年余りに及ぶ審理を経て、球磨川水系の河川整備基本方針案(以下基本方針案)が323日に委員長裁定されました。検討小委員会の近藤徹委員長は基本方針案を419日の河川分科会に答申し、同日、河川分科会は基本方針案を審理しました。球磨川水系の行方を左右する基本方針が定まるかどうかという重大な分科会の審理を、熊本県内の多くの人々が固唾を呑んで見守り続けていました。その大事な分科会の審議の中、分科会の水戸部浩子委員は、「年増女」という、女性に対する侮蔑的な問題発言を行ったのです。

水戸部委員の発言は女性たちを侮辱するだけでなく、清流に対する地元住民の誇りと名誉を傷つけ、その上真剣であるべき審理をも揶揄したものであると、私たちは強い不快感と憤りを覚えました。私たちは水戸部委員に対し強く抗議し、水戸部委員の発言の撤回と謝罪を求めます。あわせて、水戸部委員を選任した国土交通省と河川分科会に対して、水戸部委員の発言を看過したことへの謝罪と、責任の所在を明らかにすることを求めます。

以下、水戸部委員の「年増女」発言に対して、私たちの考えを述べます。

一、「年増女」発言について

419日に開催された国交省河川分科会の審理のなかで、水戸部浩子委員は「年増女」という表現を使い、ダムに反対する住民から寄せられた意見書に対する意見を述べました。当日、分科会を傍聴していた住民は身が凍りつくほどの強い不快感を覚えたと言います。「荘内日報社 論説委員」というジャーナリストでありながら、言葉の社会的認識や意味するところを考慮することなく引用することは、水戸部委員の見識のなさと受け止めざるを得ません。一定以上の見識を持っているジャーナリストと認定されたゆえに、分科会の委員に選任されたのでありましょうが、水戸部委員の言葉に対する気配りのなさ、地域住民に対する配慮の欠落は残念というしか言いようがありません。

傍聴者の発言は堅く禁じられている分科会場ゆえに、歯軋りするような思いで水戸部委員の発言を聞いていた住民の気持ちを、ご理解いただけるでしょうか。

「年増女」という言葉は、昔から小説、特に時代小説などで「娘盛り(江戸時代では20歳)を過ぎたやや年取った女性」(広辞苑)を表す言葉として使われてきておりました。しかし近年では、この言葉は社会的に「不快感を与える言葉」として指摘され、次第に消え行くものとして受け止められています。このことが象徴的に現れたのが、2005年の三重県の観光ポスター撤去です。三重県は池波正太郎氏のエッセイを引用した観光ポスターを制作し、広く掲示しました。池波氏のエッセイは30数年前に書かれたもので、ポスターに引用された部分には「年増女」という表現が使われていたのです。多くの人の目に触れる観光ポスターに、「年増女」という言葉が入っていたことで、大きな問題となりました。その観光ポスターを見た人たちから「不快感を覚える」という抗議が寄せられ、「年増女は不適切な言葉」という三重県の判断もあり、そのポスターは撤去され、廃棄処分されたのでした。

そもそも、「年増女」とは一体誰と比べて「年増」なのでしょう。対比するときの基準は広辞苑を紐解くまでもなく、年齢です。寡聞にして、私たちは「年増女」という言葉が、女性に対する尊敬の気持ち、あるいは相手を尊重する気持ちを込めた表現方法として使われたという事実を知りません。むしろ、ほとんどの場合、男性が女性を揶揄したり、愚弄したりするときに使われ続けてきた言葉だと考えています。このように、「年増女」という言葉、あるいはこの言葉を引用した表現は、女性を蔑視するという社会的意味をもつものとして長い間存在し続けてきたことを、私たちは認識する必要があると思っています。

二、意見書に対する水戸部委員の考え方について

住民が意見を直接述べる場が保障されなかった検討小委員会や河川分科会には、人吉の大水害を体験した方々をはじめ、多くの住民から意見書が何通も提出されていました。「ダムでなければ流域住民の生命と財産は守れない」という国交省と、真っ向から対峙し続けた流域住民の魂が込められた数々の意見書でありました。住民側が届け続けた意見書は、川と共に生きてきた生活者でなければ感知しえない、まさに実体験から出た切実な「ダムを造っちゃいかん!」という叫びであります。例えそれらが、「心情的なもの、安全工学の視点を欠いたもの」と検討小委員会で切り捨てられ、かつ、委員それぞれの立場や考えと異なったとしても、それらの意見書は尊重されこそすれ、決して揶揄される対象ではありません。

