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2008年8月27日 (水)

中止されるべき川辺川ダムの今

熊本県知事に就任後、

9月に川辺川ダムに対する意見を表明すると知事が始めた

「川辺川ダム事業に関する有識者会議」の模様は以下に。

●川辺川ダム事業に関する有識者会議(第1回から第8回(最終回))

http://www.pref.kumamoto.jp/k_river/kaigi.html

●川辺川ダム事業に関する有識者会議報告書()平成20 8月)

http://www.pref.kumamoto.jp/sec_img/0141/200826090435041.pdf

●川辺川ダム事業に関する「文書等による県民の意見の募集」において応募のあった意見

平成20 826

http://www.pref.kumamoto.jp/asp/news.asp?page_flag=top&i_news_no=13453

●「川辺川ダム事業に関する県民の意見をお聴きする会」において発表のあった意見

平成20 826

http://www.pref.kumamoto.jp/asp/news.asp?page_flag=top&i_news_no=13452

●そして、国交省が熊本県知事におくる穴あきダム秋波(報道へのリンク)

080825() 21:44蒲島知事が国交省から川辺川ダムの意見徴収

http://www.kkt.jp/news/index1.html

◎国交省 穴あきダム知事に説明

http://www.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/05.html

◎川辺川ダム事業 国交省「穴あきダム」の選択肢初めて示す

http://www.tku.co.jp/pc/news/view_news.php?id=15563&mod=3000

◎ダム無ければ「水害やむなし」=川辺川で「考え方」提示-国交省

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008082500744

◎国交省、新整備計画でも川辺川ダム 知事に考え伝える

http://www.asahi.com/politics/update/0825/SEB200808250034.html

◎「別の治水対策」否定知事意見聴取で九地整河川整備計画原案に川辺川ダム方針

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kumamoto/news/20080825-OYT8T00687.htm

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2008年8月23日 (土)

淀川水系の「予防原則に基づく川づくり」の運命

環境情報雑誌グローバルネット20087月(212号)より許可を得て転載。

淀川水系の「予防原則に基づく川づくり」の運命

                                   ジャーナリスト・まさのあつこ

「ダムは、自然環境に及ぼす影響が大きいことなどのため、原則として建設しない」との提言で、淀川水系流域委員会(流域委)が一世を風靡したのは2003年1月。流域委設置から7年の今、議論の積み上げが守られるか、旧態依然の河川行政手法に崩されるかの瀬戸際にある。

●予防原則の川づくり

国土交通省近畿地方整備局(整備局)の諮問機関、流域委の提言は、ダムを否定したわけではない。「考えうるすべての実行可能な代替案の検討のもとで、ダム以外に実行可能で有効な方法がないということが客観的に認められ、かつ住民団体・地域組織などを含む住民の社会的合意が得られた場合にかぎり建設する」と条件をつけた。

「治水」「利水」で川を抑え込んだ河川行政に、1997年河川法改正以来、初めて個別の水系で「環境」とダムの関係が明示された。「環境変化の多くはある時点で突然顕在化し、その変化は不可逆的でかつ時間が経つにつれてその影響が大きくなることに多い事実に鑑み」と、「予防原則に基づく川づくり」が掲げられたのだ。

住民参加のあり方も群を抜いて秀でていた。関係住民や学識経験者の意見を聴かなければならないとする「河川法16条の2」を最大限に生かし、20012月の設置から提言発表までに165回近くの委員会や部会などを開いた。地域特性に詳しい者も学識者とし、傍聴者にも発言させるなど画期的な参加方式を実践した。

●「つぶし」と「巻き返し」

流域委「つぶし」と見られる動きが顕著になったのは200610月だ。本省河川局の布村明彦河川計画課長が近畿地方整備局長に就任直後、流域委の休止を発表した。しかし世論の反発は強く、整備局は次期流域委員を公募せざるを得なくなった。しかし、前流域委はあえてダムに批判的な第三者委員を含む準備会議や推薦委員会に委員を選ばせて行政不信を防いだのに対し、新流域委では公募はしたものの、その中から委員を選んだのは整備局だった。

誤算は、1999年から淀川工事事務所長を務め、流域委を設計した宮本博司氏本人が本省ポストを捨てて、京都府住民として舞い戻っていたことだろう。宮本氏は公募委員となり、20078月に再開された流域委において投票で委員長になった。

