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2009年6月28日 (日)

5cmの水位低減のために秋田県雄物川の源流を沈める成瀬ダム

環境情報専門誌「グローバルネット」での連載から転載です。

グローバルネット2009年5月(222号)
http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/2009/200905.html
川、開発、ひと~日本の経験、アジアの経験
第29回/

5cmの水位低減のために秋田県雄物川の源流を沈める成瀬ダム
(ジャーナリスト まさの あつこ)

4月25日、東京の日本教育会館で、「ムダな公共事業の徹底見直しを実現する全国会議」が開催された。ダム、道路、大量生産・消費の末のごみ処理、干潟埋立など、自然破壊につながる大規模公共事業問題に取り組む約100の市民団体が集った。その会場の片隅で参加者の一人「成瀬(なるせ)ダムをストップさせる会」代表の奥州光吉さん(57歳)の話を聞いた。

農業と環境の世紀に
秋田県横手市で専業農家となった奥州さんは、20年前、人生の岐路に立った。企業人としての生き方にも、副委員長まで務めた労働組合運動にも展望が見いだせない。東京で務めていた職を辞すことを選択。「来るべき世紀は農業と環境だろう」と感じていた思いを実行に移し、家族を連れて故郷へ戻る。それから約10年、1991年に以前からあった県営ダム計画が、国直轄の多目的ダムとして具体化し始めた。成瀬ダムだ。

秋田県を南から北西へ縦断する雄物川の支流にはすでに大小30ものダムがある。成瀬ダムは奥羽山脈を源流に流れ出る支流・成瀬川の最奥地で、手つかずの渓谷や谷筋を新たに沈めることになる。灌漑が3分の1を占めるダムに、国は建設総額1530億円を費やす計画だ。時代は大きく一巡し、人口減少へと向かっているにも関わらず、完成予定は2017年だ。

秋田県によれば、秋田市の基準点での洪水軽減水位はたった5㎝。これに対し、秋田県負担は260億円。受益農家である奥州さんはこの問題に取り組んでいた人々に加わり、今年2月、1667筆の署名を持って、この負担分につき県に住民監査請求を行った。
「農家として『ウソだ』と思うのは費用対効果です。ダムができればこれだけ効果があるという机上の計算を、農家は誰も信用していない」という。減反はいまや水田面積の3分の1以上に及ぶ。それなのに計画では水需要が倍増することになっている。ダムの目的には農業用水の他、水道、治水、発電と、人口減少率日本一の秋田県の山奥とは思えないほどのありったけのダム建設理由が並ぶ。監査請求では治水については「雄物川水系の最奥地であり下流に対する治水効果は小さい」、水道については「人口減少、高齢化、水利用の効率化で需要予測は過大」、発電は「東北での需要は伸び悩んでいる」とし、緊急性、必要性を欠くことを示す10点の補完資料を添えて提出した。

ところが県会議員2名を含む監査委員4名はこれを「不受理」とした。「ダム建設が不当な事業であるとの主張は、ダム建設という行政施策に対する請求人の見解を述べているに過ぎず」という理由だ。行政の支出を監査する代わりに、住民活動を評論して終わった。

監査不能だった国直轄負担金
ところが、最近になり、こうしたいわゆる国直轄事業の負担金について、新たな面が明らかになっている。遠く離れた大阪で、昨年2月に就任した大阪府知事の「財政非常事態宣言」が発端だ。「収入の範囲内で」とケチケチ予算を組む中で府知事が行き着いたのが直轄事業負担金。府の単独事業は5年間で4割減少する中、国直轄事業負担は1.5倍増。しかし明細は明らかでない。「ぼったくりバーの請求書」というフレーズと共に全国に広まった。全国知事会が1964年から国に対しその軽減を謳っていた仕組みでもある。

今年2月、麻生渡全国知事会会長(福岡県知事)が国土交通大臣に呼びかけたのをきっかけに、農水大臣、総務大臣も出席して、4月8日、12人の知事が3大臣と「直轄事業に関する意見交換会」を行った。複数知事の口からは、「不明を恥じる」などの率直な言葉と共に、負担金には明細がなかったことに気づいてすらいなかったことが明らかにされた。

つまり、住民監査請求を受ける自治体の監査委員自身も、監査をするだけの十分な情報すら持っていなかったことが露呈したとも言える。国の直轄事業については住民にその支出の不当性を問われても、具体的な使い道についての情報を持っていなかったのだ。大阪府知事言うところの「地方は国の奴隷」。自治体は自治体で「おつき合い」で負担金を支払い続け、地方財政法4条でうたう「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない」は空文化していたことになる。

秋田県の場合、水位低減の効果が5㎝で、受益農家が費用対効果を疑う事業に260億円がどう支出されているのかを監査できなかったはずの監査委員の責任も問いたくなる事態だ。

知事達と秋田県住民のシンクロニシティ
興味深いことに、こうした動きとほぼ同時並行で、「秋田県から国土交通省にどういうかたちで負担金が払われているのかを知るために情報公開やら直接担当課に問い合わせをしました」と言うのが奥州さんだ。「住民監査請求を準備する過程でいろいろ調べると、県もどのような精算なのか中身がわかっていない。『信頼関係の下に』言われたとおりの金額を払っている。いちいちどんなことに使ったかは国交省に聞いていないということでした」と言う。

奥州さんが開示させた国土交通大臣から秋田県知事への通知には、紙一枚に「今回負担すべき負担金は別紙のとおりであるから、下記により国庫に納付されたい」とある。金額と支払い期限が書かれ、まさに国からの県への「請求書」だ。その支払いのための県庁の決裁文書(写真)も見ての通り。平成20年2月29日の日付分では「9億5368万8千円」という総額があるだけでその中身は不透明そのものだ。

一方、成瀬ダムとセットで計画されている灌漑事業が絡むと、不透明さはさらに増す。
雄物川筋土地改良区の局長によれば、1万514haの受益面積に7862名の組合員が参加する「国営平鹿平野(ひらかへいや)かんがい排水事業」では、受益農家には受益面積の割合に応じて負担金が生じる。ところが、成瀬ダムの建設負担金については、多目的ダム法で、知事は農家に10分の1以内で、多目的ダムの建設に要する費用を「負担させることができる」となっているが、「秋田県の場合ですと農業が基盤産業ということもあり負担は求めていない」(秋田県河川砂防課ダム班)。合計約3億円弱にのぼるこの負担金は秋田県が支払うことになる。

これを奥州さんは「農家のダム負担がさらにあると言えば事業に賛成する人はいない。国のカネでやるんだったらという消極的賛成」を促すためではないかと述べる。

4月10日、「成瀬ダムをストップさせる会」の面々は、監査委員の不受理通知を受け、秋田地方裁判所に住民訴訟を提起した。被告は秋田県の寺田典城知事、県産業経済労働部長、そして同部公益企業課長。負担金等の支出の差し止めと、代表者たる知事に支払い済みの約4億円の損害賠償等を求めた。成瀬ダム住民訴訟原告344人の代表となった奥州さんの今世紀は紛れもなく「農業と環境の世紀」となった。同時代に行動する人々と呼応し合い、やがては県や国も動き出すだろうと思うのは楽観的過ぎるだろうか。

写真キャプション
奥州さんが県に開示させた国直轄事業負担金支払いのための決裁文書

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