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2009年6月14日 (日)

不特定容量とはずれる需要想定に基づく設楽ダム計画

環境情報専門誌「グローバルネット」での連載から転載です。

グローバルネット2009年1月(218号)
http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/2009/200901.html

川、開発、ひと~日本の経験、アジアの経験/第25回
不特定容量とはずれる需要想定に基づく設楽ダム計画
(ジャーナリスト まさの あつこ)

愛知県設楽(したら)町は、三河湾に注ぐ豊川の最上流に位置し、世帯数2437戸弱。1962年に電源開発株式会社が発電ダムとして予備調査を開始して頓挫。2004年に国交省が多目的ダムとして環境影響評価法を適用した設楽ダム建設(2070億円)の計画地である。このダムの基本計画ができたのは2008年10月。貯留容量のうち7割が「不特定容量」で、「流水の正常な機能の維持」と「堆砂容量」が占め、「無目的ダム」と揶揄されても仕方がない。

設楽町は事業に正式に同意をしたわけではないが、2008年1月に「設楽ダム建設同意の判断材料とする」と県国に課題を示し、事実上の条件闘争中だ。水源地域振興などの名目で行う計113億円のハコモノ事業費に対し、県と下流市町から8割の補助を引き出す確約を取り付けた。その他の事業が加わり30億円強が町の負担になる。

これに対し「一世帯あたり100万円以上。ダムはできて欲しくありません」と語るのは一住民の伊奈紘さんだ。「設楽ダム建設の是非を問う住民投票を求める会」(代表伊藤幸義さん)が設立され、8月に住民投票条例の直接請求運動が起きた。

あっぱれな農水省批判?
事業の是非は、すでに2007年4月に始まった愛知県などを相手取った公金差し止めの住民訴訟でも問われている。ダム建設目的の3割に過ぎない治水、利水の不要性を訴えている。豊川では01年度に完成した農水省の豊川総合用水事業ですでに従来の5割増しの3億8,000万m3が供給可能となった。しかし、毎年の使用実績は2億7,000万m3。余力が1億m3もあり、新たな施設は必要がないというのが原告の主張の一つだ。

ところが国交省中部地方整備局の設楽ダム工事事務所の河野龍男副所長は「1億m3の意味を『余力』と勘違いしている。事業計画による開発容量で実際には少雨化などにより取りたくても2億7,000万m3しか取れなかったということだ」と反論。これが本当なら、豊川総合用水事業が計画倒れだったことを主張するあっぱれな告発だが、残念ながら自省の新規事業を正当化するためのお粗末なウソであることは明らかだ。

観測史上雨量が最少だった2005年の被害を問えば、「水道を72日取水制限した」と河野副所長はいうが、その中身は「最大30%の給水圧の調節のみ。ダムも空にならず、この年が観測史上最少雨量であったことも知らない人がほとんどです」と言うのは訴訟の中心部隊である「設楽ダムの建設中止を求める会」の市野和夫代表だ。

「しかも少雨化傾向はまったく見られません」と、市野氏は気象庁データを示す(図)。国と同様に少雨化を主張する愛知県に根拠を問えば、「国交省が国土審議会で豊川水系の観測地点で降雨を分析した資料」だと言う。関心を寄せる納税者でさえ第三者データによる検証を行ったのに対し、財政を預かる県では事業者データを鵜呑みにしただけだったのだ。

図と表はこちら「shitarafig.doc」をダウンロード

需要想定がはずれる「実績」
県は「国の計画に基づいて東三河の市町村の水道事業者が買う」ことが前提だというが、県が持つ水(①)は2015年の水需要想定(②)を上回る(表)。ところが「少雨化の傾向があるために国の計算で62%しか取れない」ため(③)、設楽ダムから水を流して安定させ(⑤)、最終的に足りない水量(⑥)をカバーするための設楽ダムだと、5段階の仮定を重ねて必要性を捻り出している。

しかし県には需要想定がはずれる「実績」がある。長良川河口堰だ。工業用水として確保した2.93m3は未だに一滴も使い道がない。県企業庁が企業から徴収するはずだった受益者負担は、現在、納税者が収めた税収で負担している。今度の「少雨化」も早くも論破されながら、馬耳東風の様相だ。

一方、治水のための容量はダムの2割。集水域も豊川の11%に過ぎない。それ以外の9割の地域で雨が降ったときには用をなさないため、流域全体で堤防強化や低地の開発規制など総合的な対策が先決ではないかと原告団は考えているが、これにも河野副所長は「ダムも堤防も両方で対策する。戦後最大の洪水に対応すべく整備計画を立てた。基準地点「石田」で水位が60センチ下がる」と主張。しかし、治水基準である「計画高水」に照らして「何センチ以下か」と聞いてもその数値は「手元にない」と言う。単純な確認取材に対し、その場しのぎの回答を24時間待ちで返して来るが、その先を質問すると途端に回答が滞る。

閉鎖性海域への影響を考慮しないアセス
市野氏は、「僕たちの世代は、高度成長期以前の豊かな川の記憶を持っている。春4月頃はウナギの稚魚の群が浅瀬の石ころの間を真っ黒に遡上するのを見た。農薬が使われるようになり、それがプカプカ浮いてくるのも見てきた。人間のやることがどんなにお粗末かを見てきた」のが会の活動の原動力だと明かす。愛知大学教授時代は地域環境論が専門だった同氏は、「三河湾はこれまでの開発で汚濁が進んだ代表的な閉鎖性海域です。その閉鎖性内湾に流入する河川の影響は非常に大きい。さらなる河川開発を行うとどうなるかという典型例となるはず。累積的な影響を踏まえた先進的なアセスをやらなければならなかったのに考慮されなかった」と環境影響評価法の問題も指摘する。

住民投票妨害
住民投票はどうなったか。小中学で長年教師を務めた伊奈氏は「住民投票の前に町内16箇所でダム学習会を企画しました。地域の代表者のところへ回覧板を回して欲しいと頼みに行きましたが、その後、国と県職員が各代表者のところに『行けば反対だと思われるぞ』、『(私たちの情報を)鵜呑みにしないように』と言って帰った。なぜ妨害をするのかダム工事事務所に文句を言いに行くと『地元の有力者から』頼まれたと言うのです。誰かと聞けば『守秘義務があるから言えない』と。水没地住民には県職員が『署名をすると補償交渉が遅れるぞ、まさか署名しないだろうね』と言ったために、一度は署名した人が申し訳ないが消してくれと言って来たこともありました」と数々の妨害を明かす。

果ては住民投票の署名集めのさなかに、推進派が「住民投票によらない設楽ダム問題の早期解決を求める請願」を提出。議会はそれを署名提出日前に採択。住民投票条例案は11月10日に否決された。「ダムはできる前から地域を破壊する」と各地で言われてきたが、それが設楽町でも起きている。伊奈氏は「水没にともなう人口減少も心配。水没予定120戸が町外移転すれば、地域経済や小中学にも大きな打撃です」と懸念する。

無目的な貯水、仮定の水需要、限界ある治水策に対し、失われるものが余りにも多すぎるという住民の声が、何故かき消されるのか。まったく不可思議な事業である。

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