同月、整備局はダム計画を復活させる「淀川水系河川整備計画原案」を提示した。堤防強化で破堤による壊滅的な被害を回避・軽減することを最優先する流域委の考えとは違い、ダムによる水位低下を優先させる従来の河川行政に逆戻りした原案だった。

その後、流域委が要求したダムの必要性の根拠を示す資料を整備局が出してくるまでには数ヶ月がかかった。出てきたその資料によって、たとえば利水者の撤退により治水目的のみでは経済的に不利であるとして「当面実施しない」はずが復活した「大戸川ダム」は、想定通りの洪水が来た場合でも、下流淀川の水位を低減させる効果は最大19センチしかないことが判明した。しかも、過去の洪水パターンに当てはめると33洪水中の2洪水しか水位低減の効果がないことが分かった。

「ダムの効果が限定的で小さくても作るべきか」の問いに、大半の委員が「否」と判断を下した。そこで流域委は今年4月25日、「現段階においてダム建設の『実施』を河川整備計画に位置づけることは適切ではない」などとする中間意見を提出し、原案の見直しを求めた。24名の委員のうち1人が「限定的でない」と追加意見をつけた。

●住民参加コストは6年で21億円

整備局は追加意見以外を無視。流域委の最終意見を待つこともなく、8月末の政府予算案の概算要求に間に合わせるべく、620日に整備計画案を関係知事に提示した。見切り発車だ。これには、宮本委員長が抗議、歴代委員長の三名は連名で「河川管理者は、流域委員会の(略)意見を十分配慮・反映して河川整備計画案を作成する法的義務を負っている」と声明を出した。

傍聴を続けてきた住民団体も「諮問機関として設置された流域委を全面否定するものであり、到底許されない暴挙」(宇治・世界遺産を守る会)、「整備計画案を早急に撤回し、委員会審議を継続し最終意見書を求めることを強く要望する」(淀川水系のダムを考える大阪府民の会)と猛批判した。

ところが、冬柴鐵三大臣は同20日の会見で、「6年間で所要額21億を超える経費がかかっています。(略)最終的に破堤をしたとか、大洪水に見舞われたときに、誰が責任を負うのか」と見切り発車を擁護した。しかし、「河川に関わる公共事業に莫大なムダや収賄など不正行為があるなかで、国民は新たな川づくりに挑戦した淀川流域委の7年間/656/23億円の取り組みに要した民主主義コストを「高すぎる」と考えるだろうか」と川上聰・流域委副委員長は反論する。

●カギを握る大阪、滋賀、京都の知事たち

一方、国が行う事業に有無を言わせず関係自治体に出させる負担金こそ大きい。

大阪府財政課によれば、2008年度の一般会計予算で1100億円の削減を進める府に、現在、国が求めている負担金は1年で411億円。06年度は368億円、07年度は384億円と年々増加している。このうち国が府に求める直轄ダムの負担金は08年度だけで約15億円だ。

ところが、整備局河川部の井上智夫河川調査官は、「その額は関知していない」と言う。「ダムの費用負担は法律上で73となっており、滋賀、京都、大阪など関係府県が地方分をどう負担するかはまだ決まっておらず、今後どうするかは調整の結果」と言う。独立行政法人水資源機構が行うはずだった丹生ダムが、全利水者の撤退から国直轄の治水ダムに変更されるなどにより、予算配分や具体的設計が未だ流動的だからだ。20~30年の河川整備計画案としてダム事業を組み込みながら、実は整備局も知事も何も分からない。明細書なしで金額もはっきりしない請求書が、国から自治体には送られている状態だ。

橋下徹・大阪府知事は「負担金については不明な部分が山ほどある」「高齢者配慮がままならない中で、流域の問題にどうお金を使うかと考えると優先順序が(国と地方で)一緒になるわけがない」と会見で語り、負担金支払いに難色を示した。嘉田由紀子・滋賀県知事は「被害想定が過大。必要性について納得できたわけではない」。山田啓二・京都府知事は「(流域委の)結論が出ていないのにその前に我々が意見を出すのはヘンな話」と、TVカメラの前で口々にクレームをつけた。

1997年以降、河川局が治水政策を転換しかけていた時期もある。20006月、国交省河川局治水課が、「河川堤防設計指針」で「越水に対しても一定の安全性を有するような堤防(難破堤堤防)を整備する必要がある」と定めたのだ。ダムありきの河川行政から、越流しても破堤で破壊的な被害を出さない流域委の考え方とも整合する。しかし、その後、この指針がこつ然と取り消され、再び「ダム優先」政策へ戻った経緯がある。行きつ戻りつの転換を促す役割を今担うのは知事であり流域住民であり国民である。