水戸部委員が「(土砂撤去で河床が露出した川は)年増女が化粧を落としたように、見られたもんじゃない」と揶揄した意図を図りかねています。住民の意見書は、河床が露わになるまで土砂を全て撤去せよとは一言も言っておりません。むしろ、ダムにより土砂の供給がなくなり、川が姿を変えることを指摘するもので、水戸部委員には意見書の再読を求めます。

水戸部委員の発言は、住民側の意見書を軽んじ、地に落とし、泥にまみれさせるものでした。水戸部委員がどのように弁明されようとも、「年増女」発言によって住民と女性たちを傷つけ、愚弄した事実は消すことができません。さらに、この言葉を使うことで、一年間にわたり検討小委員会の席で「熊本県知事として県民に対して責任がある」と、毅然と繰り返し県民に代わり意見を述べ続けた潮谷義子知事と住民討論会での議論さえも揶揄し、住民に納得いく説明を求めて、分科会で公平な論議が尽くされることに心血を注いでこられた知事の名誉を毀損したのです。

職業も年齢も異なる多くの女性たちが、今回の水戸部委員の発言に強い怒りを覚えています。清流川辺川と球磨川を守りたい、未来の子どもたちに、綺麗な川を綺麗なまま手渡したいと願う私たちは、水戸部委員の発言は、河川分科会の品位を貶め、分科会に対する国民の信頼さえも失わせたと受け止めています。さらに、この発言を看過した河川分科会の審理そのものにも強く抗議いたします。

このような理由により、私たちは以下の通り、水戸部委員、そして河川分科会長、河川局に対して抗議の意思を表明いたします。

水戸部委員と河川局、および河川分科会に置かれましては、この抗議文を真摯に受け止められ、誠意ある対応をとられることを強く求めます。

一、水戸部浩子委員は、4月19日の審理の中で述べた「年増女」発言を撤回し、流域住民と熊本県知事に対して謝罪すること。

二、水戸部浩子委員の「年増女」発言に対し、これを審理の最後まで看過した河川分科会と分科会会長は、流域住民と熊本県知事に謝罪すること。

三、水戸部浩子委員を選任した国土交通省は、水戸部委員の選任の根拠と過程を熊本県民に明らかにし、あわせて、この間出された住民の意見書への対応結果の報告を行うこと。

四、こうした非礼かつ不見識な水戸部浩子委員を解任すること。                                    

 以 上

 ■賛同団体(者)【順不同】

●川辺川を守りたい女性たちの会

●清流球磨川・川辺川を未来に手渡す会流域郡市民の会

●球磨川大水害体験者の会

●川辺川利水訴訟原告団

●下球磨・芦北川漁師組合(組合長  小鶴隆一郎)

●やつしろ川漁師組合

●美しい球磨川を守る市民の会

●環境会議・諏訪(会長:塩原 俊)

●熊本婦人有権者同盟

●くまもと・バックアップ女性の会 

●川辺川ダムの見直しを求める農民・漁民を支援する会

● 熊本中央法律事務所(熊本市)

●さくら法律事務所(熊本市)

●水源開発問題全国連絡会

●やまんたろ・かわんたろの会(代表・右田いくみ)

●中ケ原カヌークラブ(代表・山口眞策)

●ボーダレス川ガキ応援団(代表・川辺敬子)

●「八代女性市民の会」

 

他個人46名(ここでは省略)

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2007年5月11日 (金)

ダムいろいろ

いろいろ起きている。レポートし始めるときりがないのでまず3つ。

     新潟

ブログ「水神様の使いっ走り」で、十日町新聞に掲載されている「河川法の国のアリス」が、再掲されている。オススメ!

ついでにここからリンクされているみーぽんの社会科のお部屋 もオススメ!

     愛媛

国土交通省の山鳥坂(やまとさか)ダム工事事務所は、ダム計画の環境アセス準備書に対する意見を寄せた人々の氏名をウェブサイトで、無断で公表してしまった。

「謝罪」というタイトルをつけるべきところ、「環境影響評価準備書に寄せられた意見書の提出者氏名のWEB上での表示について」と他人事だ。

http://www.skr.mlit.go.jp/yamatosa/kisya/pdf/070403.pdf

このダムは、20008月、与党3党の公共事業見直し基準で一度は中止勧告を受け、その後、知事の要請で復活をした「政治的」なダム事業であることも特筆しておく。

 

