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2007年5月12日 (土)

さもありなん抗議文

こちらでも少々紹介した「お下品発言」をした委員の一人に、419日に傍聴に来ていた熊本県民の方と、その怒りに賛同した人々18団体と46名が抗議文を提出したそうだ。さもありなん。以下、許可を得て、全文掲載します。

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平成19年5月11

国土交通省  門松 武 河川局長  殿

国土交通省  西谷 剛 河川分科会長 殿

河川分科会  水戸部浩子  委員殿

抗 議 文

昨年413日から球磨川水系の河川整備基本方針策定のための検討小委員会が開かれ、一年余りに及ぶ審理を経て、球磨川水系の河川整備基本方針案(以下基本方針案)が323日に委員長裁定されました。検討小委員会の近藤徹委員長は基本方針案を419日の河川分科会に答申し、同日、河川分科会は基本方針案を審理しました。球磨川水系の行方を左右する基本方針が定まるかどうかという重大な分科会の審理を、熊本県内の多くの人々が固唾を呑んで見守り続けていました。その大事な分科会の審議の中、分科会の水戸部浩子委員は、「年増女」という、女性に対する侮蔑的な問題発言を行ったのです。

水戸部委員の発言は女性たちを侮辱するだけでなく、清流に対する地元住民の誇りと名誉を傷つけ、その上真剣であるべき審理をも揶揄したものであると、私たちは強い不快感と憤りを覚えました。私たちは水戸部委員に対し強く抗議し、水戸部委員の発言の撤回と謝罪を求めます。あわせて、水戸部委員を選任した国土交通省と河川分科会に対して、水戸部委員の発言を看過したことへの謝罪と、責任の所在を明らかにすることを求めます。

以下、水戸部委員の「年増女」発言に対して、私たちの考えを述べます。

一、「年増女」発言について

419日に開催された国交省河川分科会の審理のなかで、水戸部浩子委員は「年増女」という表現を使い、ダムに反対する住民から寄せられた意見書に対する意見を述べました。当日、分科会を傍聴していた住民は身が凍りつくほどの強い不快感を覚えたと言います。「荘内日報社 論説委員」というジャーナリストでありながら、言葉の社会的認識や意味するところを考慮することなく引用することは、水戸部委員の見識のなさと受け止めざるを得ません。一定以上の見識を持っているジャーナリストと認定されたゆえに、分科会の委員に選任されたのでありましょうが、水戸部委員の言葉に対する気配りのなさ、地域住民に対する配慮の欠落は残念というしか言いようがありません。

傍聴者の発言は堅く禁じられている分科会場ゆえに、歯軋りするような思いで水戸部委員の発言を聞いていた住民の気持ちを、ご理解いただけるでしょうか。

「年増女」という言葉は、昔から小説、特に時代小説などで「娘盛り(江戸時代では20歳)を過ぎたやや年取った女性」(広辞苑)を表す言葉として使われてきておりました。しかし近年では、この言葉は社会的に「不快感を与える言葉」として指摘され、次第に消え行くものとして受け止められています。このことが象徴的に現れたのが、2005年の三重県の観光ポスター撤去です。三重県は池波正太郎氏のエッセイを引用した観光ポスターを制作し、広く掲示しました。池波氏のエッセイは30数年前に書かれたもので、ポスターに引用された部分には「年増女」という表現が使われていたのです。多くの人の目に触れる観光ポスターに、「年増女」という言葉が入っていたことで、大きな問題となりました。その観光ポスターを見た人たちから「不快感を覚える」という抗議が寄せられ、「年増女は不適切な言葉」という三重県の判断もあり、そのポスターは撤去され、廃棄処分されたのでした。

そもそも、「年増女」とは一体誰と比べて「年増」なのでしょう。対比するときの基準は広辞苑を紐解くまでもなく、年齢です。寡聞にして、私たちは「年増女」という言葉が、女性に対する尊敬の気持ち、あるいは相手を尊重する気持ちを込めた表現方法として使われたという事実を知りません。むしろ、ほとんどの場合、男性が女性を揶揄したり、愚弄したりするときに使われ続けてきた言葉だと考えています。このように、「年増女」という言葉、あるいはこの言葉を引用した表現は、女性を蔑視するという社会的意味をもつものとして長い間存在し続けてきたことを、私たちは認識する必要があると思っています。

