2009年8月11日 (火)

国と県、県と住民

前回の続きが尻切れトンボになっていたが、
7月29日付けて、その翌週、再び大阪府からリリースが届いた。
もうさんざんマスコミで報道されているから、ここでは詳しく書かないが、
国と自治体の協議機関を設置するスキームが工程表とともに提案されていた。

田中康夫さんや片山元鳥取県知事は、
全国知事会は所詮、「総務省の天下り団体」だから
そんな圧力団体と国が協議する場を法制化することは、
総務省による中央集権化だという意見を開陳している。

そうだそうだ。
知事達の言論が活発になるのはいいとして
確かに、天下り団体としての全国知事会の側面を忘れてはいけなかった。

ついでに言えば、たとえば、どんな事業でも、国が一方的に決めてきたわけではない。
照会やら協議やら、事業によって差はあるが
知事は市町村長などに比べると確実に、国に対して直接意見を言ったり協議をしたりする機会(法的権限)がある。
「言いなり」「おつき合い」で長いものに巻かれてきた都道府県の責任は大きい。

もっと言えば、都道府県や市町村議会の議員たちの中には土木業者もいて、
明らかに利益相反問題を抱えている人だっている。
そういう構造を一掃する責任は自治体にあり、
それなしには、既得権益集団のためのピラミッド構造により
地方が国が変わる力を削ぐことにもなりかねない。

無駄な事業ではないかと住民投票を住民が提起しても、
間接民主主義にこだわることを方便に、
首長も議会もこぞって住民投票は必要ないとはねつけた例は山のようにある。

自治体は国との関係を変えていくのと同時に、
納税者との関係も振り返って変えていくべきではないか。

●ダム事業で言えば、大阪府のダムみならず、
1.石川県の辰巳ダムや
2.香川県小豆島の内海ダム
3.長崎県と佐世保市の石木ダム
では、今どき、ありか?という「強制収用」へとひた走ろうとしている。
1.2.はすでに土地収用法に基づく事業認定がなされている。
これは、国が「この事業には公共性がある」と判断する行政手続で、
土地所有者から合意が得られない場合に、事業者が国に「事業認定申請」を行ってお墨付きをもらう。
3ではこれからその手続に向かおうとしているようだ。

時代錯誤だ。
最近の雨の降り方を見ても、防災の解決策はダムではないのではないかと
問い直しが行われなければおかしい。

参加したくない、合理性はない、と思う事業に、
都道府県が国から法律で抑え込まれて強制されたらとんでもないと思うのと同様、
住民と県の間で、ダム事業について強制収用というのは、特に今の時代、あってはないらない選択肢ではないか?

●辰巳ダムに関しては、金沢から、宮本博司さん講演You Tube、届いています。
http://blog.goo.ne.jp/stoptatsumidam/e/632b20aa611207ee08441f79de358f73

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 2日 (日)

橋下知事、まだ削れますよ

この辺や、この辺の続きですが、
橋下知事が訪れて確かめたほうがよいだろうなと思う場所について。
実はまだ私も行けていないが、
川上ダム予定地(三重県)を訪れて出会った方から情報が送られてきた。
(詳しくは、ここで見ていただいた方がよいですが)
↓大阪府営の槇尾川ダム予定地
http://www7b.biglobe.ne.jp/~makiosan/
「槇尾川ダムの見直しを求める連絡会」のページ

なかなかゴロのいいフレーズを発見!
「ダムやめて福祉にまわせ100億円」

「槇尾川ダムの見直しを求める連絡会」が、槇尾川ダムについて
次のように知事に呼びかけている。↓
=====================
ダム事業費は当初97億円とされていましたが2003年現在128億円に増額されました。同じ大阪府のダム事業で安威川ダムの例では、当初事業費380億円(1971年)が836億円(1987年)となり、さらに2003年に1400億円に膨れ上がっており、槇尾川ダムの場合も今後も事業費増大の可能性は大きいと考えます。5兆円もの負債を抱かえ最悪の財政状況の大阪府が福祉や教育事業をばっさり切り捨て、無駄なダムなどの公共事には大盤振る舞い。知事の姿勢が問われています。
=====================
知事は、現場にいき、反対している府民は何故、反対をしているのか、耳をじっくり傾けるべきだと思う。

●ついでの話ですが、
米国になんでも20年から半世紀、遅れるのが当然になっている日本ですが、
ジミー・カーターが1976年の大統領選で民主党の候補者だったとき、「無駄でかつ危険な事業を止め、環境を保全する」と公約して(『カリフォルニアの水資源史』鹿島出版会 、1999年 中沢 弌仁 (著)より)当選。就任までに「移行チーム」を作り、問題ある60事業を拾いだし、最終的に19事業の予算削除を決定し、それは「カーターのヒットリスト」と呼ばれている。

「ダム建設の時代は終わった」で一世を風靡したダニエル・ビアードさんが登場するのはそれからさらに20年を要したんですね。

今、民主党の鳩山さんが、止めるべきダム事業について言及し、それゆえにまたさらに新たな期待も高まっているように思う。自民党(とそれを支えていた既得権益を持つ人々)が止めていた時計の針を動かすのは、国だけではなく地方だけではなく、その双方と、諦めの中で生きてきたサイレントマジョリティの国民。

睡魔が襲ってきたので日本語が変かもしれないけれどこれにて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国直轄事業負担金についての考え方

このコマの続きです。

政党マニフェストの中に、国直轄事業負担金を廃止するということになっているものがある。「国直轄事業負担金をやめるなら、補助金もやめる」という方向にいくだろうか。

財源ごと地方に任せて、使い道をより住民に近いところ(あるべき姿としては住民合意)で決定させる。それはいいことだ。ところが、自立していない自治体(=自立する力がないと自分で諦めている自治体)は、国直轄事業負担金はやめても補助金はくれ、ということになるのではないか。どうすべきか。

1.国直轄事業負担金をやめ、補助金もやめる。ヒモツキじゃない交付金にする
2.国直轄事業負担金は意思決定に加わっている地方の責任上やめない、補助金もやめない(=現状維持)
3.国直轄事業負担金をやめ、補助金はやめない(=地方はウハウハ/国家の財政規律ズタズタ)
4.国直轄事業負担金は意思決定に加わっている地方の責任上やめない、補助金はやめる(=ぼったくりバーの強化?)

この4通りのうち、どれが、向かうべき方向か?
1が理想だということは誰もが分かる。というか、最終的にはそこにいくしかない。すでに向かっていると考えるべきだろう。地方分権の流れはもう止まらない。問題は、
● それをどう実現するか?
● その実現までの過渡期をどうするか?
●「変化」には既得権益を持つ人々との闘いが伴う。その紛争を誰がどう収めていくか?

少なくとも半世紀も与党をやってきて、「責任力」とか、わざわざマニフェストに書かなければならない党は、そういうことを自分の頭で考えてやってきたという気概もないから、そんな恥ずかしげない言葉が使えるんだろうな、と思う・・・。国を運営するという最高の責任を任されながら、そのチャンスを半世紀も生かさず、なんでも「先延ばし」をして時間を浪費したことを、野党になったら、少しは気づいて「しまった」と思う日が、今の与党に来るのだろうか・・・。

話はずれたが、国直轄事業負担金と自治体事業への国の補助金は、あらゆる意味で、惰性と無駄の温床になっていたので、政権が変わったら、徹底的に見直す事業が山ほどある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「国地方係争処理委員会」

政権交代が近づいてきてワサワサといろいろな変化がいろいろな所に起きていると思う。
最もビックリしたものの一つは、大阪府から「大阪府試案」とされた「“虹色に輝く日本”をつくろう」なる文章が届いたことだ。

大阪府には直接と事後の電話取材で2,3度取材をして、地味な2,3の記事を書いただけなのに来たので、おそらく、全てのメディア関係者に送ったのだろう。

試案といっても、中身も見かけも、素人じみた下手くそなリリースで、突っ込みどころ満載なのだが、「とにかく地方がしっかりしなければ」という青臭いまでの前のめりな思いが伝わってくるので、不思議なものだ。

大阪府を初めて取材したのは、橋下知事が、「府民から国事業直轄負担金を支払うなという声がでたら、支払いを拒むのも辞さない」と発言をしてわりとすぐだ。片山元鳥取知事が「自分が知事だった頃は『闘う全国知事会』だったのに、闘わなくなった」と嘆く論考を雑誌「世界」でやっていた頃と重なっていた。確かに昨年の今ごろは、まだ全国知事会はおとなしいものだった。

