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2007年8月31日 (金)

満身創痍で法令遵守が危うい川辺川ダム計画

「グローバルネット」 ((財)地球・人間環境フォーラム発行)の了解をもらって連載「川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験」9回目(20077月発行)の転載します。

満身創痍で法令遵守が危うい川辺川ダム計画

この連載は現在進行形の河川開発からの教訓を未来に生かすことを意図してきた。今回はついに「法令遵守」が危うい事例の紹介となる。国交省が1967年から熊本県の球磨川支流で進める川辺川ダムだ。治水、発電、かんがい用水を目的とした多目的ダム計画だが、今年1月に農水省が利水計画はダムに依存しない、6月に電源開発株式会社が発電事業から撤退すると表明し、多目的ダムとしてはもはや成り立たなくなった。しかし、国交省は「ダムの必要性は代わらない」とスタンスを崩さず、大きな局面を迎えている。

多目的ダムは、河川法の特例として特定多目的ダム法で規定され、その第4条に基づき次のような事項を含む基本計画が作成される。①ダム建設の目的②規模及び型式③貯留量、取水量、放流量、貯留量の用途別配分④ダム使用権の設定予定者⑤建設費用及びその負担⑥工期――などだ。この基本計画を「作成し、変更し、又は廃止しようとするときは、あらかじめ、関係行政機関の長に協議する」などの手続きが必要となる。

ところが今、国交省はこの手続きを取ろうとしていない。なぜなのか、国交省が内外に提示してきた資料を再読すると、一つの仮説が浮んでくる。基本計画の廃止でダム計画そのものが白紙になることを避けたいからではないか。順に検証していこう。

特定多目的ダム法逸脱の始まり

国交省が川辺川ダムの最初の基本計画を策定したのは1976年だ。その後、1998年に当初予算350億円を8倍の2650億円に増額、完成を2008年度まで延期する変更を行った。財政の問題はともかく、このときまでは当然の手続きが取られていた。しかし、20035月、国営川辺川土地改良事業で農家に訴えられた農水省が敗訴した後、法令遵守が怪しくなってきた。この裁判では、農家の3分の2以上の同意がいる事業で同意書から死者の捺印や偽造が発見され、違法手続きが認定された。ところが当時、国交省はこれによる変更を「軽微」であると解釈した。農水省が「新利水計画策定」という法定外の手続きを始める傍ら、自らは特定多目的ダム法に基づく基本計画の変更を行わなかった。これが法手続き逸脱の始まりだ。

農水省敗訴の翌2004年になると、「最大限切りつめても全体事業費が約3300億円」になるという内部文書が発見された。国交省九州地方整備局の調査官によるものとわかったが、国交省は「個人メモであり正式見解ではない」と突っぱねた。ところが、後に対外的に示された公文書で、この「正式見解ではない」はずの事業費や工期が散見されるようになる。

20049月に熊本県庁で行われた「川辺川ダム事業費増額問題に関する説明会」では、九州地方整備局から、完成2013年、3300億円と推算したとする資料が提出された。2006年の「新利水計画策定」を前提とする協議の場では、工期は2016年度と提示された。基本計画の変更手続きを経ていない事業費増額や工期延長が議論されるようになった。

今年6月に電源開発に完成時期と負担額を質問された際は、2006年時の見通しを示し、「提示した以上の期間を要する可能性は否定できない」と答えた。変更をするよりも先に、法定計画が完全に破綻しまった。

この状態でなお基本計画の廃止手続を直ちに取らない理由を国交省は、「次にどうするかが決まらなければ」としている。しかし、法定計画では未だに事業費2650億円、完成2008年度のままだ。九州地方整備局によれば、昨年度末までに約2040億円が執行済み。来年完成する見込みは皆無だ。

変更必至の事業を再評価、審議させた国交省

特ダム法の逸脱は、他にも奇妙な事態を生み出した。「事業再評価」がその一つだ。川辺川ダム事業は、計画が始まって以来のいわゆる「再々評価」を20068月に受けた。これは1998年に導入され、新規採択時、採択から5年経過し未着工の事業、そして完成後に「事業評価監視委員会」が評価し、無駄な事業をそぎ落とすための制度だ。

ところが川辺川ダム事業は、20064月から球磨川水系の河川整備基本方針が策定中で、かつ農水省の一件で「ダム本体の緒元や工期、事業費などが変わる状況」にあるため、「事業は継続し、当面の間は、道路整備等の生活再建対策及び祖調査を実施する」と結論が出された。