     栃木

下野新聞社は国土交通省から年間16000万円の広告収入を得ていた

スゴイです。

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続・ラオスのダム開発-日本が問われるもの

万が一、ラオスについては興味がないという方でも、国際協力銀行についてなら興味あるという方は、「国際協力銀行の分割の意味」というところから是非お読みください。

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グローバルネット連載「川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験⑤

続・ラオスのダム開発-日本が問われるもの

ラオスには、2000キープ(25)のお札の絵になっているダムがある。1971年に完成したナムグムダムだ(写真)。首都ビエンチャンから北へ100キロの距離とあって日帰りできる数少ない観光スポットになっている。見ての通り、V字型谷を沈めて作る日本のダムとは違い、背の低いダムで向こう岸が見えないほどの巨大な面積を沈めてしまう。ナムグムダムの場合は琵琶湖の半分に相当する370km2に及ぶ。前号で指摘したナムトゥン2ダムと同様に社会や環境への影響は甚大だった。

今も行われる水中の森林伐採

ここでは世にも珍しいやり方で森林搬出が進んでいる。人が潜って木の根っこ付近に紐で風船を縛りつける。そして空気を送り込むと、風船が浮く力で根っこがひっこ抜かれるというのだ。

現地で話を聞かせてくれたラオス大学のプーシー・インタパンヤー博士(有機化学)によれば、「昔は水が汚れでもっと深い緑色をしていた。ダムができたときはまだ戦争中だったので、木すら伐採せずそのまま沈めた。そのため、やがて木の葉が腐敗して水を汚染し、悪臭を放つようになった。そこで、政府の方針で伐採することになった」という。博士の記憶によれば、1980年代後半から始まり、「現在も上流に2時間船でいったところでやっている」という。いかに広大な森林を沈めたかが分かる。写真で分かるように、広い面積に所々島が浮かんでいるのは、ここが浅いダム湖であることを示している。

そして急いで沈められたのは森林ばかりではなかった。

水が来たので引っ越した

現在、観光客相手にダム湖で遊覧船を浮かべる船頭も、かつてはダムの底に沈んだ村に暮らしていたという。「自分は小さかったから覚えていない」と言いつつも、彼が両親から聞いた話はこうだった。ある日、家に役人が来て、「ダムができる」と言ったが、父母は「ダム」なるもの見たこともなく何のことか分からず、その話を信じなかった。しかし水が来た。そこで、水から逃れるようにして引っ越したのが1969年だったという。

住民に十分な説明も準備もなく作られたこのダム建設を当時支援した国の一つは、実は日本だ。

NPO法人メコン・ウォッチ(松本悟代表理事)の調べによれば、第1期工事に178000万円の無償資金、第2期工事に519000万円の円借款を供与している。日本から対ラオスへの初の無償資金援助の一つであり、初の円借款事業だった。

発展と破壊の狭間

複雑な思いで湖面を見つめていると、インタパンヤー博士に思いがけず「ナムトゥン2ダムをどう思うか」と聞かれた。正直に答えるしかない。-ラオスでは野菜も肉もそのものの味がして美味しい。川からは魚が採れ、米も豊富、森も豊か、本当の意味で豊かだと思う。ところが海外の巨額資金でダムを作り不自然な速度で発展をすれば、貧困削減の名で、実際は豊かに暮している人々の生活を壊すだけではないか。移転住民に生活再建支援だといって農業指導をしても、工事が終われば人が去り、作物は余って市場価格は下がる。結局は食べていけなくなるのではないか-。

すると博士は、「おそらくあなたの言うとおりになるだろう。しかし、ラオスは電力、金、木材、非木材林産物しか売るものがない」とダムを擁護した。そして「そう考える私でさえも環境問題は気になる」という。

ナムグム川では、近年、上流にあるオーストラリア資本の鉱山から精製に使う青酸が流れ出し、その下流で魚や牛が死んだ事件が起きたからだと言う。「人への被害はまだ出ていないが、水辺に人は住んでいる」と顔をしかめた。その詳細情報を送って欲しいと頼んで帰国したが残念ながら届かない。自由な情報の流通にはいまだに壁がありそうだ。発展と破壊の狭間で悩む一人の博士の姿がそのまま現在のラオスだ。

国際協力銀行の分割の意味

こうした苦悩の種を作ってきた一端である日本では、ODAが新たな局面を迎えている。

昨年11月には新JICA法が成立した。今年227日に閣議決定された株式会社日本政策金融公庫設置法が国会を通過すれば、来年101日には、国際協力銀行(JBIC)が行っていた円借款が切り離されて新JICAに統合し、無償資金協力と技術協力とともにODAがほぼ一元化される。一方、JBICの旧輸銀部門は国内向けの政策金融機関と一本化する。