府周辺を回っているうち、ある地方議員の方から、「国直轄負担金の話なんて、知事会はもう何年いっているのやら。毎年要望をだしている」というのを聞いて、全国知事会に確かめると、確かに1964年から毎年要望が出ていることが分かって呆れた。知事たちは、きっと長年に渡って、それに何の問題があるのかも分からずに、毎年、年中行事のように、削除することなく前年からあった要望を繰り返していたのだ。「財政再建」が急務だった行政経験はド素人の、しかし経営感覚のある知事だから、その不透明な使い方をおかしいと気づいたのだろう。「何に使っているのか分からないなら払わない」という当たり前の感覚を持てるのか、思った。

そこで、労組関係の人が読む「まなぶ」という雑誌で08年10月に次のように書いた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全国知事会はすでに1964年にその軽減を謳い、翌年には維持管理費にかかる地方の直轄事業負担金の全廃を訴えてきた。今年7月に提出した「2009年度国の施策並びに予算に関する提案・要望」でも、国直轄事業負担金を「極めて不合理なものである」と廃止を訴えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
でも、大見得きったわりに、その結果は、国交省にまんまとだまくらかされたような尻すぼみなセコイ結果だったので(支払い拒否ではなく、払う金額をマケテもらうというような方向だった)、批判的に書いた。知事がだまくらかされて、そのような結果が出たのだと想定した上で、もし本気ならば、と考えて、次のように書いた。
~~~ ~~~ ~~~ ~~~
「そもそも、国に支払いを押し付けられるハコモノ事業の要・不要を、他事業と比較検討し、事業への協力を拒むことができなければ地方の自立などありえない。こんなときのために、99年に改正された地方自治法で新たに設けられた「国地方係争処理委員会」で、自治体は国に対し、対等の立場で異議を申し立てる方法もできている」
~~~ ~~~ ~~~ ~~~
ちなみに、根拠法は「地方自治法第250条の7」 で、昨年の取材時点では、この条項が使われたことはまだなかった。「本気」なら、最終手段として、こういう手もある、という入れ知恵のつもりだった。

1年が経ち、この間、国直轄負担金を見てきたが、各地の知事がこの問題に気づいて異論を発するようになった。全国知事会はあっと言う間に、闘う知事会へと様相が一変していった。途中、某誌に企画をいれてみたが、どういう変化が出てくるかまだ分からない時点だったので、保留になったまま、私も忘れていた(今は個人的な事情で記事が書けないモードになっているのでここでお茶を濁しておく)。

さて、政党のマニフェストを見ると、「国直轄負担金の廃止」と謳われているものがある。
けしかけるように書いたマイナーな記事が、そういう方向に向かう一助になったのかどうかは分からない。でも、その責任を少なからず勝手に感じているので、この件の考え方を、次のコマで、少し整理しておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月22日 (土)

ダム見直しを主導する金子一義大臣へのオススメ

大臣がダム見直しを主導していくというニュースが電撃的に飛び交ったけれど、そんなわけで、元を辿っていくと「国会答弁」でした。そして、その2日後の記者会見での質疑によりさらに明確になりました。私も後追いで、某雑誌の取材のために某利水部門に電話をしたら、「聞いていない」という反応で、その指示の浸透度が分かりました。

以下は、20081114日(金)金子大臣会見要旨のページから抜粋http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin081114.html

(問)大戸川ダムの関係で正式に関係4府県知事が反対を表明されました。その受け止めと、先日、国会で新しいルール作りも必要だということを言われていますけれども、どのように取り組むかをお願いします。

(答)川辺川、淀川水系について地元の知事さん達の御意見が出ました。これを重く受け止めなければいけないと思いますし、こういう事案が出て来ていますので、何故こういう状況が出て来ているのか、今の手続きのどこに問題があるのか、あるいは財政負担のあり方についてもどのように考えるのか方向は、災害を起こさないと、地域住民の安全を守るというのが地方自治体も国土交通省も同じ立場ですから、これをどのように進めていけば良いのかについて、見直してみる時期だと思っています。事務方には見直しをするという指示をしました。どこからどのように進めていくかということについては、私が主導させていただこうと思っていますけれども、何を、どういうメンバーで、どのような期間でということはこれから検討していきたいと思っています。 

この会見の内容から金子大臣の「指示」を忠実にまとめると大きくは4つあります。 

(1)地元知事からの意見を重く受け止めなければいけない。

(2)なぜ(1)の状況(国の提案する治水対策とは違う)がでてきているのかを考えなさい。 

 ・手続にどんな問題があるか 

 ・財政負担のあり方をどう考えるか 

(3)(2)の検討にあたり(国も自治体も同じ)前提は 

 ・災害を起こさないここと 

 ・地域住民の安全を守ること 

(4)国土交通大臣が主導して行う 

 ・内容、メンバー、期間はこれから検討

優秀な官僚であれば、今ごろ、この大臣の指示を「起案文書」としてまとめているはずですが、もしまだ河川局長が「起案文書」としてまとめて大臣に持ってきていないならば、金子大臣にオススメしたいのは、3つのことです。 

1.まずは、「起案文書(案)」を書くよう期限を決めて指示し、上記の指示が細大漏らさず書かれているか、目を皿のようにして一言一句、じ~っと眺めること。 

2.そうしながら、霞ヶ関を飛び出して「現地」へ行くことをお勧めします。早急に大臣の政治決断が必要になるのは淀川水系河川整備計画の方でしょう。今回は近畿地方整備局が、自ら諮問した淀川水系流域委員会の最終報告を待たずに見切り発車をしたことで事態が混乱しています。国土交通省トップとして、出先機関のしでかしたことについて、それは何故だったのか、正当な見切り発車だったのかどうか、「手続についての妥当性」を判断する必要があります。そのためには、近畿地整とともに、諮問された側である淀川水系流域委員会の話を直接に聞く必要があります。そうでなければ正しい判断はできないと思われます。 

3.その際、「治水」「利水」「環境」について、淀川水系流域委員会がどのような判断材料のもとに「5ダム」について30年の整備計画に位置づけをするのは適切でないと判断をしたのかを直接聴き取る必要があるでしょう。これが現地へいくことの本質的な意味です。

4.このとき同時に、「地域住民の安全を守ること」についてルールを見直すとしたら、どのような事項を見直していくべきか、「地域住民の安全を守ること」「環境」に主眼をおいて審議してきた淀川流域委員会に聴いてみると、一石二鳥でしょう。見直しの論点ややり方について、起案書にさらに詳しく盛り込むべき指示内容が自ずと得られるでしょう。

現場で何が問題とされ、どのような解決策が提案されてきたか、諮問機関の淀川水系流域委員会の意見をなぜ近畿地方局が聞き入れてこなかったか、「治水」「利水」の両面から、つぶさに聴き取りを行うことが、大臣の一つの判断な材料となるに違いありません。 

判断にあたって重要なのは、現場で何が起きているかという「事実」です。官僚の「ご説明」は判断材料の一つに過ぎません。

「起案文書(案)」は地域から提起された課題をクリアできるかどうか、クリアできていなければ何度でも「起案文書(案)」を突き返して、クリアできたところで、新しいルールづくりを開始してはどうでしょうか。

例えば取材記者が、もしも現場へ行かずに記事を書いたとしたら、いったいどんな説得力を読者に対して持ち得るでしょうか? 

