天に唾する群馬県の大沢知事
八ツ場ダムについては、石原知事に限らず、
不勉強で変なことを言う知事が続出する。
今日は、群馬県知事の八ツ場ダム発言にスポットを当てます。
先日、県議会でも発言し、本日、TVでも流れていた。
ここでも見ることが出来る。↓
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00163461.html
大沢正明群馬県知事の発言。
「一方的に中止すると言われても、納得できない」というもの。
しかし、実は、群馬県こそは、
水没予定地住民に約束をしてきた生活再建案を
一方的に変更・中止してきた張本人です。
それを忘れているのか、政権(知事)交代で、
これまでの知事や「自分」が何をやってきたのか大沢知事は知らないのか・・・。
長野原町(ながのはらまち)にとって、群馬県は、国や下流都県への窓口だった。
だから、実は、長野原町の人々は、下流都県の状況をきちんと知らされていない。
だから、「大渇水だから必要だ」という都知事の言葉 を鵜呑みにしていてこちらがビックリする。自分の生まれ育った土地が何を理由に沈むのかは、沈められるのは嫌だった人々にとっては、頭で理解をする道理はない。それでも公職についている方でもそうだと分かって先日ビックリした。
●群馬県から水没住民達への最初の約束
昭和55年(1980年)、長野原町に対しては、群馬県と建設省(当時)が地域居住計画を作り、それに基づいて、生活再建案を示した。
その案の中には、下流都県から資金を出させて、「利根川・荒川水源地域対策基金」を作り、そのお金で「振興公社」を作るという案があった。「雇用」の場を創出することを目的として、それを県が運営し、維持管理をしていくという「約束」だったのだ。県が下流都県を代表して窓口として町に対し、そう「約束」したのだ。
●群馬県の約束違反 その1
ところが、平成4年(1992年)、その約束は変わった。
下流都県では、時間も経って、現地の状況も、経済状況も変わってきたということを理由に、「振興公社」(が作るハコモノ)を作って維持管理する金は出すから、その運営は町がやって欲しいということになった。再建案を見直して、実状に合ったものにすることにしたと下流都県の考え方を群馬県が伝えた。最初の約束違反だ。
●群馬県の約束違反 その2
約束違反はそれでは終わらなかった。2009年1月、政権交代の前である。時間も経って、現地の状況も、経済状況も、人口も変わってきたことを理由に、今度は、「振興公社」(が作るハコモノ)を作る金は出すが、維持管理の金はでない、人も出せない、町が自己責任でやってくれという話に変わった。
時間も経って、現地の状況も、経済状況も、人口も変わってきたことを理由に、雇用創出の場として、一都五県が約束してきたことを、県は、あたかも子どもの使いのように、無責任に、二度もその約束を破った。
それを棚に上げて、「時間も経って、現地の状況も、経済状況も、人口も変わってきた」ということにもう一つだけ「政権も変わった」という状況であることを、大沢群馬県知事はどう認識しているのだろうか?もの凄く不思議である。非見識なのか、確信犯なのか、不勉強で官僚任せの政治家の典型なのか。
群馬県が長野原町につげて「振興公社」を事実上、中止した張本人でありながら、その責任の重さを振り返ることも反省することもなく、さらには総選挙によって「政権も変わった」という、たった一つだけ加わった、しかし重要な意味を考えることもなく、「一方的に中止すると言われても、納得できない」と、群馬県知事が「どの口で言うのかね」とテレビにつぶやきたくなったのは私だけではないはずだ。
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コメント
さらに不思議なのは日本のマスコミですよ。八ツ場ダムでも川辺川ダムでも、 「地域住民が建設を望んでいる」 と報道していますけど、建設を望んでいる人々は全体の一部にすぎず、粘り強く建設反対を主張してきた地域住民や農民、漁業関係者の声を無視してしまっている。
それと、 「住民が国と約束したダム建設」 と報道していますが、正しくは、「国ではなく、行政と約束したダム建設」 です。行政権力は国家そのものではない。投票によって政権交代が起き、行政権の主体が変われば政策が変わるのは当たり前のこと。国民の投票によってダム建設が中止になるのは正当です。
こういった一方的な日本のマスコミの報道はきわめて奇妙だと思います。
投稿: isotope | 2009年9月24日 (木) 22時43分