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2008年1月29日 (火)

サクラマスのベビーブーム周期を破壊した二風谷ダム

 沙流(さる)川河口から20キロ。平野を横切る河口堰のような形状。それが二風谷(にぶたに)ダムだ。北海道で最もアイヌ人口比率が高い日高地域に1997年に完成した。アイヌ文化を調査しないまま土地収用をしようとして同年に違法判決が下された。使用は許可されたが、送水を予定した苫小牧東部工業基地計画(苫東)が破綻し、肝心の使用目的が消えた。受益者から北海道が回収するはずだった53億円は、今年7月、国が血税で肩代わりすることになった。そんな二風谷ダムの今を追った。

【ダムが危険になったから放流した】

「二風谷ダムができる前は、堤防がなくてもウチが水に浸かることはなかった」と自宅前の堤防を指差すのは、下流右岸の日高町富川に暮らす矢野勇さんだ。ダムが洪水をもたらす話は各地にあるが、富川でも、ダム完成後に洪水が頻発するようになった。

極めつけは200389日の台風10号だった。朝から雨が降った。夜12時までに雨が止み、星が出たのを確認してから寝た矢野さんは、「大変よ」と家人に起こされる。「避難勧告のサイレンが鳴っていた。夜中の1時半から2時頃、高台に避難してくださいと消防署の車が回ってきた」と思い出す。

この時、二風谷ダムでは越流による決壊を避けるため、流入量と同量を放流する「ただし書き操作」を行っていた。「ダムが危険になったから放流した」と国土交通省北海道開発局治水課(以下、開発局)もあっさり認める。

しかし「町の人は『ただし書き操作』自体を知らない。ウチのお袋なんかビックリして歩けないから、おぶって出た」と矢野さん。生まれて初めての恐怖に、誰もが着の身着のまま高台へ避難し、朝を迎えた。マスコミが押し寄せ、6千数百人が避難したと報道された。翌日戻ると、床上浸水した家に悪臭を放つヘドロがべっとりと残った。支流から沙流川へつながる約30の樋門のうち、富川周辺の3基だけが開け放しにされ、ダム放流が逆流したと後で分かった。

【ヘドロダムに設置された魚道の効果】

ヘドロは二風谷ダムに貯まっている。「夏場に水位を下げると、ダム堤体から20~50メートルのところまでヘドロの丘です。開発局は堆砂だと言うけどヘドロですよ」と現地住民は語る。上流の砂防ダムに大きな石が、下流へ行くほど小さい石、砂と貯まり、二風谷ダムにきて水と混ざったほこりのような細かい砂が沈殿するのだという。住民は鳥が俯瞰するように川を見る。筆者は旭川空港から羽田行き飛行機に乗り、沙流川上空から二風谷ダム湖の8割強が白濁し、その白濁はダム下流から海まで連続するのを見た。かつて清流だった川の生態系に影響が無いわけがない。

ところが、開発局の発行する二風谷ダムのパンフは「自然にやさしい魚道のあるダム」とサブタイトルが付き、「サクラマス遡上・降下数」を示すグラフの上に「魚道の効果が確認されています」と謳う。しかし、棒グラフは各年1本ずつしかなく、遡上・降下の区別も、天然資源と放流資源の区別もない。沙流川で孵化した魚が降下し、海で回遊して戻ってきてこそ効果だが、これでは確認はできない。

【公表しないデータが語るダムの影響】

二風谷ダム管理所に確認すると、元データは「北海道栽培漁業振興公社に業務発注した業務報告書にあるが一般公開はしていない」と言う。しつこく尋ねてやっと次のようなことが分かった。1)降下調査では天然と放流(タグ付き)を区別しているが、遡上では区別していない。2)調査回数は遡上が年10回、降下は年5回。3)産卵床の場所が分からないため産卵数データはない。このデータの取り方で効果が分かるのか。

(社)北海道事前保護協会の佐々木克之副会長は、「ダムの影響を見るには、ダムの上流でヤマメ(サクラマスの子ども)の生息数を比較すればいい」と言う。サクラマスが魚道を遡上して、産卵、孵化すればヤマメが生まれる。その数を調べれば一目瞭然だ。果たして「ダム建設後の1998年以降減少している」(同協会2007年発行「北海道の自然第45号」)ことが分かった。魚道の効果はむなしく、ダム建設の影響を受けたのだ。同データによって沙流川のサクラマスは、ダム建設前は3年周期で増加するパターンを示していたことも分かった。3年周期のベビーブームだ。ところが建設後、ダム下流では周期が温存されているが、上流では破壊されてしまっている。

驚いたことに、これらのデータは「一般公開はしていない」とダム管理事務所が言った報告書を、協会が開示請求によって入手したものだった。開発局は、都合の悪いデータは使わず、意味のないドンブリ勘定の「遡上・降下数」だけを公表していたのだ。

沙流川は鵡川、釧路川、十勝川などと共に、日本における数少ない天然シシャモの産卵場所でもある。ひだか漁業協同組合は、ダム建設後にシシャモの漁獲は減ったというが、「因果関係は海流か水温かダムか判断に苦しむ微妙なところ」と口ごもる。開発局はダム下流にシシャモ産卵場を複数造成したが、成果は「秋に産卵、春に孵化してそのまま海に出て行くので、確認はしていない」とこれも心もとない。

【“二風谷を空にすれば平取ダムは必要ない” 】

開発局は今、二風谷ダムの悪影響を尻目に、沙流川上流にもう一つ、平取(ルビ:びらとり)ダムを作ろうとしている。苫東への送水を目的に沙流川総合開発事業の一環で二風谷ダムと共に計画されていたが、主目的を治水に変更して蘇った。台風10号の被害も「もっとダムが必要だ」という理由にすり替えた。問題は、平取ダム予定地もアイヌの地にあることだ。水没予定地は山菜の採取や狩猟の場である「イオル」、ダムサイトには聖地「チノミシリ」(我々が祈る山)がある。開発局は、「二風谷ダムの違法判断は、失われるアイヌ民族の文化を調査」しなかったためだと位置づけ、「二の舞にならないよう、平取町に委託しアイヌ文化を調査してもらった」と胸を張った。

ところが、現場ではすでに、二風谷ダム建設と同時期の1971年度と1973年度に地質調査に着手した。アイヌ文化の調査前にアイヌの地にボーリング調査で穴を開けたという点で二風谷ダムと変わりはない。見解を求めると1日経ってようやく、「アイヌ文化では木々や山に神々が宿るという考えだと思う。その辺の認識がないままに調査にはいってしまったのは事実」と認めた。

あるアイヌの男性は、「ダムの必要性には疑問がある。自分の孫やひ孫のことを考えていない人はいない。だが明日の生活を優先せざるを得ない。そういうところにつけ込んで、開発局やゼネコンは行き残りを図る」と憂えている。平取ダムの必要性を疑問視する声は下流でも強い。先述の矢野さんは「下流で被害を受けている者が要らないと言っているんだから要らない。二風谷を空ダムにすれば平取は要らない」と言う。

二風谷ダムが違法とされた時点で、沙流川総合開発事業全体が検証されるべきだった。あれから10年。治水効果、環境影響を検証し、平取ダムを今こそ見直すべきだ。

(まさのあつこ)

「グローバルネット」 ((財)地球・人間環境フォーラム発行)の了解をもらって連載「川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験」 (200712月発行)より転載させていただきました。

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