ましてや大臣判断です。数万倍、数千倍の重みで禍根を残さない判断を行うために、現地に行き、淀川水系流域委員会の意見を聞いて、頭をきしませて勉強して、ことによっては何度も何度も近畿地整局が言うことと流域委員会が言うことと知事が言うことを繰り返し聞き返してという面倒な作業が必要になるのではないかと思います。

政治判断とは政治的に判断することではなく、各役割、各立場、各権限、各利害の上に誰が何を言っているのかを真摯に耳を傾け、役割や権限や立場や利害を踏み越えて、最高責任者として、未来から現時代に求められることは何かと論理的に判断することだと思います。簡単ではありません。簡単ではないはずです。だからこそ意義があるはずです。

と、今、大臣とお話ができたら、私ならこう言う、ということを書き付けてみました。「治水」だけではなく、「利水」「治水」「環境」とバランスよくお考えいただくことがとても重要かと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

財政、環境、「新たなルール」大臣答弁

しつこいですが、重要国会議事ダイジェストで、お送りします。

河川行政の新しい転換が、金子義一大臣の指示により始まろうとしています。

-国土交通委員会-2号 平成201112日 抜粋 その3

○三日月大造委員 

いろいろな時代の変化の中で、納税者や有権者の意思として、進行中の公共事業の中止だとか凍結だとか休止という、変更なり決定がなされる場合があると思うんです。そのときに、都道府県だとか国だとか市町村、いろいろな事業主体が絡んでいる事業が多々あると思うんですが、こういう公共事業を休止、中止、凍結というルールづくりをしていくことの必要性について、どう事業をソフトランディングさせていくのかということの必要性について、どのようにお考えになられますか。

○金子国務大臣 ダムについて、今回こういう問題が川辺川にあわせて出てまいりました。やはり政治家として、一方で国、地方自治体それぞれ、しかし地域の住民の安全を考えるという意味では同じ立場であります。

 ただ、いろいろな地元に行きますと、いろいろな理由から、財政上の理由もあるだろう、環境上の理由もあるだろうということが出てきて、それぞれ御意見が出てきている。そういう意味で、新たなルールというのをいずれどこかで考えていく必要があるかなというのは、私自身思っております。

 どういう場で、今すぐ何か検討会をつくるというところまでまだ行っていませんけれども、将来、いずれそういう方向を我々議論した方がいいだろう、それがまた新しいルールづくりになるのかどうかとも思っております。

○三日月委員 国も都道府県も地域住民の安全を考える同じ立場だとおっしゃいました。しかし、より身近な人がより詳しくわかるという観点から地方分権を進めるべきだという立場に私たちは立っています。今の分権委員会もその議論がなされていますし、何と麻生総理も、やられるかどうかは別にしろ、地方整備局はもう要らないんじゃないかという方針まで分権委員会にお伝えになっていらっしゃいます。

 そういう意味では、地方整備局の廃止を含めて地方分権を進めると同時に、公共事業の中止、ソフトランディングの法制化やルールづくりについても、ぜひ国交省内で検討をしていっていただきたいということを要請しておきたいと思います。

まさの解説:河川官僚が本能的に感じるであろう「抵抗」「警戒」から脱して、自らの中から意識が変わっていくようになるには、納税者である大人がしっかり勉強することでしかありません。難しくて時間がかかるし大変だし。でも、歴史を変えることが楽であるわけはないから仕方がないですね。

もっと読みたい方は国会会議録検索システムhttp://kokkai.ndl.go.jp/ へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

脱「計画高水」の国会審議

自分の取材メモですが、

引き続き、重要国会議事ダイジェストで、お送りします。

-国土交通委員会-2号 平成201112日 抜粋 その2

○三日月委員 まずは大臣にお伺いをし、その後局長に専門的なことも含めてお伺いをいたしますが、そうやって計画案が見直される可能性がある場合、大事になってくるのは、今回、例えば流域委員会から出された意見や何かを見ますと、これは、これまで国が行ってきた洪水対策としての河川整備、またダム建設、堤防強化、こういうものに対して、根源的で本質的な問題提起がなされているのを御存じでしょうか。

 例えば、ハイウオーターレベル、計画高水の水位を設定し、これ以下なら安全に洪水を流せる、そのとき堤防が浸透及び洗掘破壊しないよう設計をしていこうじゃないかということ、計画上は、ハイウオーターレベルを超えると堤防が決壊する、だからそうしないようにダムを建設しよう、護岸整備をしよう、河道を掘削しようということが行われてきたんですけれども、これに対して、例えば三つの問題提起をされています

 対象を超える洪水があったときに、この可能性をどう見るんですかと。対象洪水が大きくなったら、計画を達成するために時間もかかるし経費もかかりますよねと。そして同時に、こうやってどんどん想定した水位を上回らないようにするために、また整備、またダム建設ということで行っていくことが、周辺、流域の環境を破壊することにつながりますよねという問題提起があるんです。

 そもそも、洪水対策としてハイウオーターレベルというものを設定し、これを上回らない水位管理、洪水管理、ダム建設をしていくということの限界についてどのように考えていらっしゃいますか。まずは大臣、その後局長。

○甲村政府参考人 若干専門的な状況が入りますので、私から御説明します。

(まさのの独断で省略:局長答弁を読みたい方は国会会議録検索システムhttp://kokkai.ndl.go.jp/へ。「まずは大臣、その後局長」と答弁順を質問者が指定しているのに失礼ですよ)

○三日月委員 済みません、私は大臣と局長に対して質問しましたので、そのことについてお答えいただきたいんです。大事なところなんです。

 今、局長が言ったように、二、三十年の河川整備をどうするかということについて立てるのが計画だと。そして、その安全度を高めていくためにどういう方式がいいのかということを考えるんだと。このことは何にも異論がないんです。

 しかし、その前提が、ハイウオーターレベルというものを設定し、これよりも上回らない洪水量にせなあかんね、だからダムをつくらなあかんね、だから河道掘削せなあかんねという、そもそもこの考え方がある以上、この考え方にこだわる限り、ずっとダムをつくらなあかん、そういう計画になりやしないですかと問題提起をしているんです。

 ちょっと言い方が悪かったかもしれませんので、改めて問い、お考えを聞きたい。

○甲村政府参考人 お答え申し上げます。

(まさのの独断で省略したいところですが、官僚答弁の典型なのでそのまま)

先ほども申しましたように、淀川においては二百年に一回起こる洪水について、安全にハイウオーター以下で水を流すということで河川の改修、それからダムの建設を計画しているわけでございます。

 それ以上の洪水、あるいはその二百年に一回の、工事が完成するまでの間に、現況の流下能力以上に大きな洪水が来たときにどうするかということでございますが、それはソフト施策としての警戒避難等で対応するという計画でございます。

○三日月委員 最後に政治決断されるときに、そういう専門家の皆様方、もしくは省庁の役人の皆様方の議論に少しでも食い込めるように、私たちは努力して勉強していきたいというふうに思います。

 今の議論は、専門家の皆さんでつくられた、住民の皆さんでつくられた流域委員会と、そして地方整備局との間でも、いまだに溝のあるところなんです。最後そのことをどう見るかというのは極めて大事な政治決断の要るところなんです。そのことだけ申し上げておきます。

(以下、まさの解説)~~~

大臣は結局、ここでは答弁しませんでした。これは、大臣が答弁しなかった、というよりも、局長が「ここはひとつ大臣、専門的なことですから、ワタクシが」と答弁をさせなかった、政治決断へつながる一つの機会をくじいたと言えるのではないでしょうか。上記で「独断で省略」としたところの局長答弁はまさに、「若干専門的な状況が入りますので、私から御説明します」(局長)で始まっています。

今、全国で最も求められている治水に対する考え方の変換、淀川水系流域委員会が提起し続けてきた考え方は、三日月議員がうまくまとめた3つのことに凝縮されていると思います。

(1)対象を超える洪水があったときに、この可能性をどう見るんですか

(2)対象洪水が大きくなったら、計画を達成するために時間もかかるし経費もかかりますよ

(3)どんどん想定した水位を上回らないようにするために、また整備、またダム建設ということで行っていくことが、周辺、流域の環境を破壊することにつながりますよ

だから、優先させるべきは、どんな洪水規模であろうと(洪水が小さくても大きくても)堤防がきれないように補強する、「河川局」の縦割りを超えたまちづくりが重要ではありませんか、と。大臣にはそう答えて欲しかったと、私は思います。

「私たちは努力して勉強していきたい」と言ったこの議員さん、とても爽やかですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大臣「整備計画全体を見直す、これはもう当然あり得ます」

自分の取材メモですが、

引き続き、重要国会議事ダイジェストで、お送りします。

-国土交通委員会-2号 平成201112日 抜粋

○三日月大造委員

これからどんな考え方で臨むんですかというときに、また先ほどと同じ答弁を繰り返されましたのであえて具体的に聞きますけれども、こういう合意に基づいてこれから意見が出てきます。それぞれ個別ダムについていろいろな意見が出てくるでしょう。そのときに、例えばダム整備、ダム建設の見直しというものが意見で出された場合、既に示されている国の計画案が絶対に正しいという考え方を改めて、当然出された意見も踏まえながら、同時にこれまで流域委員会初めいろいろな団体から出されたことも踏まえながら、計画案は修正や見直しがされると考えてよろしいですか。

