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2011年10月29日 (土)

八ッ場ダム検証の抜本的なやり直しを求める声明

邪悪さ(次のコマで紹介)に触れ、心が萎える今日この頃、久々で科学者の良心に触れて元気が出た。10月26日に科学者たち77人が「八ッ場ダム検証の抜本的なやり直しを求める声明」を発表。当日、残念ながら行けなかったが、画像と声明文を八ツ場あしたの会が公開してくれている。【 画像 声明文 】 

研究者が為政者に対し良心に基づいて連名で声明を発することは海外では当たり前に行われている。実は日本でもごくたまにある(たとえば「普天間基地移設についての日米両政府、及び日本国民に向けた声明」2010年1月18日)が、マスメディアで大きく取り上げられることがない。今回は多くのメディアが取り上げた。画期的だと思う。

取材にすら行きそびれたので、画像を見て心に残る語録を記しておく。以下、声明会見の画像から。

●川村晃生(慶応大学教授・環境人文学)

学問や研究に携わる者は正確なデータや情報に基づいて論理的に答えに導いていくという責務が本来、課されている。現在八ツ場ダム検証は、地方整備局の都合のよい結論を導き出している。

過大な利水の量を見積もる、あるいは過大な流量を見積もるということは非科学的。3.11の大震災で起きたときに何が起きるのかについても議論しない。地すべりや造成地の問題、堆砂の問題があるが議論がかけ離れたまま政策決定していくことは将来、大きな不幸を招く。

大きな事業をする以上は徹底的な情報を公開し、賛成する側も反対する側もテーブルについて議論し、答えを導いていくことが民主的なやり方だろう、その手続きをもう一回やって欲しいというのが我々の要望。

●冨永靖徳(お茶の水女子大学名誉教授・物理学)

「水資源」という用語が盛んに使われるが、「石油資源」や「鉱物資源」とは違う。資源は使えばなくなる。水は石油のように使えばなくなるものではない。水や人間や生き物が生きていく上での必須の「環境」と考えるべきである。水を「資源」だと思えば、水資源の開発、確保、独占という発想になり、その延長線にダムがある。

水を「環境」であると考えれば水環境の整備と共有という考え方になる。我々が生きていく上で最良の水環境を整えることが緊急の課題として全世界で望まれていると考える。

自然は役所の守備範囲で人為的に区切られているわけではない。森林、河川、海岸、海を一体化した省庁を越えた観点から水環境の整備と共有について考えることが必要。

今回の八ツ場ダム検証は、こうした観点から言えば、消して科学的でないばかりか、どう考えても客観的ではない。ダム建設推進という予断をもった検証であることは明白。抜本的なやり直しを求めたいと思う。

■関係報道
やり直し求め声明文 八ツ場ダム再検証 朝日新聞群馬版 2011年10月27日
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581110270001
八ッ場ダム検証 やり直し求め声明 学者グループ「科学性、客観性が欠如」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20111027/CK2011102702000088.html 
東京新聞群馬版2011年10月27日
八ッ場ダム 学者「検証、科学性ない」 知事反論「追加検証必要ない」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news/20111027-OYT8T00022.htm 
読売新聞群馬版 2011年10月27日
八ッ場ダム:建設最良の検証結果に学者11人異議
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111027k0000m040074000c.html
毎日新聞 2011年10月26日

なお、11月1日に正式に野田首相および国土交通大臣宛てに提出されるという知らせが夕べ入っていた。

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