6年前に統合したばかりの旧輸銀と海外経済協力基金を、また引きはがす節操のなさは一体何なのか。この疑問に行政改革推進本部事務局の内閣参事官・橘髙公久氏は、「(6年前当時は)円借款と旧輸銀を一体的に運用することによる相乗効果を期待した。今回は援助の一元的な運営を図ってはどうかという考えだ。他方、政策金融機関を一つにまとめることでのプラスを考えた。国際協力銀行が発足した時の狙いが外れていたとか、そのときのことを忘れて白地で考えたということではない」と答える。

 しかし、円借款部門と旧輸銀部門はこれまでにも勘定が二つに分かれ、一つの傘に二つの組織が別々に存在していただけだった。今回もまたそうなる可能性は高い。特に旧輸銀部門の合体相手は、国民生活金融公庫、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫だ。国内部門と国際部門の責任者にはそれぞれ代表権を持たせることになり、JBICという名前は部門名として残る。「組織の簡素化という点では制約を受ける」と橘髙氏も認めるところだ。

結局のところ、「行政改革推進法」「政府金融改革」のもとで組織統合が行われただけで、実質は維持され、国際貢献として日本がこの先すべきことは何かという本質論は取り残された。本来必要なのは巨額資金で地域や森林を不可逆的に破壊することが支援なのかといった見直しだったはずだ。

開発に伴う環境や地域の破壊を食い止める手段や手法を共有する試みは、研究者の間では一部始まっている。例えば、渡邉信教授(筑波大学大学院)が率いる「メコン河生態系長期モニタリング(MeREM)」は、メコン流域国である中国、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの大学や研究者、および独立行政法人・国立環境研究所と協力体制を構築し、2003年から現在までにモニタリング手法や地点を決めた。事情がバラバラな同流域の生態系情報を共有し、環境保全に取り組む人材を育てる狙いだ。