○金子国務大臣 前提として、各県の知事から、きのうは共同記者会見ということでやられている話ですから、やはり手続がありますから、各県の、繰り返し繰り返しで……(三日月委員「文書を見てくださいよ、文書を」と呼ぶ)いやいや、ですから、伺って、個々の地域の状況というのもきちんとお話を受けとめたい。

 それから、同時に、沿川の市長さんたち、桂川、宇治等々ありますよね、そういう市長さんと知事がどういう話をされて、知事会の発表というのは当然沿川の市長さんたちとも話し合って御発言されているんだと理解していますけれども、その地域の人たち、一番災害で被害を、今まで議論された方々をどうしていくのかということも含める必要がありますので、そういう意味で、記者会見だけがすべてではなくて、やはり伺いたいと申し上げたのはそういう意味なんです。

 その上で、もとより、この知事さんたちの御発言というものが、そうだなということであれば、ダムについての修正というのは当然あり得る話。今この段階でなくなりましたということではなくて、それでは今後それにかわる治水の方法というのはどういうふうにしていくんですかということもあわせてやっていく必要があります。

 そういう意味では、大阪府知事が、自分たちの政治家としての、知事としてですよ、政治家としての責任を持って考える必要があるという御発言があったやに伺っていますけれども、それもやはり一つの大事なことではあると思っています。

○三日月委員 大事なところなのでもう一回確認しますけれども、そういう大事なことがいろいろあって出された意見が出てきた場合、意見に基づき計画案を見直すことができるかできないか、あり得るのかあり得ないのか、するのかしないのかということについて、いかがですか。

○金子国務大臣 あり得ることはもとより、知事の意見を伺って、それから沿川の市長さんたちもやはり意見を伺う必要があります。

 そして、必要に応じて計画の修正、質問にお答えするとすれば、修正は十分あり得る。修正を検討した上で整備計画全体を見直す、これはもう当然あり得ます。

もっと読みたい方は国会会議録検索システムhttp://kokkai.ndl.go.jp/ へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月18日 (火)

河川法改正を求める声

河川法改正を求める声がフツフツとわき始めています。

2007712日 日本弁護士連合会

流域自治に向けた河川法の改正を求める提言

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/070712.html

2007914日 熊本県相良村(川辺川ダム計画のご当地です)も河川法改正を求める意見書を決議しました。

地方自治法第99条で「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる」とされています。地方自治法は「地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障することを目的」としていますので、国会も霞ヶ関も、このような意見書を軽々に扱ったり無視したりすることはできません。

相良村議会:河川整備計画策定時に協議機関設置義務づけを 法改正求め決議 /熊本http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kumamoto/news/20070915ddlk43010603000c.html

住民含めた協議を 相良村議会 河川法改正求め意見書

http://kumanichi.com/feature/kawabegawa/kiji/index.cfm?id=20070915000001

余談ですが、このブログを始めたのは2004年です。「河川法を改正しようヨ」とタイトルをつけると、「いつ?」というせっかちな質問が来ました。「5年後ぐらいかな」と答えました。「人々の意識が先に変わらないと法律は変わらない。その感覚でいくと、多分、それぐらいかかると思う」とも答えたような気がします。

再改正が必要なことは1997年の改正時にすでに明らかでした。いびつな(住民参加が可能になるのが手続の二段階目からだった)改正だったこと。そして、その改正ですら、2004年に検証し始めたとき、改正7年目にしてまだ「経過措置」で旧法のままの体制で進んでいました。

このペースで行けば一級河川109水系が新法で見直されるまで数十年かかるとあちこちで喋っていたら、翌年から国交省は、猛スピードで旧法から新法への移行へと動き始めました。

2005年から2006年にかけ、「住民参加の段階が河川整備基本方針では遅い」ということ、また「河川整備計画段階での住民意見の反映方法が国交省の裁量次第では旧法と何も変わらない」ということを人々に感じさせる事例が続きました。吉野川、利根川、球磨川、そして希望の星だった淀川・・・・。97年法のどこが悪いのか、自明になってきました。

それが冒頭に示した提言となって表れてきました。ただし、現行法の運用ですぐにでも直せるところ、直せないところ、直せないのは何故なのかなど、本質的なおかしさをもう少し浮き彫りにしていく必要もあります。

そう見てくると、どうしても「省益」→「天下りポスト」が見えてきました。法律の裏側にある構図、ここから先は、それも同時に、明らかにしていかなければならない。しんどいところに来ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月17日 (土)