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小豆島の風景を掻き乱す内海ダム

環境情報雑誌グローバルネット20086月(211号)

から許可を得て、転載します。

小豆島の風景を掻き乱す内海ダム

                           ジャーナリスト・まさのあつこ

「二十四の瞳」やオリーブで有名になった瀬戸内海の小豆島(香川県)には、他にも観光資源がある。名勝「寒霞渓」だ。ところがこの寒霞渓から瀬戸内海国立公園を見下ろす景色の真ん中に進行中のダム計画がある。貯水量14万トンの小型の内海(るび:うちのみ)ダムが、その7倍の規模に再開発される計画だ。

46年前の越流の記憶

「ナイアガラの滝のようでした」と現在のダムが1961年の大雨で越流したときのことを、ダム直下の北区地区に暮らす「寒霞渓の自然を守る会連合会」の山西克明会長は語る。「洪水吐ゲートを操作すべき職員が不在でした。あのダムの壁は石段のようにデコボコで見栄えの悪さを隠すために壁に石やドロを詰めていた。それが越流した水もろとも下流に流れてきて、田んぼや畑や家が浸かりました」と言う。見たこともない光景にダム決壊を恐れ、住民が「決死隊」を組織して命綱として腰ひもを巻いてゲート操作に行った。「住民は怯え、ダムを改修して欲しいと町を通じて県にお願いをしたんです」。それが今回の新しいダム事業の発端ではある。

当時を間接的に知るだけの香川県職員(内海ダム再開発建設事務所)は、「見栄えというより、水道専用ダムとして作ったものを治水ダムに嵩上げをしたときに、ダム下流側に補強のために盛土をしたのが下流に流れた」と言うからなお恐ろしい。「ゲート操作が間に合わず、急峻なのですぐにあふれたと聞いている」と、「不在」を「間に合わなかった」と言い換えて、暢気な調子で46年前の話が後任者に語り継がれている。

問題は、恐怖体験に基づく改修の要請を、県がこの後1996年まで放置したことだ。理由を現在の県担当者に聞けば、「完成後わずか2年だった。まだダムのないところを作るのが優先だった」と平然と言う。

ところが、県のダム推進のパンフレットには「内海ダムの上端から水があふれ、ダム斜面が崩壊する被害」に会い、「地元住民は抜本的な治水対策を強く望んでいます」とちゃっかり越流事件を持ち出して利用している。しかし崩壊が人災だったことも放置の事実にも触れていない。また、現職員は「1976年に5箇所の堤防が切れて床上浸水436戸、床下浸水273戸の被害があった」と別の根拠も持ち出すが、その時点からですら「ダムは安全」と言われ、20年放置された。住民はそれを忘れていない。

●河川法改正後も住民にウソ

改修話は阪神淡路大震災の翌年に来た。199611月に内海町(現在は小豆島町)議会に内海ダム特別委員会が設置された。山西さんは「地区の委員をしていた私のところに、当時の町長と議長、それに特別委員会の委員長になった森口さん(森口達夫元町議)がやってきて『県が修理をしませんか』と言ってきたがどうするかと言う。住民に話をすると、『今まで放っておいて何を言う。もう触らんとってくれ』と。しかし、ダムの位置も規模も決まっていない、合意ができるまで強行に工事をするようなことはしないと言うから、と取りなしたんです」と思い出す。

ところがこれは裏目に出る。取りなしで開催された「ダム説明会」では、確かに「位置も規模も決まっていない」とされたのだが、結果的にウソだった。ボーリング調査を進めるための既成事実化を目指した言い回しだったのだ。

以下は、細かい話ではあるが記録をしておきたい。

筆者の取材に対し、県の内海ダム再開発建設事務所は1996年の段階で平然と「位置も規模も決まっていた」と認めた。ただし数時間後に「訂正があります」と電話があり、「1996年に90tと決まっていましたが、これは県内部で内々に決めていたことです。町には内海ダム特別委員会がありましたが、事務局側だけが知っていました。1997年に実施計画調査を行い、正式に106tと決まったのは1999年です」と言う。 

森口元町議は「後々考えると、最初から決まっておったんでしょう。90t106tになったのは単なる数字遭わせでしょう。私は真鍋知事と一緒に国に陳情に行ったこともある。分厚い封筒を持っていっとった。中身は見せてもくれなかったし、見せろとも言わなかった。特別委員会は非公開でボーリングの場所を示したスケッチを見せてくれることはあったが回収された。後で考えれば、ボーリングの場所を結んだ線がダムの位置だった」と振り返る。

