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2009年6月 7日 (日)

審議その1関係(行政の恣意性排除と政治家の役割)

この中のこの副大臣答弁について↓↓↓

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増原副大臣:私も、大蔵省にいましたときに財政演説の草稿をつくった立場でありますが、案件それぞれ、最終的にはそこでは財政演説が公文書になるわけでありますけれども、その前に、まず、私は企画官であったんですが、係長クラスから、パーツをそれぞれ割り振って、出させます。それを私が全部まとめてたたき台をつくる。それが課長のところに行って赤字がたくさん入る。局長のところに行って入る。さらには、あのときは渡辺美智雄大蔵大臣でしたが、大変な赤字が入りました。だから、どれをもって意思決定の過程で、どこまでを公文書とするかというのは、かなり難しい問題であると思っております。
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まさのメモ:
ここでいうすべてが重要な公文書ではないか。
どこまでがどのような判断材料(公文書)をもとに、企画官が行政判断をして、どのような草案をまとめ、課長が何(公文書or恣意的判断)をもとに赤字を入れ、局長が何(公文書or恣意的判断)をもとに赤字を入れ、そして最後に大臣が何(官僚がもたらす情報or政治判断)をもとに財政演説をおこなったのか。そのすべてが保存され、開示の対象になってこそ、判断の適切さが公正明大に担保され、国民が警戒し、忌み嫌う行政官による行政のための恣意的な判断を抑制できる。

これこそが、行政文書管理の意義ではないか。恣意性の高い行政に都合のいい判断を排除して民主主義の土台を作ること。白黒つかない政治判断は、最終的に政治家が行い、その結果責任を政治家が行う。それが「行政」とそのトップである大臣の役割分担だ。昨年9月、日本計画行政学会のワークショップでもこのことは議論されている。

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