日本がODAや国際金融の名でアジアやその他地域に向ける巨額資金は、今後ますます、その意味が問われることになる。

~~~以上、

一ヶ月以上の遅れですが、「グローバルネット」((財)地球・人間環境フォーラム発行)の了解をもらって連載5回目(2007年3月発行)の転載でした。 

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審議会は誰のもの?

419日社会資本整備河川分科会。 

心理戦は始まったばかりだった。休憩が終わると、国土交通省が出してきた球磨川河川整備基本方針事務局案を、なんとしてもシャンシャンと通し、両論併記を避けようと考える委員たちが束になって知事の押さえ込みにかかった。その様は見ていてなんというか、「うわ~」としか言いようのない、異様なものだった。

★ 心理戦その1【揺さぶり役?越澤明(北海道大学大学院教授)】

休憩前と打って変わり、突如、「知事に先に発言してもらったほうがいいのではないか」と発言し、知事も「突然言われたので緊張しますが」と、結局、知事から始まった。休憩前に「最後」と言っておいて、突然、「最初」にして慌てさせる「フェイント作戦」かぁ~?と、たまげてしまった。

★ 心理戦その2【脅し役?櫻井敬子(学習院大学教授)】

自称(いや、職業としてそうなのでしょうが)「法学の専門家」だと枕詞をおき、「凍結できたけれども行政が停滞していることで得られるリスク」という言い回しを使い、直接、次のように言っていないが、「県の反対でダムを作らず、洪水が起きた場合、損害賠償の対象となって、県は負ける」というニュアンスが伝わってきた。それから「知事が了承しがたいというのは、方針に反対するということか。消極的賛成ということか・反対なら、知事の任期中は、想定する方針はできないことになる。結論を引き延ばすのは(施策の)執行者としていかがなものか」と。総じて言えば、両論併記にこだわらずに、消極的賛成というところに収まっておけば、知事個人にとって最悪の事態にはなりませんよという言外のメッセージがプンプンしていた。

それでも最後まで「了承しない」と意見を変えない知事に苛立ったように(その苛立ちぶりをあえて表現すると「何が得かを筋道を立てて整理してあげたのに屈服しないなんて、つける薬がない、もう私だってお手上げですよと」でも言いたそうな)、後の方の発言で、「予定調和的な河川分科会の中で想定外」とまで言った言葉がほとんど捨て台詞に聞こえました。

ふ~ん、「予定調和的な河川分科会」なんだ~。そういうつもりで審議会に出席するのか、と思いました。

★ 順不同ですが、心理戦その3【侮蔑役?越澤明(北海道大学大学院教授)】

小委員会と分科会は議事録から発言者名を除いたものを公開しているが、今回は発言者名をつけての公開をしたらどうか、提案した。ダメなら知事だけでも、「選挙のこともあるだろうから」発言者名とともに公開してはどうかと。

聞いていてムカっと来た。「選挙のため」だって?国土交通省の影に隠れて、「学識経験者でございます」といいながら、発言者名を伏せてもらっている「学識経験者」が、その専門家よりはるかに河川事業や基本高水について審議してきた知事に向かって、「選挙のため」ですって?

結局、これは分科会長が、「審議会全体に関わることなので、発言者名入りの議事録公開はしない。知事さんの名前だけでよければと」まとめた。

そこで、なぜ、「学識経験者」の名にかけて、言い出しっぺとして、「自分の名は知事と一緒に公開してくれ」と言わないのか?今からでもおそくはないから、そうして欲しい。国民の税金から謝金をもらっている学識経験者として、次の時代へのページを開いて欲しい。

★心理戦その4【挑発役?水戸部浩子(荘内日報社 論説委員)しかし自分を貶めただけ?】

人吉の河床を掘り下げることができない、ということを自分の言葉で言いたいがために、「もはや禿げ頭と言ったら失礼ですけども、もう禿げかけているようなちょっと見るに忍びないような、もうこれ以上掘っちゃえばおそらく年増女が化粧落として見られないぐらいの」と表現。あまりにお下品。

★ 心理戦その5【ムードメーカー役?山岸哲((財)山階鳥類研究所所長)】

「さっきから知事さんダダをこねているけど」の発言。「さっきの知事の話でフラッとしたけど、やっぱり小委員会の報告どおりでいいや」とも。一端は知事の話に説得力を感じたが、最終的には近藤委員長の話に納得したという意味なのでしょうが、委員長の報告は、一回や二回聞いたところで理解できる内容ではない。納得したというなら復唱してもらいたい。それにしても知事に向かって「ダダをこねている」とは稚拙な侮蔑でした。この人も自身の品格を貶めたと思う。

★ 心理戦その6【お墨付き役?福岡捷二(中央大学研究開発機構教授)】

私は河川工学が専門である。専門家である私は、委員長報告どおりでよいという。その理由は・・・・・と。専門家ではないほかの分科会委員にはまったく理解できないであろうことを、長々と述べて(このような場で中学生にも理解できる言葉で説明ができない人を私は専門家と認めたくない)煙に巻き、「専門家がそういっているんだから」とお墨付きを素人委員に与える役を演じた。中身が分からないのに委員をしている委員のための「良心の呵責引受人」ともいうべきだろうか。

★ 心理戦その7【結論への誘導役:岸由二(慶応義塾大学教授)】

「小委員会で意見が対立したものの、分科会での扱いを最初に議論したい。委員長報告は専門的な意見、知事の異論はポリシーとしてのご異論かな」と勝手に整理。実は、継続降雨時間や森林の保水力など専門分野の論点についての両論だったにもかかわらず、そのこと自体がこの教授には理解ができていなかった。オソマツ。にもかかわらず、二つを「専門分野と政策」の二つに分類してしまい、知事意見を除外する役割を果たそうとした。あまりにもムリがある。(無理を通して道理をへこますの典型)

