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2007年5月11日 (金)

続・ラオスのダム開発-日本が問われるもの

万が一、ラオスについては興味がないという方でも、国際協力銀行についてなら興味あるという方は、「国際協力銀行の分割の意味」というところから是非お読みください。

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グローバルネット連載「川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験⑤

続・ラオスのダム開発-日本が問われるもの

ラオスには、2000キープ(25)のお札の絵になっているダムがある。1971年に完成したナムグムダムだ(写真)。首都ビエンチャンから北へ100キロの距離とあって日帰りできる数少ない観光スポットになっている。見ての通り、V字型谷を沈めて作る日本のダムとは違い、背の低いダムで向こう岸が見えないほどの巨大な面積を沈めてしまう。ナムグムダムの場合は琵琶湖の半分に相当する370km2に及ぶ。前号で指摘したナムトゥン2ダムと同様に社会や環境への影響は甚大だった。

今も行われる水中の森林伐採

ここでは世にも珍しいやり方で森林搬出が進んでいる。人が潜って木の根っこ付近に紐で風船を縛りつける。そして空気を送り込むと、風船が浮く力で根っこがひっこ抜かれるというのだ。

現地で話を聞かせてくれたラオス大学のプーシー・インタパンヤー博士(有機化学)によれば、「昔は水が汚れでもっと深い緑色をしていた。ダムができたときはまだ戦争中だったので、木すら伐採せずそのまま沈めた。そのため、やがて木の葉が腐敗して水を汚染し、悪臭を放つようになった。そこで、政府の方針で伐採することになった」という。博士の記憶によれば、1980年代後半から始まり、「現在も上流に2時間船でいったところでやっている」という。いかに広大な森林を沈めたかが分かる。写真で分かるように、広い面積に所々島が浮かんでいるのは、ここが浅いダム湖であることを示している。

そして急いで沈められたのは森林ばかりではなかった。

水が来たので引っ越した

現在、観光客相手にダム湖で遊覧船を浮かべる船頭も、かつてはダムの底に沈んだ村に暮らしていたという。「自分は小さかったから覚えていない」と言いつつも、彼が両親から聞いた話はこうだった。ある日、家に役人が来て、「ダムができる」と言ったが、父母は「ダム」なるもの見たこともなく何のことか分からず、その話を信じなかった。しかし水が来た。そこで、水から逃れるようにして引っ越したのが1969年だったという。

住民に十分な説明も準備もなく作られたこのダム建設を当時支援した国の一つは、実は日本だ。

NPO法人メコン・ウォッチ(松本悟代表理事)の調べによれば、第1期工事に178000万円の無償資金、第2期工事に519000万円の円借款を供与している。日本から対ラオスへの初の無償資金援助の一つであり、初の円借款事業だった。

発展と破壊の狭間

複雑な思いで湖面を見つめていると、インタパンヤー博士に思いがけず「ナムトゥン2ダムをどう思うか」と聞かれた。正直に答えるしかない。-ラオスでは野菜も肉もそのものの味がして美味しい。川からは魚が採れ、米も豊富、森も豊か、本当の意味で豊かだと思う。ところが海外の巨額資金でダムを作り不自然な速度で発展をすれば、貧困削減の名で、実際は豊かに暮している人々の生活を壊すだけではないか。移転住民に生活再建支援だといって農業指導をしても、工事が終われば人が去り、作物は余って市場価格は下がる。結局は食べていけなくなるのではないか-。

すると博士は、「おそらくあなたの言うとおりになるだろう。しかし、ラオスは電力、金、木材、非木材林産物しか売るものがない」とダムを擁護した。そして「そう考える私でさえも環境問題は気になる」という。

ナムグム川では、近年、上流にあるオーストラリア資本の鉱山から精製に使う青酸が流れ出し、その下流で魚や牛が死んだ事件が起きたからだと言う。「人への被害はまだ出ていないが、水辺に人は住んでいる」と顔をしかめた。その詳細情報を送って欲しいと頼んで帰国したが残念ながら届かない。自由な情報の流通にはいまだに壁がありそうだ。発展と破壊の狭間で悩む一人の博士の姿がそのまま現在のラオスだ。

国際協力銀行の分割の意味

こうした苦悩の種を作ってきた一端である日本では、ODAが新たな局面を迎えている。

昨年11月には新JICA法が成立した。今年227日に閣議決定された株式会社日本政策金融公庫設置法が国会を通過すれば、来年101日には、国際協力銀行(JBIC)が行っていた円借款が切り離されて新JICAに統合し、無償資金協力と技術協力とともにODAがほぼ一元化される。一方、JBICの旧輸銀部門は国内向けの政策金融機関と一本化する。

6年前に統合したばかりの旧輸銀と海外経済協力基金を、また引きはがす節操のなさは一体何なのか。この疑問に行政改革推進本部事務局の内閣参事官・橘髙公久氏は、「(6年前当時は)円借款と旧輸銀を一体的に運用することによる相乗効果を期待した。今回は援助の一元的な運営を図ってはどうかという考えだ。他方、政策金融機関を一つにまとめることでのプラスを考えた。国際協力銀行が発足した時の狙いが外れていたとか、そのときのことを忘れて白地で考えたということではない」と答える。

 しかし、円借款部門と旧輸銀部門はこれまでにも勘定が二つに分かれ、一つの傘に二つの組織が別々に存在していただけだった。今回もまたそうなる可能性は高い。特に旧輸銀部門の合体相手は、国民生活金融公庫、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫だ。国内部門と国際部門の責任者にはそれぞれ代表権を持たせることになり、JBICという名前は部門名として残る。「組織の簡素化という点では制約を受ける」と橘髙氏も認めるところだ。

結局のところ、「行政改革推進法」「政府金融改革」のもとで組織統合が行われただけで、実質は維持され、国際貢献として日本がこの先すべきことは何かという本質論は取り残された。本来必要なのは巨額資金で地域や森林を不可逆的に破壊することが支援なのかといった見直しだったはずだ。

開発に伴う環境や地域の破壊を食い止める手段や手法を共有する試みは、研究者の間では一部始まっている。例えば、渡邉信教授(筑波大学大学院)が率いる「メコン河生態系長期モニタリング(MeREM)」は、メコン流域国である中国、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの大学や研究者、および独立行政法人・国立環境研究所と協力体制を構築し、2003年から現在までにモニタリング手法や地点を決めた。事情がバラバラな同流域の生態系情報を共有し、環境保全に取り組む人材を育てる狙いだ。

日本がODAや国際金融の名でアジアやその他地域に向ける巨額資金は、今後ますます、その意味が問われることになる。

~~~以上、

一ヶ月以上の遅れですが、「グローバルネット」((財)地球・人間環境フォーラム発行)の了解をもらって連載5回目(2007年3月発行)の転載でした。 

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