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2009年6月28日 (日)

「ダム誘発地震」が疑われる中国の紫坪鋪ダム

環境情報専門誌「グローバルネット」での連載から転載です。

グローバルネット2009年4月(221号)
http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/2009/200904.html 
川、開発、ひと~日本の経験、アジアの経験
第28回/「ダム誘発地震」が疑われる中国の紫坪鋪ダム

(ジャーナリスト まさの あつこ)

昨年5月にチベット高原の東端で起きた四川大地震(マグニチュード7.9)。8万人とも言われる犠牲者を出したが、これが「紫坪鋪(しへいほ)ダム」に誘発されたのではないかとのニュースが今年1月、世界を駆けめぐった。

発端は昨年12月、米国内外130カ国、会員5万人の「アメリカ地球物理学連合(AGU)」のサンフランシスコでの会議で発表された研究だ。米国コロンビア大学の研究者クリスチャン・クローズ氏が「観測結果を総合すると、四川地震を誘発した根本原因は、地表における局所的かつ急激な質量変化が発端」と結論づけた。

それを権威ある米国学会誌『サイエンス』(1月16日号)がニュース記事で紹介。クローズ氏が、加水がいかに断層にかかる圧力を変化させたかを、ダムという言葉を使わずに論じたと伝えた。クローズ氏の計算によれば、その圧力は、自然の状態で地殻変動から1年間に受ける圧力の25倍。それが断層にかかる圧力を緩めると同時に、亀裂を生じさせる力を増加させたという。

さらに同記事は、地震直後から科学者の間ではダム誘発地震が疑われていたと明かした。四川地質鉱物局主任技師のファン・シャオ氏が、紫坪鋪ダムは震央から5.5kmで、2004年12月の貯水開始から2年間で120mも水位が上昇したこと、また地震1週間前にその水位が急激に下がったこと引用。

また、北京の中国地震局および日本の産業技術総合研究所の地球物理学者リー・シンリン氏も、中国の専門誌『地質と地震学』で昨年12月に、「最終的な結論はまだ早いが」と強調しつつ、「貯水湖の水が断層に浸透し、2007年12月から2008年5月までの間に水位が下がった」ことを地震発生の相関要因だと語ったことが引用されている。

「環境案件」だった円借款事業

実はこのダムは日本の外務省が2001年に策定した「対中国経済協力計画」の重点分野のうち「環境案件」として契約を結んだ円借款事業(約232億円)だった。当時、電源開発は「詳細設計、入札評価、施工監理等に関するアドバイザー業務」を受注したことを、中国の「西部大開発」における最初の大規模な円借款プロジェクトだと誇らしげに発表していた。

しかし、①チベットの小数民族4万人が強制移住を余儀なくされるにも関わらず、移住計画や環境影響評価が公開されていない、②9km下流にあるユネスコ世界遺産(2000年以上前に作られた灌漑施設「都江堰」)が影響を受ける――などの指摘を受けて世銀が撤退した経緯を持っていた。さらに「紫坪鋪ダムの建設予定地が活断層に極めて近いため、地震による影響が心配される」との内部告発がもたらされ、日本では国際環境NGO「FOEジャパン」がその指摘を行っていた。

はたして今、日本政府は中国内外の研究者がこの事業へ向ける主張をどのように受け止めているのか。外務省有償資金課は「調査はしていない」。円借款を進めたJIBCから引き継いだJICA広報部は、この事業は「中国政府が自己資金でやるといって、キャンセルになった。2001年3月31日に円借款契約をしたが、2004年11月に中国政府からの要請で解除した」と言う。3年間に融資した額は2億円で完済済み。発電機や灌漑施設が現在機能しているかどうかは「債務関係がなくなった今、情報をくださいとは言いにくい」と素っ気ない。また「9億円」でアドバイザー業務を受注した電源開発は、「2003年の8月に契約解除を受けた。あの場所を提案したのは中国で、われわれの業務は助言だけ。2年間強の業務分については支払いを受けたが、金額については私契約なので回答できない」と言う。円借款契約が途中で解除されていたことに、3者とも胸をなで下ろしている気配がある。

しかし、2001年着工、2006年完成事業に「3年間、関わっていた責任は大きいのではないか」とFOEジャパンの清水規子さんは言う。

世界の常識、日本の非常識

このような「ダム誘発地震」は諸外国の常識になっている。1963年に貯水開始後の地震で山が崩れ、溢れた水で2000人の被害者を出したイタリアのバイオントダム、アメリカのフーバー・ダム、インドのコイナ・ダムなど巨大ダムが建設されるようになって以降、ダム誘発地震の現象は科学的に証明済みだ。

日本でも一端は研究が始まっていた。1961年に完成した牧尾ダムが誘発したと言われる長野西部地震(マグニチュード6.8)はその一つだ。牧尾ダム周辺では、完成後の1976年に群発地震が観測され、1979年10月に有史以来、噴火記録がなかった御岳山が噴火。1984年に大地震が起きるという変化に見舞われた。月刊誌「世界」2008年12月号に筆者自身が書いた拙稿「ダムと地すべりに浪費される巨費」から関係箇所を引用させていただく。

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1974年に建設省建築研究所にいた大竹政和氏が、黒部ダムの1963年から68年までの水位変化と周辺の地震回数を調べ、水位上昇と地震活動の活発化が相関することを発見した。その後、国立防災科学技術センター地震活動研究室長の時代に、松代群発地震(長野県)の中心地に2500mの井戸を掘って2000tの水を注入し、水圧で地震が起きる実験結果を得た。また、1926年から83年の気象庁の観測地震データと、全国42ヶ所のダムを調査し、牧尾ダムを含む8カ所でダム貯水後に地震が増えるという検証結果を得た。

この研究を大竹氏が1984年10月の地震学会で発表し(略)、国会ではようやく1995年3月になって参議院環境特別委員会で取り上げられた。しかし、ダム誘発地震について「建設省の認識は」と尋ねられると、建設省は直ちに「ダムの貯水と地震の発生の因果関係が日本においては明確に確認されているものはまだ私どもとしてはない」と全否定。また、大竹氏の論文に関し、科学技術庁は「その論文以降特に継続した調査研究は実施しておりません」と逃げるだけだった。

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それ以来、ダム誘発地震はタブー視され、研究がしにくくなったと関係者は語る。しかし、2003年に試験湛水を始めた水資源機構の大滝ダム(奈良県)で起きた地すべりの原因は「貯水」であることは日本政府も認めた。ダム誘発の地殻変動の原理は、地震も地すべりも「浮力」と「水圧」の組み合わせにあるとされる。貯水で生じる浮力で浮き上がった断層に水圧で水が押し入れられるというメカニズムだ。

中国政府は紫坪鋪ダムについて、その検証に必要なデータを共有したがらないと冒頭の記事は伝える。日本は2000基以上のダムを有する地震多発国として、政府も研究者も、胸をなで下ろす前に、タブーを打ち破り、研究の必要性に目を向けるべきだ。

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