後に、町長と議長(各当時)は「当初から(1996年に)分かっていた」と公言するようになるが、森口元議員は「町長も議長も皆騙されていた」とまで言う。19998月の町議会の時点ですら「地元住民としては補修改修であれば、納得すると思う」という質問に対し、「ダム本体の位置や規模、道路計画などについて、近々に建設省のダム基本検討委員会等で決定される予定です」と町長自身が言い張っていたことが議事録に残っている。県が規模や位置を含めてダム計画を発表したのはその4ヶ月後だ。

確かなことは当局が、住民には「改修」と説明しながら、粛々と巨大なダム計画を進めていたことだ。そんなことが、1997年に河川法が「住民の意見を聴く」と改正された後も行われていた。

●尾根をまたぐ平べったいダム

この巨大ダム計画は前代未聞の要素を含んでいる。

「寒霞渓」(標高671m)から流れ出る全長たった4kmの別当川のど真ん中、2km地点に現在のダムを沈めるという計画だ。堰堤の高さ42mに対し、横幅は10倍の423m、しかも尾根をまたぐ変形ダムとなる。通常のダムは一つの谷間を堰き止めるが、内海ダムは二つの谷にまたがるのだ。直下に3つの断層が走るとされている。

住民の気持ちが受け止められる様子がないまま、03年1月、様々な地区の住民で構成される「ダム対策協議会」でダム直下の代表9名のうち5名が反対する中、強引に「合意」が形作られた。山西さんたちは真鍋知事に「感情的になっている」と言われ、042月に反対の科学的論拠を提出したが、県知事からの応答は現在に至るまでない。

県は現在、2011年の完成を目指し、ダム直下の住民が持つ土地を強制収用するべく、土地収用法に基づく事業認定を申請中だ。「完全同意」という約束をほごにし、高齢化する住民をさらに苦しめていく。事業認定申請に伴う公聴会が627日と29日に行われる予定だ。

053月、「内海ダム景観検討委員会」は事業の基本理念を「人と水と緑がつくる安らぎとふれあいとにぎわいのあるダム」と定めた。しかし、この島の片隅で半世紀に渡って起きたのは、住民不安の放置、ウソ、そして強制収用という真逆のできごとだ。

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2008年8月 2日 (土)

最近壊れたダム・砂防ダム

金沢市内の浸水被害がテレビでも大きく報道されていましたが

その真相が地元の方からのレポートで見えてきました。

●まず上流で

浅野川の支流の板ヶ谷川の砂防ダムが壊れ・・・

浅野川の氾濫 県、砂防ダム決壊を認める

http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/e/1d320f3c6e2b229eca2a0db0ea2e1be2 

現場写真がこちらに↓

浅野川の氾濫 砂防ダム決壊が水害に関与か?

http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/e/5ed6f7dd0e19d0d90599a60b960c3ef3 

●そして下流で

「浅野川大橋周辺で、4カ所ある堤防の切れ目のうち少なくとも2カ所が、県のミスで浸水後も閉められていなかったことが分かった」と。

浅野川の氾濫  主計町・昌永町の様子

http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/m/200807

堤防の切れ目とはどんなものか、この掲示版で分かります

http://nagi.popolo.org/bbs2/bbs.php 

 

つまり、壊れた砂防ダムから水もろとも流れ出した

1万立方メートルの土砂が、堤防の切れ目から町へと流れ込んだ。

テレビ報道でみた町に流れ込んでいた水が大量にドロまみれだったわけです。

金沢市では石川県が計画する「辰巳ダム」を巡り

こんなことも最近立て続けにおきています。

ダム仮排水路崩壊で文化遺産が危機一髪 20080715

http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/e/7ee2f8d2b52cc506e4064a080c78558f 

 壊れる前の写真(Before)

 http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/e/71668b22c0b92f6689447ace9d078cfd 

 壊れたあとの写真(After)

 http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/d/20080704 

辰巳ダム建設現場で自殺(?)

http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/e/bbee250d6ff4c2e1c8c94af54760853e

このハテナは事故ではないのかということのようです。

 

熊本県でもダムが壊れています。全壊しています。

 「大雨の6月21日に忽然と壊れた板木ダムを見に行きました」

 http://blogs.yahoo.co.jp/kai_kiyokawa/55780893.html 

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