このとき国交省が提示した資料には、「方針策定後、農林水産省における利水計画の見直し状況を聞いた上で、引き続き河川整備計画を策定し、その後、ダム事業計画を速やかに見直して川辺川ダムを一日も早く完成させるよう手続きをすすめていきます」とある。図にもそう明示した。

Kawabeschedule

出典:事業再評価説明資料 川辺川ダム建設事業(九州地方整備局 川辺川ダム砂防事務所が平成18年8月作成)

つまり、本来は「①利水計画見直し+②発電撤退=③多目的ダム計画廃止」→「④新規採択事業評価」→「⑤方針策定+⑥整備計画策定」と進むべきところを、④’再評価で継続→⑤方針策定開始→①利水計画見直し→②発電撤退→⑥整備計画策定(治水ダム計画の位置づけ)→③多目的ダム計画変更(廃止)」としてダム計画が廃止になることを避けたのではないか。特ダム法に基づく廃止手続きを、河川法の手続きの間に挟んでジワジワとフェイドアウトさせるシナリオだ。

試しに電源開発株式会社に参加の有無を確認したのが方針策定後だった理由を聞いてみた。すると国交省河川局治水課は「方針は治水について定めるもの。利水のなしありは関係ない」からだと言い放った。しかしそれは間違いだ。河川法では、「河川整備基本方針は、水害発生の状況、水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮し(略)水系に係る河川の総合的管理が確保できるように定められなければならない」。「利水のなしあり」は大いに関係する。もし、その時点で発電事業が撤退を表明すれば、もはや「軽微」な変更とは言えず、方針の審議にも再評価の審議にも多大な影響を及ぼすことが分かっていたからではないか。どれもダム見直しの契機になることを避けるためではなかったのか。

もしそうではない、と言うなら、利水事業や発電事業など亡霊がとりついたような基本計画を一端廃止すべきだ。河川法の特例として定めた特ダム法の基本計画の縛りをはずすことなく、河川法に基づいてダム計画を整備計画に潜り込ませようというのは姑息すぎる。治水のために必要だと言うなら、多目的ダム計画を白紙に戻し、新規事業として堂々と必要性を訴えて手続きを行うのが筋だろう。

ところがこの期に及んで国交省は、「特ダム法は民間や農水省、国交省などが行う各事業を調整するスキーム。我々がダム事業を実施する根拠はあくまで河川法」とし、今後「整備計画の策定が、特ダム法に基づく基本計画の廃止に先行する」と強弁している。

国交省は、球磨川水系河川整備基本方針の策定で、両論併記を認めた1999年の審議会に関する閣議決定の違反も引き起こした。法令遵守をすると進めない。これが満身創痍の川辺川ダム計画の実態である。

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政治資金の監視方法をハイテクに

暑くてもエヘラエヘラと遊んでばかりいられない。アタマに来ること連続。「怒りのエネルギー」は「伝えるエネルギー」に昇華、変換するに限るので、環境行政改革フォーラム総会で2コマ吠えた。

一つは「審議会行政の終わらない闇」。雑誌などですでに書いたが、口頭でもドンドン伝えるため、コンパクトにまとめてプレゼン。パワーポイントファイルをそのままここに掲載します。「eforum2007.ppt」をダウンロード

もう一つは「政治資金の透明化は国家財政を救う」。以下は総会資料に載せた要点というかサワリ。

政治資金の透明化は国家財政を救う

まさのあつこ(ジャーナリスト)

政治資金問題は"疑惑""疑惑"のまま終わるのが常だ。領収書を「出せ」「出さない」で時間を浪費し、貴重な国会審議も無駄にし、解決を要する山積みの問題が先送りされる。TVや新聞報道も同様で、権力を監視する時間と労力が、「法律に基づいて適正に処理している」という空虚な返答でどれだけ浪費されてきただろうか。

「法律に基づいて適正に処理している」と答える政治家は、その法律自体がザル法であることを百も承知である。この現象は国家財政の浪費であり、報道機関の人材と時間の浪費であり、いまや“疑惑報道遊び”とも言うべき国民の娯楽と化したのではないか。

ザル穴をふさぎ、疑惑を未然に防いで、透明性を確保するには複雑なルールは要らない。政治資金規正法第一条の目的に書かれた「政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われる」には、金の「出」と「入」を1円から記録させ、領収書の添付を義務化すればいいだけの話である。

【透明性以前の問題】

 それ自体は単純な話であり、透明性以前に、政治資金収支報告の監視を複雑にしている事柄を最初に整理しておこう。今のままでは、透明性が確保されても、複雑もしくは抜け穴が大きすぎて、監視をしにくいからだ。

