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2011年4月23日 (土)

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色々コメント(左下)をいただいていたので、ダムに関するものだけ、こちらで共有させていただきます。(他にもいくつか頂いています(オーストリアの専門家と日本の“専門家など、下へとスクロールするとご覧になれます

●基本高水の計算手法を変える説明はまだ
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-8015.html
へのコメント

なぜいまだに貯留関数による計画を許容しているのかが理解できない。京都大学をはじめとする学術会議の委員は、長年の研究の蓄積を今こそ国のために生かすべきだ。
貯留関数法は、従来より指摘されているように、Rsaが出水ごとに異なるというモデル構造に欠陥がある。
一方、(著者らの提案方式である)新たな流量流積関係式を組み込んだ分布型流出モデルは、観測雨量をそのまま入力することが可能であり、パラメータ値の安定性が高く、かつ初期状態にも依存せず、異なるパターンの洪水に対応できることを確認した。
立川康人,永谷言,寳馨,飽和・不飽和流れの機構を導入した流量流積関係式の
開発,水工学論文集,48,2004
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00028/2004/48-0007.pdf 
(貯留関数法は)部分流域ごとに異なるモデル定数を与えることができるが,タンクモデル同様,モデル定数の値と流域特性との関係が明確でない。
最近,筆者らが 100k ㎡程度の面積をもつ流域で,50m 四方の斜面を流域全体に4 万個以上も配して行った洪水計算結果を示し,山腹斜面が降雨流出に及ぼす効果を定量的に示すこととする。
宝馨・立川康人・児島利治・可児良昭・池淵周一,降雨流出に及ぼす山腹斜面の影
響,京都大学防災研究所年報,第47号B,2004.
http://www.dpri.kyoto-u.ac.jp/dat/nenpo/no47/47b0/a47b0t16.pdf 

●流量解析ソフトCommon MPというブラックボックス
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-a07c.html 
へのコメント

高水流量をだれでも検証可能にすることで、行政判断の透明性を確保する、というCommonMPの発想はよい。が、問題は基本高水の計算手法だ。貯留関数のf1, Rsaを駆使して好きな数字を算出する、というテクニックを身に着けた河川技術者を更生させるためには、これら集中型流出モデルを行政の現場で使わないようにすべきだ。
学術会議の委員は分布型流出モデルの第一人者であり、土木工学の教育に長年貢献してきたのであるから、当然、適切な勧告を行うべきだ。また、これがその勧告の絶好にして最後のチャンスだろう。しかし、「総意としてその方向に行きそうな予感はない」との報告から、私は日本の土木工学はこれからも衰退し続けるという、誰もが知っている現実を再認識した。現実を教えてくれたブログ主に感謝である。

●「未曾有の津波」は東京電力を免責するのか
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-d9b2.html
へのコメント

近藤徹前会長は、「安全の神はいないが」という格調高い(?)エッセイを書いている。
http://www.jsce.or.jp/president/message2009.shtml
その中で、堤防の安全性についてこのように触れている。
「連続堤防(系)は部分の堤防(要素)が連結した構造で、どの部分が破堤しても、大災害を惹き起こす直列型システムである。」
ところが、国土交通省 河川局 高規格堤防の見直しに関する検討会(http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/koukikakuteibou/index.html)で
は、次の主張が国土交通省よりなされた。
「そこで、決壊しない堤防として整備することはシステム(系)としてのリスクを減じていると考え、事業中の当該地区が決壊した場合の被害を基本にしつつ、一連区間を整備しないと効果を発揮しないという指摘への対応を考慮することとする。」(第1回配布資料4)
つまり、ある個所をスーパー堤防にすれば、堤防全体の安全度が増す、という(理解しがたい)主張である。詳しくは配布資料に目を通していただきたい。自分が理解したことは、国土交通省は、目的のためならどんな屁理屈でも作り出す、ということだろう。
「マスコミ、政策決定者に影響を与えかねない事例が見られる。これらの仮設は、誤っている場合には住民、地域社会に回復不可能な被害を及ぼすだけに、慎重な検証が必要である。少なくとも土木学会等の専門家集団の場で公表し、多くの専門家の検証を得て定説となるまでは、"学界の定説"であると誤解を招く言動は慎むべきである。それが技術者の倫理である。」と書いた近藤前会長には、国土交通省河川局に対して除名などの処分をしていただきたい。それができないのであれば、土木工学の権威を失墜させているのは、だれかを前会長としてよく考えていただきたい。

●基本高水の無謬と誤謬
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-7e53.html
へのコメント

まさのさま
ダム日記、一つずつうなずきながら読まさせていただいています。
基本高水のことなのですが、高橋裕氏は下記のように記述されています。
「計画数学に基ずく基本高水流量は、計画者が根拠とするには便利であるが、便宜的かつ相対的数値である」また「絶対に客観的基準とはいいきれない」とし「絶対視すべきでない」とも断言されています。
そして「社会的および地域特性に応じた決定方法が考えられる」とされています。
(社会的共通資本としての川 東大出版会刊)
基本高水は科学ではなく、川を計るひとつの技術にすぎないのではないでしょうか。
ちょっと気になる言葉なのですが、科学は真理を探究するものであり、技術はあくまでも便宜的なものであって、時、場所によって変動するものではないでしょうか。
流量解析に使用する貯留関数法はそれ自体システム誤差として20%から30%の誤差を持っていることは寶馨氏の淀川流域委員会での発言にあると思います。
ということは基本高水の数値はかなり大きな幅を持った数値であることを意味していませんか。
それが一つの数値として独り歩きさせていることに問題があることは全く同感です。基本高水が幅を持ったかなりいい加減な数値であることはよく知っているのですが、ほおっかむりした方が便利だから黙っているのです

●あらすじ(続き)
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-724b.html 
大阪府知事の「槇尾川の治水対策について(私の判断)」には感動した。これが、責任ある立場のリーダの取るべき発想である。ストレートに判断基準を示すことが重要である。ブログ主のリンクがなければ読むこともなかった。感謝。
~~~~

こちらこそ感謝します。人々が地球が真っ平らだと信じていた時代から、私たちはまだ一歩づつ程度しか歩んでいないのかもしれない。命は自分で守るもの。言論も自分で行うもの。河川行政も電力行政も、それらを政治や行政に任せきりにした瞬間から、現状維持に加担することになります。正直なところ、調子こいたり、無力感にさいなまれたりしながらも書き続けてきたのはフィードバックをいただき続けていたからに他なりません。語り合うことが世の中を変える力です。

そんなわけで応援
【緊急声明と要請】子どもに「年20ミリシーベルト」を強要する日本政府の非人道的な決定に抗議し、撤回を要求する http://blog.canpan.info/foejapan/daily/201104/23

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