球磨川(川辺川)10回目の審議

214日、国土交通省河川分科会の河川整備基本方針検討小委員会で球磨川水系について10回目の審議が行われました。

熊本から駆けつけた赤木光代さんが、以下のレポートをメーリングリストでされていました。とても簡潔かつ的確な報告だと思いましたので、転載の許可をいただきました。赤木さん、どうもありがとごうございます!

~~~赤木光代さんの報告~~~~~~~~~~~~

ただいま帰宅しました。帰路は博多まで新幹線、博多から熊本まで特急「つばめ」です。受験シーズンのせいか、宿がなかったのです。高価ホテルならあるということでしたが、1度新幹線で帰ってみたかったのです。やはり、最速で5時間40数分の所要時間で、航空機の方が早いです。

本題、本題。

  「掟やぶり」と「違法行為」のちがいですが。掟とは、明文化されていない暗黙のきまり、法とは明文化されたきまりと考えます。近藤委員長の議事運営は、明らかに、掟やぶりどころか、違法行為です。国交省河川局が監修した、新河川法の解説書によっても、そうだといえます。

  今回の検討小委員会で、近藤委員長は環境を議題としました。県民の会と52団体は、今回の小委員会に向けて、環境を議題とすることはダムを前提にした議論であるので、河川整備基本方針策定を目的とする検討小委員会は、中止することを求めるよう委員である潮谷知事あての要望書を、2月9日県庁に出向いて提出しました。21人が参加して、要望しました。

   基本方針はあくまで、水系の抽象的長期プランであるべきで、具体的洪水調節施設まで踏み込んではいけないはずです。

   このような批判に対し、近藤委員長は今回の小委員会で環境を議題とすることを、委員からも「ダムができたら・・・」という質問が多々あった、知事も「いま議論されていることには、川辺川ダムの影が見え隠れする」と言われたと、ダムを前提とする環境の議題に入ることを、自らの責に帰さないようないい方で、踏み込んだのでした。

  委員長は、たとえそのような発言があったとしても、議長として、抽象的長期プランに議論を戻す義務がありました。なのに、そうしなかったのです。

   知事が「川辺川ダムの影が見え隠れする」と言ったのは、基本高水流量や計画河道流量の設定を、過大に設定しよう、設定しようとする、意図的な議論がすすめられていることへの知事の違和感を言ったまでのことなのに、言葉尻りをとらえて、「次回は川辺川ダムの計画があることを無視できない」と言って、治水、環境について(その前提でーーこれは委員長は言葉としては言わなかったが、事実上前提で)議論しましょうと言い、話をすすめたのでした。老獪(ろうかい)というか、元河川局長という、他に責任を転嫁する点で、官僚の鍛えられた気質・性癖を感じました。官僚で昇進する方々には、例外なくこの性癖が見られます。責任転嫁の性癖。

  しかし、私たち住民側が九州地方整備局に、環境を議題とすべきではないという要請をしたことや、知事あてに委員会の中止を求めるよう要望した努力も報われた場面もありました。

  今回、国交省事務局の説明が終わった後、委員長の議論への導入の言葉が終わるか終わらないうちに、潮谷知事がさっと手を挙げて、要員から素早くマイクを獲得し、環境の議論に入ることへの異議申立を発言しました。その発言に沿ってまとめたのが、このメールの冒頭に述べた違法であることの論拠です。

  また、今回、驚いたのは知事を除く他の委員全員が、ダムを是としているのではないということです。

  小松利光委員のように、相変わらず、私見では「ダムありき」ではない、が、ダムを抜きにしては考えられないと、ダムを是とする変化球を投げた委員もいました。小松委員は言いました。昨年7月の洪水被災住民の聞き取りでは、川辺川ダムは不要だとなる。昭和40年7月3日の(洪水のとき)、市房ダムの職員が酒を飲んで麻雀していたとという不当な風評について、(市房ダムは県営なので)県が説明責任を果たすべきなのに、これまで果たされてこなかった。市房ダムの操作への不信感をとり除くことがなされてこなかったことが問題。第2の市房ダムは要らないということでしょう。と、初めて公の場で、麻雀云々が発言され、あたかも、「不当な風評」について説明責任がなされていれば、ダム不信が除かれるかのような発言をする委員も、まだいます。

  また虫明功臣委員(福島大理工学類共生システム理工学類教授)のように、ここで川辺川ダムの議論をすべきかどうかでいうと、すべきである。清水バイパスは排砂バイパスとして使えるのではないかと、国交省以上に積極的な提言をして、国交省が狂喜乱舞して喜びそうなことを発言する委員もいました。すぐさま、国交省が、清水バイパスは旭ダムの例があるが、排砂は微細な砂だけだと、呼応しました。

  が、谷田一三(大坂府立大大学院教授・生物学)委員は、つぎのように発言しました。

  球磨川は何度も歩いたが、予想以上に痛めつけられている。アユは海から上がって来る。まず、遙拝堰で止められる。漁道に多額を費やすというのも大事だが、まずは堰き止めをしないことが大切ではないか。利水を外して治水プロパーでいくなら、新しい視点の治水施設を考えていいのではないか。

  谷田委員のいう「新しい視点の治水施設」とは、この場合、ダム以外の施設と考えてもいいのかなあと思えました。

  福岡捷二委員(中央大研究開発機構教授)は、河川の土砂の動態について発言。荒瀬ダムの撤去にかんする委員会の委員もしているが、土砂の動態、移動が球磨川では・・・(聞き取れなかったが、激しいということか)疎石、礫、巨石(30cm以上の石)が、球磨川の安定に寄与している。川の応答は、

大きな石がないときには、局所的にはそこに水が集中し、深掘れしていく。大きな石の役割りは大きい。砂礫層、大きな石がないことによってダムの下流に置き土するということだが、排砂ゲート、排砂バイパスに注目する。と、これも穴開きダムを想定したような、ダムを是とする変化球のように思えました。

  欠席のため、文書で意見を寄せた森誠一委員(岐阜経済大経済学部教授)は、「ダムという環境面にとっては不可逆的な状況がもたらされる施設が想定される上では、より慎重さが求められる」「治水による安全向上と河川の環境保全を同時的に議論すること」といっています。「原始自然の状況を再現することを望むものではない」といい、「河床掘削の量と箇所は・・・・(中略)河道掘削が過度である場合、それは河川環境面からも慎重かつ回避すべきである」とし、代替案に注文を付けています。熊日インタビューにある「小委の委員はダム推進派ばかり」という「断定的文言」には、そうではないと抗議しています。

  このように、委員のトーンは均一ではないことが、今回徐々に明らかになっています。「国交省の資料のいう通り」という、あからさまな追認の発言が減ったという印象を受けました。

  このところ3回ほど連続して、国交省はその回その回の議題に沿った、県がまとめた住民討論集会の論点整理の資料を出しています。知事が、住民討論集会で国交省は、ダム推進の立場から発言している、それをそのまま検討小委員会に出しているのは、ダムを前提とした議論をしようすることであり不当だという意味の発言をしました。その見透かしにあっと驚かされる思いでした。いわれてみれば、その通りです。それ以外の資料も、住民討論集会での国交省の主張を、補強するものばかりでした。ダムという具体的洪水調節施設について、基本方針を策定する委員会には出すべきではないのです。その策定の後に、整備計画で出すべきものなのです。委員長と国交省がタイ・アップして、違法行為に走っている。このツケは、いずれどのような形で表れるでしょうか。その点をうやむやにされたくないと、強く思われました。

~~~

以上、転載でした。

この件は、熊本の地元紙、熊本日々新聞も伝えています。

まさのあつこ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 9日 (火)

電力会社の法令違反その2

こちらで少し触れた件ですが、経済産業省・原子力安全・保安院が昨年1221日までに、電力会社9社に対し、定期報告に関するデータ改ざんは48発電所、49件、無届工事は116発電所、168件と報告を出させ、その原因究明、再防止策、および法令違反の是正措置を取るよう求め始めていました。

水力発電設備に係る調査について1121

「水力発電設備に係る調査について」の報告について 1220

水力発電設備に係る調査について(第3報)1221

水力発電設備に係る調査について(第4報)1226

以下は、1週間掲載遅れでその当時の国土交通省による数値で報じたものですが、焦点を湯沢発電所にあてて書いています。

もはや脱法行為の東京電力の水利用

(週刊金曜日第636 20061222日)

(このページを辿ると読めます)

まさのあつこ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 6日 (水)

マスコミはこぞって住民排除に批判的

昨日の続きです。利根川水系の河川整備計画の策定手続きとして設けられた有識者会議のうち、本流の利根川・江戸川の会議では、流域をカバーする以下の6紙の面々が委員として出席していた。

●東京新聞論説室論説委員

●上毛新聞社論説委員長

●茨城新聞社編集局報道本部学芸部長

●埼玉新聞取締役編集委員

●千葉日報社地方部長論説委員

●下野新聞論説委員

会議は、(1)利根川・江戸川(2)渡良瀬川(3)鬼怒川・小貝川(4)霞ヶ浦(5)中川・綾瀬川と5つ分けられているが、(1)が本流、(2)(3)(4)(5)が支流という地理的な分類でしかない。ホームページ上ですら、工事事務所ごとに分断して掲載し、実にフォローしにくい。それが狙いなのだろう。それとも「公共事業」のバラマキか?同じ124日に(1)(3)(5)と都内で行ったが、会場設定すらバラマキかと思わざるを得ない。

124日の(1)と(5)をハシゴ傍聴する形になった。(1)では、マスコミ関係者を中心に、初っ端から批判の声から高らかにあがった。以下は批判部分の10分の1にも満たないメモ。要するに、いまどき、住民意見が公聴会や、インターネットでは不十分という意見が大半だったのでそれはあえて略。

東京新聞

「淀川は6年をかけて400回も議論した。利根川流域市民委員会は、住民軽視のやり方は時代錯誤と批判しているがまったくその通り」「役所が案を作ってお飾りの有識者会議で決めるなど、この会議が批判されることになる。今の時代、甘くない」「淀川委員会は結論が脱ダムだったからストップがかかった。先にダムありきでは今後工事を30年間やり問題を引きずっていくことになる。NPOや市民団体の意見を最初に聞いておくというのが今の時代重要なことだ」

茨城新聞

「傍聴者もいる。それらの意見をどう聞くのか。有識者会議として住民の意見をどう聞くのか。整備計画を立てたとき事業実施の段階で住民の協力は不可欠だ。協力を仰ぐためには不可欠だ」

群馬上毛新聞

「今日一面は八ツ場ダムの生活再建の見直しについてだった。50年が経過した。水没住民は断腸の思い。その関係住民の意見も踏まえた計画にして欲しい」

その他、学識者からも

佐々木寧・埼玉大学大学院教授

「有識者が議論する前にパブリックコメントをしないと意見が出ない。手順が足りない」

清水義彦・群馬大学助教授

「有識者会議はどういうものなのか? 議論は限られた時間では難しい。学術的、技術的に難しい」

下野新聞は

「(マスコミは河川の)専門家でもなければ知識もない。住民は相当勉強している。何らかの議論の場を設けるべきではないのか。」(以下、コメントをいただき反映しました(06.12.16)

そして、翌日の紙面で

利根川整備計画、有識者から住民排除に異論(2006年12月5日)

ネット上よりも紙面の方が扱いが大きい。

その他、委員として選ばれていないマスコミは

読売新聞(2006年12月5日)

 利根川水系整備 住民代表”締め出し“

 国交省有識者会議初会合で

しかし、どれだけ批判が上がっても(時間的に大半が住民を排除したやり方への批判だった)、何故か、議長となった宮村忠・関東学院大学教授が、「何かを決める会ではない。聴くだけ」の会であるといなした。行政がやることのお墨付き機関として利用されることを当然とする“有識者”でなければ議長にはなれないのか。議長の推薦は、事務局である国交省が「どなたかご推薦を」と言い、方針を決定する場で国交省の代弁者と化している福岡なにがし教授が直ちに推薦し、異議なしで決まった。あれは仕込みだと誰もが思う。淀川水系流域委員会では、無記名による投票で選んだ。得られたよき教訓にすら学ばない姿勢に嫌気がさす。

それ以前の報道(そのうちリンクが切れると思うが)

<利根川水系整備>諮問委人選で国交省に抗議文 周辺住民ら(毎日)

利根川整備会議、反対派は入らず 国交省が委員65人(朝日)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 5日 (火)

大臣は脱法の10年を知らないのか?