監視を難しくさせている一つは企業献金のあり方だ。細川元首相の方針を受けて2000年に施行された改正政治資金規正法は、政治家個人への企業献金を禁止した。そして、これによる政治活動資金の不足分を補填するため、政党助成金の交付が先に始まった。ところが、結局、政党や政党支部への企業献金の道を残したため、政党助成金の支払いを申請しない共産党以外は、「二重取り」の焼け太りに終わっている。

また、共産党以外では、与野党に限らず、政治家個人の政治資金管理団体や政治団体と別に、政党支部を立ち上げ、企業献金はそちらで受け続けているため、全体像がつかめない。

 たとえば5月に自殺した松岡利勝農相(当時)は、個人の政治団体「松岡利勝新世紀政経懇話会」を総務省に、「自由民主党熊本県第三選挙区支部」を熊本に届けていた。他にも関係した政治団体があったかもしれないが、政治家の名前で他団体を名寄せすることは現在不可能である。

また、「パーティ券の対価支払い」というザル穴もある。政治家個人でも上限百五十万円までなら企業からの支払いを受けることができる。

複雑さの代表格のもう一つは、政治団体や政治資金管理団体の間でも献金はできるため、政治資金管理団体以外からトンネルさせれば、企業献金のマネーロンダリングができることだ。

そこで、透明性を確保するためには、それ以前に政治家一人につき、政治資金の入と出を一つに統合できるようにする必要がある。

【ローテクな監視方法】

複雑さに加えて、第一条「国民の不断の監視と批判」を阻む最も大きな穴が、政治資金の監視を阻むカラクリである。この情報化時代にあって、政治資金収支報告書の届け出先は各都道府県の選挙管理委員会と総務省に分散している。どこに届け出てもいいため、前述の松岡利勝の場合は、総務省(東京)と熊本県の両方に足を運ばねばトータルな監視はできない。

たとえ総務省と熊本県庁の両方を訪れる時間と金が、監視をしようと思う者にあったとしよう。しかし、それでも、その場ではコピーはとれず、閲覧しかできない。開示請求をすればさらなる金と時間がかかる。デジカメや携帯電話で気軽にどこでも写真が撮れる時代なのに撮影も禁止だ。手で書き写すというローテクな監視方法しか許されていない。

しかも、先述したように政治家によってはいくつもの関連政治団体を持つので見落としも出る。

 松岡の後任農相・赤城徳彦に至っては、自分の政治資金管理団体「徳友会」に、解散した他の政治団体「つくば政策研究会」が経費を計上していたことを知らなかったとし(この後出しのストーリーが本当だとすれば)、さらには虚偽報告までが判明したが、このように政治家本人が自分の政治団体がいくつあるのかすら分からないと言い訳ができてしまうほどに「監視」が難しい。こんな状態で国民に監視せよという方が無理だ。

政治団体の名前もザル穴の一つだ。たとえば廃止されたという「つくば政策研究会」が今でもあったとしても、一目で赤城の政治団体だと分かる者はいまい。また、「徳友会」という名前が分かっても、総務省と茨城県庁のどちらに届け出ているのかを知らなければ、閲覧にいっても無駄足になる可能性もある。

【ネット上で公表を】

 監視を可能にする仕組みを考えるのはさほど難しくはない。

 米国では、非営利組織「C-SPAN」が米国連邦議会の議員の名前で検索をかけると、献金をした組織、個人とその額などが分かるデータベースを構築している。日本からでさえ見ることができる。

私が知る限りで最も優れた政治資金データベースを構築しているのは、米国ウィスコンシン州議会を監視している非営利組織「ウィスコンシン・デモクラシー・キャンペーン」だ。政治家名だけでなく献金者名からも検索が可能で、しかも、その献金者がどのような背景(利権)を持った個人なのか、ロビイストなのかもたちどころに分かる。

良い仕組みは真似ればいい。政治家の名前ごとに、政治献金情報をデータベース化してインターネットで公開し、誰もが常時監視できるようにすればいいだけの話だ。誰からいつ監視されているか分からないという緊張感が政治家には必要だ。

【盗人からカギを取り上げるには】

 この単純な改正がこれまで行われてこなかったのは、政治資金規正法を審議成立させるのが国会議員自身だからだ。「盗人にカギ」状態を脱するには、国民が自分たちの置かれた状況を自覚し、「これでは『監視』も『批判』もできない。改正せよ」と強く声を上げるしかない。

