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2011年2月23日 (水)

このブログの行方(4)なぜ勝てないか?

●「八ツ場ダム(の反対運動)は何故勝てないのか?」との問い
この問いが正しいかは横へ置き、
そう問うてきた人は、「基本高水という難しい話をするからだ」と考えているようだ。
その方には、「負けている構図」は見えているが、
「世論が広まってきている」というプラス面は横において論じている。
「なんとかならなんのか、下手くそな反対運動をやりやがって」
との苛立ちが伝わってくる。
その「下手くそな反対運動が見えている」という
「反対運動の効果を示す」査証を示しながら。
反対運動が負けている
政権与党すら国交省河川局に負けている。
その構図が知られ、見えること、そのすべてがプロセスだ。

先述した川辺川ダムの教訓からもそのことは言える。
たとえば、ここ最近はご無沙汰しているが、
私が川辺川ダムの闘いをフォローし始めたのは1996年ぐらいからだったと思う。
2005年に勝利するまでに9年、それからでさえ6年が過ぎた。
それでもまだ国交省は撤退をしていない。
でも誰も住民が負けたとは思っていないだろうし、事実、負けてはいない。

八ツ場ダム住民訴訟が始まったのが2005年。
野党各党が注目し、民主党などのマニフェストに入り、
流血革命とは違い、状況は徐々に変わってきた。
民主党が政権を取り、無血革命だと思ったら、彼らは無血革命だとは捉えておらず、
ゆらゆらとスピード感なく、チンタラしている。
八ツ場ダム予定地でも用地買収も終わっていない。
河川局は、全国のどこの事業とも同じで、見切り発車で工事を始め、
人を傷つけながら進めてきた。

国交省は一歩たりとも立ち位置を変えていないが
住民訴訟を始めた側は、地裁では負けたが、
一歩たりとも歩みを止めず後退もしていない。高裁で闘い続けている

その方から見れば下手くそであっても、二つの流れがあるのをお気づきだろうか。
一つは、八ツ場ダムのことを知ってもらい、
現地に暮らす人々のことを知ってもらい、
下流と現地が対立することなく、一緒にあしたを考えていけないかという流れ。

一つは、納税者として、
必要性やリスクの精査・検証なく支出を続けてきた都県の支出を止めようという流れ。
東京都、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県の
支出が違法だったかどうかという厳しい裁判である。

かつて、国営川辺川ダム土地改良事業の計画変更の異議申し立てを却下したことの取消訴訟に対しても「筋の悪い裁判」と無責任に見下していた知識人がいた。
八ツ場ダム住民訴訟の裁判を無責任に見下す人がいても不思議はない。
重要なのはそのプロセスを通してこれまでに何が分かってきたかだ。

●一つは議会の役割だ。
(続き)

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