河川法が改正されて整備計画を策定するに当たって、「住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない」とされ、来年で10年になる。この間、国交省は、旧法のまま「経過措置」というオブラートにつつんで、住民参加を排除する脱法行為を続けてきた。

ようやく霞ヶ関のお膝元で、9年前に行うべきだった「儀式」を執り行うのに、実にオソマツなやり方をしている。傍聴に行ったが、さすがに「有識者会議」に入れられたマスコミ関係者に冒頭から、「これでいいのか」と噛み付かれていた。 

その批判は、この「有識者会議」でシャンシャンと通すやり方が決まったときから、すでに始まっていた。以下、抜粋です。

冬柴大臣会見要旨(平成18年11月24日)

平成18年11月24日(金)参議院議員食堂

(問)       利根川水系の河川整備計画作成に当たっての有識者会議の委員が決まりまして、この委員の選定に当たって一部公募方式というものをとらなかったということで、住民団体は公共事業の住民参画の後退だということを批判しているのですけれども、この点についていかがでしょうか。

(答)       後退とは思いません。我々は住民から幅広く丁寧に意見を聞くというために、20カ所程度で公聴会を開催することとともに、インターネット等により意見を収集したいと。今回は河川に関する専門的なご意見を伺いたいということで有識者の会議を設置したわけでして、多くの意見を聞いた上でより良い河川整備を進めていきたいという考えにはいささかの後退もないと、私はそのように思っております。               

(問)       ただ、他の河川の流域委員会で行っていたような一部公募をしなかった、加えて先だっての淀川水系河川委員会の一時休止も併せて、河川行政の住民参画という点からも、後退という批判があるのは事実なのですけれども、それは関係はないのでしょうか。

(答)     それは関係ありません。淀川水系については、過日も詳しくお話し申し上げた通りでして、住民のご意見を聞くということについて、いろいろなやり方があると思うのですね。従来の淀川水系で行ったような方式もあれば、今利根川水系で申し上げたような方式もあります。専門家としてのご意見とともに、そこに住む住民の方々にはいろいろな考え方の方がいらっしゃいまして、そういう方々の意見を幅広に聞いて、最終的に責任を持つのは私ですから、そういう意味でいろいろな意見を聞きながら、民主的にかつ専門的な批判にも耐えられるような行政を進めていきたい。後退はありませんので、どうぞよろしくお願いします。

                

(問)       今の質問ですが、河川行政は、今、そういったダムの反対派であろうがなかろうが、住民と一緒に話し合うという姿勢が非常に後退していると感じます。川は利水者のものではありませんし、国土交通省のものでもありません。一番関係があるのは流域住民だと思いますが、その流域住民と一緒の土俵に立とうとしていない。専門家、あるいは一部のマスコミといった、いわばサロン的な中で議論しても、河川行政は決して前に進まないと思うのですが、その点についてどのようにお考えでしょうか。

(答)     そういう考え方もありましょうけれども、私が述べたような考え方もあるわけでして、いずれにしましても、河川というのは公物です。公の物です。したがいまして、それは専門家のものでもなければ、ただ単にそこに住む住民の方だけのものでもない。非常に広く治水、利水、安全という問題もありますし、いろいろな知恵を集めて、民主的にやっていかなければならないと、私はそう考えております。その民主的という方法について様々な考え方もあろうかと思いますけれども、その点についてご理解をいただきたい。

                

(問)       その点、大臣のお言葉を是非伝えていただきたいと思いますけれども、さらに技術的なことを言いますと、今回5地域ごとに全く別々に議論をするということなのですけれども、どこの流域でもそうなのですが上流から下流の問題には非常に重要な問題があります。上流の治水の問題、下流の利水の問題、これは全く別々に議論して果たしていいものかということも疑問に感じるのですが、それについてはいかがでしょうか。

