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2008年6月11日 (水)

天塩川の絶滅危惧種を救えない河川法でよいか?

以下は、「グローバルネット」((財)地球・人間環境フォーラム発行)での連載「川、開発、ひと 日本の経験 アジアの経験」 (20084月発行)より許可をいただいて転載。

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天塩川の絶滅危惧種を救えない河川法でよいか?

昨年秋、サクラマスの産卵が終わり、紅葉も終わりかけた10月下旬に北海道を訪れた。サンル川である。日本海へ注ぐ天塩川(てしおがわ)の支流、名寄川(なよろがわ)の更に支流だ。「サンル」とはアイヌ語で「浜に出る越路」を意味する。アイヌ民族にとってサンル川は、オホーツク海へ出る通り道だったのだ。冬になると気温が零下30度にも40度にも下がるこの極寒の地、下川町で、今、急速に現実味を帯びているのがサンルダム建設計画だ。国土交通省北海道開発局(開発局)が進める総事業費530億円の多目的ダム計画である。

100年生きるカワシンジュガイ

この支流および本流一帯は、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に登録されているカワシンジュガイの生息地である。カテゴリーは類(VU)。つまり「絶滅の危険が増大している種」だ。100年生きる長寿の二枚貝で、大きなものは十数センチになる。

下川町で出会った釣り師は、「昔は全国あちこちの川で見られた。最近では大きなものはまだいるが、小さいものはこの川とあと何本かの川にしかいない」という。小さな貝がいないのは、新しい世代が育っていないことを意味するのだという。「カワシンジュガイの幼生は、この辺ではサクラマスのエラに寄生して川を移動する。サクラマスは礫と砂が混じった河底を好んで遡上・産卵する。ダムができたらサクラマスは遡上せず、カワシンジュガイもいなくなる」と予測する。

全国を釣り歩く釣り師が生き物を見る目は確かだ。環境省の生物多様性情報システムには「福井・島根・山口の各県では絶滅したと考えられている。(略)北海道や東北地方でも、健全な個体群が残っているのは、サケ科魚類が現在でも多数遡上できる一部の河川だけである。それ以外の生息地では幼生の宿主が少ないため、たとえ成貝が多数生息していても世代交代がうまくいかず、絶滅の危機にある」と明記され、その原因の一つには「ダムや堰の建設によるサケ科魚類の遡上阻害」があげられている。

河川法の運用実態

 これほどまでの生物が、実は、200211月に策定された天塩川水系河川整備基本方針には一言も触れられていない。河川整備基本方針は100年の川の姿を決定づける方針である。1997年の河川法改正で新しく加わり、「河川環境の状況を考慮し」「環境基本計画との調整」を図って定めなければならないとされたにもかかわらずだ。

無理もない。この方針を決定づけた河川整備基本方針検討小委員会(小委員会)には学識経験者18人中、環境分野からは二人しか参加していなかった。一人は独立行政法人国立環境研究所理事の肩書きを持つ厚生省OB、一人は財団法人山階鳥類研究所所長で、天塩川の河川環境を知る人材ではない。

国交省が選んだ「学識経験者」が居並ぶ小委員会は、釣り師未満の委員構成だ。これが改正河川法の運用実態だ。

基本方針を元に、2030年の計画とされる河川整備計画が策定されたのは昨年10月。サンルダム計画が盛り込まれ、カワシンジュガイについては「サクラマスとあわせてその生息環境の保全に努める」とされた。しかし、あくまでダム建設が前提で、保全が前提ではない。

治水はダムなしで達成、水需要は1.5リットル

一方で、ダム建設の根拠は脆弱であることが、住民団体や環境保護団体に指摘され続けてきた。昨年12月と今年1月に紙智子参議院議員が出した質問主意書(文書による国会質問)は、洪水対策の目標はすでにダムなしで達成されていることを明らかにした。開発局は計画の目標を、「戦後最大規模の洪水流量により想定される被害の軽減を図ること」としていたが、実際の「戦後最大」の19738月の洪水では、対策区間で破堤(決壊)は起きていなかったのだ。

しかし、河川整備計画を策定する際に開かれた流域委員会では、戦後最大の洪水が起きたときには、「流下能力の不足箇所では、破堤等がどこでも起こりうる」と事実とは違う想定になっていた。そこで、紙議員が「開発局が『破堤等がどこでも起こりうる』とする根拠」を問うと、政府は「流量が河川の流下能力を超える箇所においては、破堤のおそれがある」と繰り返すだけだった。

ダム計画のもう一つの根拠は利水だが、「ダム推進」を訴える下川町が求める水道水の新たな取水量は毎秒1.5リットル。牛乳パック1.5本分である。昭和30年代に15千人いた人口は減少を続け、現在は4千人を切った。将来はより少ない人口で水道料金の増加分を負担することになる。名寄市の取水分、毎秒17.5リットルを足してもわずかであり、なぜダムでなければならないかと「下川自然を考える会」「北海道自然保護協会」など地元13団体が開発局に問うても明確な説明はない。

変更手続の最中に再評価 

開発局の説明意欲が低いことは取材を通しても驚かされる。河川整備計画の決定後、開発局は、2008年度完成予定だった工期や事業費などを変更せざるを得なくなり、現在、特定多目的ダム法に基づく基本計画の変更手続に入っている。

事業費の15%を負担しなければならない北海道は、高橋はるみ知事がすでに昨年9月、変更案に意見を伏して同意した。意見には「事業費と工期の厳守」(道河川課)が含まれていた。

ところが開発局サンルダム工事事務所に基本計画の変更内容を聞いても、「関係省庁と協議中であり確定していない」と、すぐには変更案を明らかにせず、数日後に事業費2億円の削減と工期5年の延長だと明かした。

そんな中、政策評価法に基づく事業再評価は昨年12月に済ませて、継続する方針を出していた。新しい基本計画も固まらないうちに、策定した河川整備計画を内部規定に基づいて事業再評価を行ったものと見なしていたのだ。驚いたことに、この内部規定のことも計画の策定がそのままサンルダムの事業再評価になることも関わった委員たちには知らされていなかった。

河川整備計画策定後に招集された「天塩川魚類生息環境保全に関する専門家会議」では、「カワシンジュガイの幼生は、(略)微妙な河川環境の変化や宿主魚の資源変化によって、間もなく個体群が絶滅することがある」と警告する委員も参加している。100年生きるカワシンジュガイの生息環境を守れる方針でなければ新しい河川法の趣旨は貫けない。根拠の脆弱なダム事業の必要性を再度見直す価値がサンル川にはある。 

(まさのあつこ)

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