ちなみに、熊本県知事が県民討論集会などを通して自ら培われた(鍛えられた?)専門的知識は、熊本の土木業者でさえ、「よく勉強している」「あの点は確かにそうだなと思う」と感心しているぐらい(先日取材をした)、素人の域を出ている。

★ 心理戦その8【お墨付き役?2号、3号:池淵周一(京都大学名誉教授)、虫明功臣(福島大学教授)】

河川が専門。池淵「基本高水の算出は合理的」虫明「ダム反対の論点は計画流量が過大、森林保水力」と整理し、「知事は文科系の方だから」理解できなくて当然というニュアンス。またまた侮蔑。げんなりだった。この時点で心がとても疲れた。この侮蔑には文科系の櫻井教授が反論するほどだった。

★ 心理戦最終【良い子ぶりっ子?:近藤徹((財)水資源協会理事長)】

「小委員会に出席していた皆さんは皆ご存知だか、私はいつも最後に発言してきた。私が出した結論ではなく、専門家の皆さんの結論だ」と聞くにおよび、本当に心の中が痛くなった。どうしてこんなことがいえるんだろう?あんなに誘導していたではないか?

ということで、419日の分科会では、熊本県知事が「了承しがたい」と発言することを見越し、知事が消極的賛成に歩み寄るよう試み、そうなりそうもないとなって、「専門家がダムを作らないと水害のリスクがあると言っているのに、政治家として結論を引き延ばして何かあったら、知事さん、あなたの責任ですよ」と脅しておこう、というシナリオがあったようだと感じました。

そんなシナリオがあったかどうか、真相は知るよしもありませんが、聞いていて異様な作為を感じる審議でした。

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第二回「閣議決定違反」大賞

果たして、419日社会資本整備河川分科会

ビックリするほどの心理戦だったと感じた。

「発言の順番まで決めちゃうなんて、ヒドイですね」これは、休憩の間、傍聴に来ていた顔見知りに、周囲にも聞こえる大きめの声で言った私の一言です。

休憩前、分科会会長が、休憩後の発言順序を指定し、「知事は最後にご発言を」と決めてしまったのだ。つまり、分科会の委員たちは近藤委員長の一方的な説明だけを聞き、意見を一巡いって終わり。最後に知事が何を言ってもムダという信じられない展開および段取りをしてしまったのだ。

問題はそれだけではない。近藤委員長の報告は、委員会に寄せられた意見書の数の比率から「ダムの反対運動をしているのは水害体験者が多い」「それは県が十分に説明をしてこなかったからだ。ダムのせいじゃないのに県営市房ダムのせいで洪水が起きたという誤った認識を持っている」という事実誤認、皮肉、偏見に満ちた内容だった。これに対する訂正も反論も地元知事にさせないままに、他の委員に意見を先に言わせて終わってしまおうということなのだ。

要するに、なんとしても両論併記は避けようという分科会長の意図が感じられる展開となった。そこで、第二回「閣議決定違反大賞」を勝手ながら、この時点で分科会長である國學院大學法科大學院西谷剛教授に授与したい。

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第一回「閣議決定違反」大賞

取材、裁判、SEAのことが皿回し状態で、来週頭から再び、次の多忙波が押し寄せ、息継ぎが精一杯なので、今日は(恩人からの頼まれごとにもあえて不義理をして)ブログその他を高速連打する。

2007419日、社会資本整備河川分科会 を若干遅刻したが傍聴した。

球磨川水系の審議になって以来、傍聴者多数のため、常にモニタリングルームで傍聴していたが「休憩」なるものが入ったので、審議をやっている部屋に様子を見に行った。すると統一地方選(422日)前とあって、熊本からの傍聴がそれほど多くなく(それでも多数)、1席空いていたので、すかさず陣取った。

分科会の下で行われる河川整備基本方針小委員会で、球磨川水系は、他の1、2回で審議を終えた水系とは違って、2006413日から2007323日まで11回に渡った。ラオス出張でいけなかった1回ともう一度(何かの締め切りで)を除いては、遅刻や早引けはあったが全会を傍聴した。

323日の11回目の最終日には、熊本県知事が国土交通省事務局が出してきた河川整備基本方針案に「了承できない」として、そのことを併記して分科会にあげて欲しいと明言していた。

しかし、委員長であり、元河川局長の近藤徹氏は、審議会等の整理合理化に関する基本的計画 平成11年4月27日 閣議決定 が禁じている「府省出身OB」なのに就任し、その存在自体がすでに閣議決定違反なのにもかかわらず、さらにこの閣議決定で明記されている指針「審議を尽くした上でなお委員の間において見解の分かれる事項については、全委員の一致した結論をあえて得る必要はなく、例えば複数の意見を並記するなど、審議の結果として委員の多様な意見が反映された答申とする」をものともせず、「私の責任でまとめる」と言い放った。

それがどうなるか。419日は、その結果を見届けにいったともいえる。省庁が出してきた事務局案を、府省出身OB委員がシャンシャンと通す。審議会のVSOP(もう死語か?Very Special One Pattern)を打ち破ることに、果たして古い時代のVSOP元河川局長が貢献するのか。

いや、本来は、「私の責任でまとめる」と323日に言い放った瞬間に、その存在と相まって「閣議決定違反大賞」ものだ。そこで、遅ればせながら、元河川局長かつ元水資源開発公団総裁かつ現水資源協会理事長の近藤徹氏に、第一回「閣議決定違反大賞」を勝手に授与する。

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