与党自民党は、現在のところ領収書添付の義務づけについても「事務が煩雑になり、政治活動の自由に支障が出る」という屁理屈で、反対の立場を取っている。

納税者はその煩雑な作業を行っていることを知ってのことだろうから、傲慢としか言いようがない。知らないのならその非見識を嘆かざるを得ない。また、このような屁理屈を通用させてでも、不透明性を死守することに躍起になっていると思わざるを得ない。

参議院選の応援街頭演説で、衆議院の田中真紀子が言っていた。「年金を払ってもらいたければ領収書を出せ出せ出せと国民に言う。そんなに言うなら閣僚が出せ!」

つまりはそういうことだ。1円からの領収書の添付、1円からの報告によって情報をさらすことにより、献金を起点とした政治家の口利きや政官財の癒着を防ぎ、マージンなどの形で国家財政が環流していく無駄を防ぐこともできる。政治資金規正法一本を変えたところで即刻かわるものではないが、この根本的な第一歩を踏み出さずには、ますます、多くの国家財政や人材や時間が浪費されることだろう。(敬称略)

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2007年8月30日 (木)

ダムのない川巡り

5月に東京で開催された「利根川の未来を市民の手に!シンポジウム」の報告書がここに

http://tonegawashimin.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_e8a5.html

さて、夏休み、いかがでしたか?

ワタシは夏休みのついでに、

Photo_3 「川を流域住民(あなた)が取りもどすための全国シンポジウム」に行って来ました。朝まで原稿書き。テントを車にぶち込んで出発。渋滞にはまって夜中に到着。吉野川の川原に一泊。スーパー銭湯で一風呂浴びて会場へ。

徳島宣言はこちらhttp://www.daiju.ne.jp/kawashimpo/senngennbunn.pdf 

意見書はこちらhttp://www.daiju.ne.jp/kawashimpo/ikensho.pdf 

Photo_2

Photo

その足で、木頭のガロが住む川へ移動。

田村好さんが作った「ダム反対資料館」にお邪魔。

その夜、那賀川の平の川原で一泊。夜半雨。翌日、いろいろな人に再会。

雨の降るなか、木頭の面々と来年の夏の相談をしながら川をウロウロ。

午後、さらに南下して「いつもの川」で友だち軍団と合流。それぞれ好きな遊びをいつものように。 今年も誰かが飛び込み始め、好きな高さから好きなように。 

トシは脇へおいて、一番高いところからワタシも飛び込んだ。

遊んで食べてまた川原で一泊。

帰り道、徳島市内でコレクティブハウスの管理人をはじめた友だちの家に少々お邪魔。

ダムのない日本の川で過ごす夏はひさしぶり。シアワセだった。

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水になった村、見てください

間が開きすぎて何から手をつけたらよいか分からない。

もう行きましたか?

徳山村の豪快なジジババたちを記録した映画「水になった村」

以下は見た人からの感想

高橋ユリカさん

 「山の民の幸せ」とでも言うのでしょうか。どこの国にも

 きっとある、山に暮らす民が培ってきた生活の知恵。

日本では、お漬物やまたたび酒だったんだなあ~

山がまるごと食品貯蔵庫のように見えました~(^^

ああ、あの山を歩いてみたいと、きっと映画を見た人は、

皆さんが思ったことでしょう。

家を壊して市内に引越し、でも舞い戻ってきた方たち。

露天でお風呂に入っていた方が「幸せだなあ」と独り言。

ほんとうに素敵なのです。

深澤洋子さん

いい映画でした。おばあちゃんたちがあまりに豪快に食べるので、

私も無性に漬け物が食べたくなりました。

深い美しい自然の中で、たくましく山を飛び歩き、野菜を作り、

山のように料理し、そして食べる!

ジジババたちの幸せそうなこと!

でも、容赦なく、家は壊され、水がひたひたと谷を沈めていきます。

楽園を追われたおばあちゃんたちは・・

自然と人との深い結びつき、自然に生かされる人間の幸福感、尊さを思いました。

映画もおばあちゃんたちも、それを奪われることに言葉では抗議しません。

試験湛水開始の日、町の家にこもったおばあちゃんのそばで、

テレビが、「今では水余りが指摘され・・」と伝えるだけです。

上映後のトークで、(たしか)上智大学教授の

黒川由起子さん(臨床心理士/老齢心理学)が、

大西暢夫監督とおばあちゃんたちの、

嘘のない率直なやり取りのおもしろさを指摘していました。

9月9日なら監督の大西さんと田中康夫さんとのトークショーもありだそうです。

とにかくこんなに見て欲しい映画はないです。

上映日はこちらで確認を

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