二、意見書に対する水戸部委員の考え方について

住民が意見を直接述べる場が保障されなかった検討小委員会や河川分科会には、人吉の大水害を体験した方々をはじめ、多くの住民から意見書が何通も提出されていました。「ダムでなければ流域住民の生命と財産は守れない」という国交省と、真っ向から対峙し続けた流域住民の魂が込められた数々の意見書でありました。住民側が届け続けた意見書は、川と共に生きてきた生活者でなければ感知しえない、まさに実体験から出た切実な「ダムを造っちゃいかん!」という叫びであります。例えそれらが、「心情的なもの、安全工学の視点を欠いたもの」と検討小委員会で切り捨てられ、かつ、委員それぞれの立場や考えと異なったとしても、それらの意見書は尊重されこそすれ、決して揶揄される対象ではありません。

水戸部委員が「(土砂撤去で河床が露出した川は)年増女が化粧を落としたように、見られたもんじゃない」と揶揄した意図を図りかねています。住民の意見書は、河床が露わになるまで土砂を全て撤去せよとは一言も言っておりません。むしろ、ダムにより土砂の供給がなくなり、川が姿を変えることを指摘するもので、水戸部委員には意見書の再読を求めます。

水戸部委員の発言は、住民側の意見書を軽んじ、地に落とし、泥にまみれさせるものでした。水戸部委員がどのように弁明されようとも、「年増女」発言によって住民と女性たちを傷つけ、愚弄した事実は消すことができません。さらに、この言葉を使うことで、一年間にわたり検討小委員会の席で「熊本県知事として県民に対して責任がある」と、毅然と繰り返し県民に代わり意見を述べ続けた潮谷義子知事と住民討論会での議論さえも揶揄し、住民に納得いく説明を求めて、分科会で公平な論議が尽くされることに心血を注いでこられた知事の名誉を毀損したのです。

職業も年齢も異なる多くの女性たちが、今回の水戸部委員の発言に強い怒りを覚えています。清流川辺川と球磨川を守りたい、未来の子どもたちに、綺麗な川を綺麗なまま手渡したいと願う私たちは、水戸部委員の発言は、河川分科会の品位を貶め、分科会に対する国民の信頼さえも失わせたと受け止めています。さらに、この発言を看過した河川分科会の審理そのものにも強く抗議いたします。

このような理由により、私たちは以下の通り、水戸部委員、そして河川分科会長、河川局に対して抗議の意思を表明いたします。

水戸部委員と河川局、および河川分科会に置かれましては、この抗議文を真摯に受け止められ、誠意ある対応をとられることを強く求めます。

一、水戸部浩子委員は、4月19日の審理の中で述べた「年増女」発言を撤回し、流域住民と熊本県知事に対して謝罪すること。

二、水戸部浩子委員の「年増女」発言に対し、これを審理の最後まで看過した河川分科会と分科会会長は、流域住民と熊本県知事に謝罪すること。

三、水戸部浩子委員を選任した国土交通省は、水戸部委員の選任の根拠と過程を熊本県民に明らかにし、あわせて、この間出された住民の意見書への対応結果の報告を行うこと。

四、こうした非礼かつ不見識な水戸部浩子委員を解任すること。                                    

 以 上

 ■賛同団体(者)【順不同】

●川辺川を守りたい女性たちの会

●清流球磨川・川辺川を未来に手渡す会流域郡市民の会

●球磨川大水害体験者の会

●川辺川利水訴訟原告団

●下球磨・芦北川漁師組合(組合長  小鶴隆一郎)

●やつしろ川漁師組合

●美しい球磨川を守る市民の会

●環境会議・諏訪(会長:塩原 俊)

●熊本婦人有権者同盟

●くまもと・バックアップ女性の会 

●川辺川ダムの見直しを求める農民・漁民を支援する会

● 熊本中央法律事務所(熊本市)

●さくら法律事務所(熊本市)

●水源開発問題全国連絡会

●やまんたろ・かわんたろの会(代表・右田いくみ)

●中ケ原カヌークラブ(代表・山口眞策)

●ボーダレス川ガキ応援団(代表・川辺敬子)

●「八代女性市民の会」

 

他個人46名(ここでは省略)

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