(答)       そういう地域の持つ様々な問題を専門的に掘り下げていただいて、最終的には我々の方で判断させていただきます。もちろん川というものは上流から下流へ流れるわけでありまして、一体なものであります。ただ、一体として全体だけで議論するというのではなく、それぞれが持つ河川の意味、地域の住民の意思そういったものを踏まえて、総合的に判断をして、行政を進めていくべきではないかと思います。

~~~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月11日 (土)

電力会社のデータ改ざん

中国電力の土用ダムの「ダムデータ改ざん問題で中国電力に報告指示、経産省2006111日(水)」

という記事を読んだ人が「何か情報持っています?」と聞くので、「これは知らないけど東電のデータ捏造疑惑なら取材して原稿を書きましたよ」と答えてそのままになっているので、ブログ上でその続きを書く。

今年2月、真冬の新潟に取材に行って、「新潟・清津川の水利権 法令違反の東京電力に国交省は許可を与えるのか」という記事を週刊金曜日第600 20060331日 で書いた。これも、電力会社のデータ改ざん問題だった。

東電がデータを捏造し(東電は否定したが)、確かに提出されたデータの種類が違う、法令違反と国交省も認め、それでもお咎めなく進んでいくから取材して!と新潟から叫び声が上がって出かけて行った。

さらに、それでも粛々と手続きが進み始めたので、う~む(怒)と、金曜アンテナという小さなコーナーで「データ捏造疑惑残し 東電は水利権更新か?」週刊金曜日第625 20061006日を書いた。この真ん中へんでネット上で読めます。

結局、中国電力の土用ダムも、東電の水利権申請に必要な提出データも、建築物の構造計算と同じで、1)国交省や経産省には嘘や改ざんを見抜く力がない、2)制度が性善説に基づいて作られている。だから、この問題は、その2点に留意しておかないと、また起こる。きっと現に埋もれているだけで、2件あったのだから他にもあると考えたほうがいい。せめて現行の制度に基づいて一罰百刑を狙わないとどうしようもない。全国的に調査した方がいいんじゃないですか、と取材のときに聞いたら、その気はないと、答えていた。

ちと、失礼して、週刊金曜日第600 20060331日の記事から自己転載する。私はいまでもこう思っています。↓

「虚偽報告や法令違反は、電気事業法では三〇万円以下の罰金、河川管理者は水利用者に与えた許可を取り消す権限がある。経産省も国交省も責任の所在をうやむやにすれば、構造計算書を見抜けなかった行政手続きの杜撰(ずさん)さをさらに印象付けることになる。信頼を回復するために何をすればいいかは明らかではないか」

まさのあつこ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 2日 (日)

基本高水策定の不確定要因

予告から時間が空いてしまったのでおさらいです。過大な治水施設ができる大きな要因となっている「基本高水」は何故、過大だと言われ、実際そうなってしまうのか、という話です。

それはズバリ、基本高水を決めていく中に不確定要因があって、過大にしようと思えば過大に、できてしまう。「恣意性」を疑えてしまう状況があるからです。

例えば、2006331日に発表された陸旻皎長岡技術科学大学工学部助教授の「ダム計画の争点となっているカバー率の統計的性質に関する研究」では、以下のようにこれだけの不確定要因があると整理されています。

1. 降雨の確率分布形の選定

2. 降雨継続時間の選定

3. 実績降雨群の選定・継続時間の調整・引き伸ばし

4. 流出モデルの不確定性

5. カバー率の選定

その研究の「序」から一節を引用すると、「確かに計算手法には多くの不確定要因があり、算出される基本高水流量にも大きな不確実性が存在し、場合によっては、異なる防御手段も取り得るケースが生じる可能性がある。この不確実性を理解し、低減させることが学界の責務である。」

この研究をこちらで紹介してもいいですか?とお尋ねした際、陸さんは、「工学者として議論の土台を提供したい」とのことでした。「不確定要因を減らす、無くす。無くせないものならその特性を理解することの必要性を感じる方が一人でも増えれば幸いに存じます」とのこと。

同感です。

たとえば、こちらで書いたことも、その不確実性を低減させるためのひとつの手法ではあるのですが、それを河川行政側では恣意的に使ったり、採用していない状況があるため、「過大」だと批判されることになっています。

あ。さてそろそろ出かけねば。

まさのあつこ

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006年6月 1日 (木)

過大な基本高水の話の続き

5月29日に 「基本高水が過大と言われるようになった背景のひとつ」を書いたら、そのタイトルから「想定した話とは違った」というフィードバックをいただきました。

      「言われるようになった」→誰に?

      「ダム反対運動の歴史を振り返ってみて、その焦点がいつ頃から、基本高水問題に移っていったのか」という話なのかと想起したら、違う話だった(ガッカリ)。

      (確率処理というムズカシイ言葉を使った質問を私なりの言葉に置き換えると)「基本高水が過大なのってこの話の前に始まっているんじゃないの?」という質問

この3つは全部絡んでいますが、寄り道しながらひとつひとつ答えていきます。

基本高水流量を誰が過大と言っているか?

      ダム反対運動をやっている人は、自分たちだけが「過大だ」と言っているだけだと思い込みがちなのかもしれないのですが、科学の限界を知っている優秀な研究者(優秀ということは、科学や知識を過信しないということだと思うんですよね)は、基本高水流量が過大になってしまうカラクリ(=いくつもの「変数」を持った計算なので、その設定によって如何様にも恣意的になりえること)を知っているので、結果として過大になることがあることも知っている。

計算途中のいろいろな段階で、少しずつ「安全な側」に想定するので、結果として、とんでもなく水ぶくれた数値が、基本高水流量として出てくる。(これはまた別の機会に)

      ダム事業者(国交省など)ももちろんそのことを知っている。だから、「過大」だと言われると、「私たちは過大だとは思わない」と否定はするが、「余裕」とか「安全度」とかいう言葉は使う。「余裕」「安全」=「過大」だよね。だから、「過大だ」と歯に衣着せずに言うのはダム反対運動の人々かもしれないが、研究者も事業者も皆、知っている。過大なものなのだ。だから→

      だから優秀な研究者の中には(私も最近、気づき始めたことなのですが)、社会的な要請をきちんと受け止めて、過大となってしまう不確定要素を低減させていくことが研究者の責務だと考えて、研究している人がいるんだね!これが!そういう人は昔多分、出世できなかったタイプなんだろうけど、もうそういう時代ではない、折り返し地点に来はじめたと思うね。うん。

      だから先日、講義を聴きに行ってこちらにも書いたように、「SLSC」とか「ジャックナイフ法」とか、過大に出てきてしまう結果の方を見越して、過大なものをできるだけはじく手法を編み出した人だっているわけです。(それを国交省がきちんと使っていないだけの話で)

      あえて言えば、知らない(知らないフリも含めて)のは、食わなければならない建設業者と、その建設業者に煽られる政治家と、世渡りをするうちに「科学の心」を忘れた研究者と、不勉強な記者(かつての私も含め)と、そして良心的であっても限られた情報しか得られず、科学ゆえに過大になる事実に確信を持てていない政治家でしょうか。そして残念ながら一般国民(かつての私も含めて)。

では、なぜダム事業者は過大に(余裕を見て)設定するか?

ダム事業者が国民のために良かれと思って・・・なのですが、その背景には、「洪水被害が出て訴えられたら大変」と言うのがあります。これは元河川局長などが公の席でも言うことで、「洪水被害が出たら、あなたたちは責任が取れるんですか?訴えられるのは私たちなんですよ」と。でもこれに対して必ず、反論が出ます。「それで、洪水被害が出たからと言って、あなたたち(国交省)は責任を取ったことがあるんですか?」

でも、一方で、非公式な席も含め「今まで『ダムを作れば安全』という言い方で河川行政をやってきたのは間違いでした」と潔く認める河川行政マンも現れてきています。良くも悪くも、河川局は、自分たちで責任を背負い込むばかりで、だから、「過大」な(余裕をたっぷり見て)ダムができて来た。その惰性で(先輩たちの仕事を否定できずに)まだ作ろうとしている。

だから、「過大」さ(余裕)を率直に認めて、そのリスク管理を含め、もっと住民に参加をさせて治水を一緒に検討する(“利水”の闘いは扇千影大臣の時に「新規の利水ダムにもう作らない」ともう終わったからね。継続中の闘いは残っているけど)方向に展開していくべきだね(だから、河川法を改正しようョ)。

●ようやくこのブログの目的に近づいてきた(2年もかかりました)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月29日 (月)

不確かな基本高水と再現性の追及

 前項で書いたSLSCという指標を開発した京都大学防災研究所の寶馨氏の話を聞く機会があると教えてもらったので、52日行ってきた。帝国ホテルで行われた「京都大学防災研究所フォーラムin東京」 だ。

題目は 『「実務者向け:極値水文データの頻度解析」--- 大標本時代の水文頻度解析 ---

もちろん私は、実務者でもなんでもないので、行ってもチンプンカンプンかもしれないと思いつつ、“門前の小僧”という言葉もあることだし、と出かけていった。

 前項に絡めて、頭をひねりつつ、京都大学防災研究所の寶馨氏の概略をまとめて言えば、

現状:

いままでは基本高水流量(寶氏は、「確率水文量」という言葉を使われている)を求めるために、さまざまな確率分布を用いてきた。それは、これまではデータの蓄積がなかったからだ。しかし、これには問題があった。

問題点・留意点:

「小標本」30個未満

     データの蓄積量を考慮せずに、それらの確率分布が用いられてきたこと(たとえば10年、20年のデータしかなければ、せいぜい簡易推定ができると割り切るべきで、正確な推定はムリ。一時近似的な推定に過ぎないことを解析者もそれを利用するものも理解しておかねばならない)

「中標本」30個以上100未満

     たとえば、60年分のデータしかないのに100年確率を推定するのであれば、外挿推定(既知の資料から未知のことを推測・予測すること)になる。その際は、その標本に複数の確率分布モデルを当てはめて、良く適合する分布を選択しなければならない。(ここでSLSCが出てくる)

     しかしデータが蓄積して基本高水流量が大きく変わるようでは計画の変更や見直しが要請されかねない。

