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2010年7月31日 (土)

ダム見直しの失敗(その28)官僚の裁量、政治的行政からの脱却

河川官僚政治から民主党政権が脱却するかどうかを示す好例が出てきました。

7月23日、成瀬ダムをストップさせる会(代表 奥州光吉)が有識者会議のとりまとめ案に対し、「他の7つの治水代替案と比較を行い、成瀬ダムがコスト的にも最も有利であるという結論を出した」事業体がダム事業を見直せるのかと問い、第三者による見直し住民参加や十分な議論を確保することを求める提案を前原大臣らに提出しました。

その要望書を見てみると、彼らがそのような疑問を呈したのは、
「暫定豊水水利権」が金科玉条のようにダム建設の理屈に掲げられているからです。

どれどれ?と推進派のパンフを見てビックリ。
絵に描いたような「暫定豊水水利権」を金科玉条にした典型でした。
パンフ→ http://www.stop-narusedam.jp/pdf/zettaihitsuyo2009p.pdf   
成瀬ダムの完成を前提「暫定豊水水利権」により取水が認められ」
「渇水の時には取水できない非常に不安定なもの」
成瀬ダム建設をやめると、この暫定豊水水利権さえもなくなり農業用水や水道用水が取水できなくなることも考えられます」とあります。

私が(その16)で書いたことはまさにこういうこと。

お気づきでしょうか?2つの意味で、非常にうまく書けています。
成瀬ダムは絶対必要です!」とドデカク書きながら、
よく見ると、「ダムの完成を前提に」「農業用水や水道用水としての活用が始まっています」と、すでにダムなしで取水ができていることが目立たない黒字で書かれています。

まるで夕刊紙ですね。

ところが、赤字で再び「農業用水や水道用水が取水できなくなる」と書かれています。
でも、よく読むと、「取水できなくなることも考えられます」という表現です。
「取水できなくなる」わけではないことが彼らには分かっているからです。
知能犯ですね。頭いいですね。

頭の回転が鈍い私が(その16)でうまく書ききれなかったことをこれに乗じて強調しますが、

暫定水利権には2つあり、
ダム建設を前提とする暫定豊水水利権
ダム建設などは前提しなくても成立する暫定水利権があります。

この場合、ダムを作らない選択をしたら、暫定豊水水利権から暫定水利権に切り替えればいいだけの話です。河川官僚の裁量、つまり河川官僚政治でそのルールが好き勝手に定められてきた

それを政治判断で、今後すべての暫定豊水水利権を無くす。たとえば、長期の暫定水利権に切り替える、と言えば、もう明日からでも、この成瀬ダムを推進する利水上の理由は、少なくとも国から見た場合になくなるのではないでしょうか。

また、上記の要望書には地元住民ならではの地元事情が書き込んであります。
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地元の負担を何とか少なくできないのかという秋田県や、地元代議士の意向を最大限受け入れるかたちで、東北地方整備局は、むしろ「先に成瀬ダムありき」の立場から治水上効果が薄い(極端に集水面積が小さい)ことなどを承知のうえで「多目的ダムへの格上げ」へお膳立てしました。
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これならば、治水についても、代替案は見つかりやすい。

官僚は、本来は、法律に基づいて仕事をするだけのスタッフですが
形式ばかりの国会が、いつまでも立法機能や監視機能を発揮せず、
自治体行政自治体議会も、
「雇用」や「産業」をハコモノ公共事業に頼るばかりの発想に基づき、
持続的な経済、環境、社会にとって合理的な判断を行うことなく、
官僚が、法律の枠内での裁量を駆使して政治的な判断で物事を決めるという国づくりを、「選挙屋」である国と自治体の政治家が行わせてきたとも言える。
やがて、その不合理性に合わせて、ダム建設の理由を裁量を駆使して考え、
官僚は官僚で持続可能な天下りシステムにそれを利用してきた、と言えないでしょうか。
そして、国民はお任せ民主主義でここまで来た。みんなで変わらなければ。

「今後の治水対策のあり方について 中間とりまとめ(案)」
には、利水に関するダムの代替案が14項目、挙げられています。
しかし、ダムの代わりに「利水単独ダム」というワケのわからん代替案(苦笑)は問題外としても、

また、P.47~
(8)他用途ダム容量の買い上げ
(14)ダム使用権等の振替
(15)既得水利の合理化・転用
(16)渇水調整の強化
など、まともな代替案があがっていても、それらはこれまでにもあった選択肢です。
それでもそれが行われて来なかったのは上記のような背景があるからでしょう。(それ以外に理由があったら教えてください!)

それを許容する河川管理者(国または自治体)の「水利権」許可のルールが変わらなければ、これまでダム計画を進めてきた事業体は、これまでのやり方の「正当性」を主張するために、同じ理屈で、ダム建設がコスト面からもベストという答えをいかようにしてでも出せてしまう。

民主党政権が河川官僚政治から脱却できるかどうかは、
こうした細部(官僚の裁量行政からの脱却)に宿り
人々が期待しているのはそういう変化です、多分。

しかし、今のところ、私も成瀬ダムをストップさせる会が感じている懸念を感じています。

(充実したウェブサイトなので必見、オススメです。↑

&秋田魁新報http://www.stop-narusedam.jp/img99/sakigake_100724.jpg

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