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2009年6月 7日 (日)

公文書管理法案審議(その10)

そろそろくたびれてきましたが(ヘロヘロ)ここ↓からの続きです
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-42fe.html 

アメリカの公文書館と日本での不存在
吉井:外務文書の方を見ておきたいんですけれども、砂川事件をめぐって東京地裁が五九年三月に米軍基地の存在を違憲として被告を無罪とした、有名な伊達判決というのがあります。これに関して事件の元被告が、最高裁、内閣府、外務省に、日本側の公文書を二〇〇九年三月に開示請求したんですね。これに対して三機関とも、そういう文書は存在しませんと不開示を決定しました。ところが、二〇〇八年四月、昨年四月ですが、新原昭治氏の砂川事件をめぐる公文書開示請求で、実はアメリカの公文書館では外交文書が見つかっているんですよ。それが出てきているんです。その中では、伊達判決をめぐる当時の、ダグラス・マッカーサー二世アメリカ駐日大使が、藤山愛一郎外相に高裁への控訴を飛ばす最高裁への跳躍上告を提案してみたり、田中耕太郎最高裁長官が大使と極秘会談を持って、短期間で判決を出す言質を得ていることなどが明らかになっております。つまり、アメリカの公文書館では全部明らかになっているんですよ。アメリカ公文書館には公文書が残されているのに、なぜ日本政府は存在しないと言うのか。(略)これは本当に恥ずかしい話だと思うんですね。

それで、特に法務省の文書についてはアメリカ兵犯罪の第一次裁判権放棄に関する通達や非公表の日米合意などが記されているんですが、日本政府の裁判権放棄の密約は、日本でのアメリカ兵を特別扱いにして、アメリカ兵の犯罪を助長させるということにもなっているんです。実は、これについては、日本図書館協会は、全国のすべての図書館が加盟しているんですよ、国会図書館に対して閲覧禁止措置を見直すよう要請しているんですね。国民が情報を受け取る自由を妨げる行為は、私は戦前の検閲と同じことになると思うんですよ。社会的、政治的圧力による自己規制は図書館の運営原則に反しているというふうに図書館協会は言っているんです。もともと図書館法では、真理が我々を自由にすると前文でうたっているんですよ。だから、法務省のやっていることは図書館法にも反するし、今回の公文書管理やあるいは情報公開にも反するし、アメリカの公文書館と比べてみても、法務省や外務省のやっていることは余りにも恥ずかし過ぎる。私は、こういうことについては、やはり大臣として、法務省や外務省、あるいは防衛省とか関係するところに対して、内閣を挙げて、この法律を出しているのは、公文書の管理はきちんとやりましょうと。外交関係がありますから、私も直ちに全部出せと言っているんじゃないんですよ。アメリカだって三十年たったら公開するわけでしょう。三十年たったものがアメリカでは公開されて、わかったんですよ。しかし、日本は、その文書は存在しないんだといううそまでついて公開しようとしない。こういうことでは公文書管理のこの法律が生かされないと私は思うんですよ。やはり提案するからにはこれはきちっとする、それも内閣を挙げてやるんだという姿勢を内閣として徹底していただきたいと思うんですが、これは小渕大臣に伺っておきます。

小渕国務大臣:御指摘の点に関しましては、まさにごもっともなことであるかと思います。ただ、他国が公開をしているから日本も全部公開しますという、一律に公開する仕組みということはなかなか難しいかと思いますけれども、やはり他国の公開事情のこともしっかり勘案しまして、可能な限り積極的な公開を進めていきたいと考えております。

吉井:そこで、私、最初に伺った基準の問題に戻るんです。日本が第三者機関を中心にして基準をきちんとつくって、今直ちに出すことが外交上問題あったとしても、例えばアメリカの場合、大体おおむね三十年たったら全部公開するわけですね。たとえそのときに恥ずかしい思いをするにしても、自由に物を言いたいという点は、恥ずかしいことを言ったために三十年先に恥をかくという人はかなわぬかもしれぬけれども、やはり公開しなきゃだめなんですよ。私は、やはりそういう姿勢を貫くことが必要だというふうに思うわけです。それで、不存在ということがありますから、あわせてこの機会に伺っておきますが、法律案が施行すれば不存在により開示できないという事案はなくなると理解していいのかどうか、これを伺っておきたいと思うんです。

実は私、あらかじめ国会図書館に調べてもらったんですが、二〇〇一年は三千百五十一件が不存在になっているんですね。不開示の部分は、一部開示合わせて、全体の開示したものの中の一六・一%だったんです。二〇〇二年は九・六%、二〇〇三年は一〇・三%、二〇〇四年は一一・〇%、二〇〇五年は一六・六%、二〇〇六年が一九・七%、そして二〇〇七年度は八・七%。大体一〇%から二〇%は、情報公開を求められたら存在しませんというんですね。でも、本当に廃棄しておったらそれ自体問題なんですけれども、存在しないということを口実にして公開しないというのは、これはまた私は、公文書管理のあり方として大きな問題だと思うんです。
 そういう点では、まず今回の法律に基づいて、不存在ということを理由にして公開しないようなことはしない、させないということを最後に小渕大臣に決意を伺っておいて、質問を終わるようにしたいと思います。

小渕国務大臣:もともと、文書が存在しない限り文書管理のしようがないということでありますので、やはり何よりも文書が存在しているということが大事でありますので、不存在という事態が起こらないようにしっかり努めてまいりたいと考えております。

吉井:時間が参りましたので、終わります。

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