     そこで1)データ収集、2)モデルの候補を選ぶ、3)データにモデルを当てはめる、4)適合度を評価する(SLSC)、5)適合度のよいものを選ぶ、という5つのステップに、さらに新たに6)、ジャックナイフ法を適用して推定誤差の小さいモデルを選ぶことを推奨してきた

新しい提案

「大標本」100個以上

 ・ データ蓄積が100年を超えるところも出始め、これからも蓄積は進む。そこで、これまでのように解析的な方法(確率分布モデル)に依存し、どのモデルでやろうかと悩む必要はない。大標本データを直接プロットして、ブーストトラップ法で推定の精度を補正するという方法が取れるようになる。

以上が、実務者ではない私の理解の範囲です。

私なりのまとめ

つまり、推定は推定であることを前提に、いかに再現性を高めるか、ということを研究し、提案し続けてきた研究者が、それでも批判の多い確率分布モデルに対して、こんな方法も可能になってきたではないかというまた新しい提案を行ったフォーラムだったのだな、ということが、今、復習していてやっと頭の中に入った。

 翻って(ここからは寶氏の講座とは関係なく私の思考)、国交省は、基本高水を提案するとき、いかにそれが妥当かということは言うのだが(SLSC0.04以下とか適合度を低めた上で)、たとえば、基本高水を求める上で、その算定を行う「確率分布」モデルの中に入れることができていない要素がいっぱいあることについては、説明しない。

たとえば、森林の保水力や森に降った雨が川にどう流れてくるかが計算式になっていないから(科学がそこまで追いついていないから)入っていないだけの話。人間が知らないメカニズムなんて沢山ある。地形だって地質だって違えば当然色々違ってくる。こんなふうに、確率分布モデルは万全ではないのだということがスタート地点になっていない基本高水の出し方は、信頼性を自ら貶めることになっていると思う。

 

 上記、何か間違いに気づいた方は、ご教示ください。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

基本高水が過大と言われるようになった背景のひとつ

やっと本質論の入り口です。お待たせしました(懺悔)

数学、いや数字が大の苦手な私にとって、もっとも触れたくない問題が「基本高水流量」である。「ムズカシイ物事をヤサシク表現する極限への挑戦」と言っても過言ではない。これを見て間違いやより適切な言い方を発見した方は、ぜひ、お知らせください(atsukom@mrj.biglobe.ne.jp)。

基本高水流量とは、あらゆる必要な言葉も含めてさっぴいて言うと、「降った雨が川に流れていく最大の量」(ダムなしの場合の)。それをある基準地点について考える。しかも、80年に1度とか100年に一度とか150年に一度の大きな雨が降ったときにどれくらい流れるだろうか考える。そういう数字である。

 正確に知りたい人は例えばこちら→http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/Dambinran/binran/Jiten/Jiten_02.html#河道計画上の流量

(ここですでに、何十年に1回なら洪水に見舞われても仕方がないかと思えるかによって、基本高水流量が違うということを頭に入れておいて下さい。それからこのことについて流域住民が参加して決める仕組みがないことも覚えておいて下さい。)

この数字を巡り、「過大」だとか「妥当」だとかがダムの「反対」「賛成」という議論の際、どこの水系でも言われるようになってきた。

なぜ基本高水流量が過大とか妥当だとか言われるか?

1.11通りある推定の仕方(確率分布モデル)

降雨量や流量のデータは十分にないので、少ないデータを統計的に処理して「基本高水」を「推定」していくわけだけど、「国内で適用性が確認されている」と国交省が言う確率分布モデルは11通りある。そのモデルに当てはめて、例えば球磨川水系の場合、80年に1度の規模である「基本高水流量」が出てくるわけです。なんども繰り返しますが、あくまで統計的に求める(机上の計算で出てくる)「推定」です。

2.適合度の高い推定の仕方を選定するはずが・・・

11通りの中で、現実とかけ離れてしまうものがあるので、現実によく当てはまる推定の仕方を選ぶための方法が開発されている。ひとつは適合度を見るSLSCという方法。もうひとつはジャックナイフ法という方法。ところがです。

3.SLSCは小さいほどよく、0.03以下であれば適合度が良いはずが・・・

SLSCの方は、この方法を開発した本人が「適合度の指標であるSLSC(standard least-squares criterion)は,0.03 以下の場合、標本と理論値との適合度が良いことが知られている」(宝馨、京都大学防災研究所年報)といい、他の研究者によるさまざまな文献でも、小さければ小さいほどよく、0.03以下となれば適合度が高いと学会ではすでに定説とも言える指標であるにもかかわらず、国交省な何故か、「0.04以下」という学会の常識とは異なった指標で、学説的に言えば「適合度が低い」モデルも採用してしまっています。

そして、「適合度が低いモデルを使っています」と正直に言うのならまだしも、「ウソ」と指を指されてもおかしくない説明を審議会でも行っているのだ。

●たとえば●平成1827日の河川整備基本方針検討小委員会(那賀川水系の審議)で布村・河川計画課長は、「全国の実流量のデータから求められましたSLSCの最小値というものを、お調べになった論文を見ますと、大体最小値というのはSLSCが0.04以下ぐらいのところにほとんどのものがございます。ということで、ほかでこういうふうに分析をいたしましたものを、0.04以下のものというものを手法として採用しています。」

議事録はこちら→http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai/shakai/060207/060207-2.html

この説明は前述した通り、学界の常識やこのSLSCを開発した本人の説明とはことなっている。

●たとえば●(これから審議される)球磨川の場合でも、11通りのやり方の中で、常識はずれな0.04以下という適合度の低いでもOKにしているので7000トンを越える基本高水でも「ふさわしい」とされてしまい、それで「過大」だという批判につながてってきた。学界の常識通り、0.03以下に当てはまるモデルを採用すれば、7000トン以上の数値が出ているモデルはすべてはじかれるのだ。

もうひとつ、ジャックナイフ法といって、推定誤差によって使えるモデルかどうかを見る指標がある。これも小さければ小さいほどいい、という指標だ。

ところが国はこの指標を内部資料として持っていても、採用していないなどということがある。

学問の世界では確立されているこうした指標をクリアしていないモデルで算定されたものが、結局のところ、「基本高水流量」として採用されている。だから、「過大」であると批判されるようになった。

う~む。少しだけ、基本高水が過大、と言われる背景の雰囲気だけでも分かる人が増えてくれただろうか。

何か、上記で間違っている説明を発見された方は、どうぞ、ご連絡ください。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 7日 (火)

必要性の水増しから正しい姿へ

 このリンクはすぐに切れてしまうかもしれないけれど、ついに、来るべきニュースが熊本から飛び込んできた。熊本県が、川辺川ダムではない方法で農業用水を取水をする計画を発表したというニュース。

 国営川辺川利水裁判で、同意に死者が含まれているなどの捏造が発覚し、国が敗訴したときから、これは実に当然違法な行政手続によって始まった事業が国営川辺川利水事業。その利水事業を重要な目的として、川辺川ダム事業が成り立っていた。

続きを読む "必要性の水増しから正しい姿へ"

| | コメント (0)

2006年1月29日 (日)

根っこ、答え

重なるときには重なるもので、前身「ダム日記」との関係についての質問と同様、2004年以降に知り合った方からは、最近こんなメールもいただきました。

<ダム日記2がスタートした時、「河川法を改正しようヨ」というタイトルの意味がよくわかりませんでした。もしかして、殆どの人には、チンプンカンプンだと思います。>

わはは、すみません。

続きを読む "根っこ、答え"

| | コメント (2)

2006年1月27日 (金)

お座敷デジャブー

 昨日、国交省河川局のある部署への取材帰りに河川計画課へ寄ってみた。議事録の発言者名の公開の件は、どうなったか様子を聞きにいこうと。でもアポなし。担当課長は打ち合わせ中で忙しそうだったので、私も次の取材先へ。歩きながらコーヒーを飲んで、シャツにこぼしてシミがつき、次の取材先からちょっと少し恥ずかしかった。

続きを読む "お座敷デジャブー"

| | コメント (0)

2006年1月26日 (木)

アンケート結果

社会資本整備審議会・河川分科会委員への公開アンケートを実施してみた。
しかし、先日カナダ取材(17~23日)から帰ってきて一番にFAXの周りを見てみると、一通たりとも回答が戻ってきていなかった。ある程度予想はしていたが、一、二通は何かしらの反応(文句とか意見とか)があるかなと期待していた。ショックである。というわけで、以下、アンケート結果の発表です。

続きを読む "アンケート結果"

| | コメント (0)

2006年1月11日 (水)

ほんとうは要らなかった河川分科会?

 ここ最近、半ば半狂乱で書きまくっていました(短時間で一気に書きなぐっているので拙文でたいへんすみません。いずれ時間ができたら、もう少し分かりやすく書き直したいですがその時間はとれそうもありません)。
 昨年秋から傍聴を続けた社会資本整備審議会河川分科会と河川整備基本方針検討小委員が、単なる、国交省案のお墨付き機関となっていることに危機感を抱いて、公開アンケートだ、要請書だと出しまくっているわけですが、要請書を書くために「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」とその「審議会等の設置に関する指針」を読んでいて、重要な点を再認識しました。

続きを読む "ほんとうは要らなかった河川分科会?"

| | コメント (0)

要請書なるもの

日付が変わってしまいましたが、昨日、以下の要請書を書いて、河川計画課の布村明彦課長宛てで郵送しました。これを書くにあたって参照したのは、審議会等の整理合理化に関する基本的計画(平成11年4月27日閣議決定)です。

続きを読む "要請書なるもの"

| | コメント (0)

2006年1月 8日 (日)

だからやってしまった

  あまりエキセントリックなことはしたくないのだが、物事、何かを変えようと思ったらば、恥を忍んで挑まねばならないことが。。。以下の公開アンケート、郵送やFAXなどで送りました。回答をいただけようといただけまいと、結果は今月23日以降にこちらで公開致します。
 委員によっては、「何をいまさら」という質問事項で、回答には「はい」ばかりが並ぶことになるのかもしれませんが、意識喚起を目的とし、同時に「余談」としてアンケートお願いの最後にいれたように、議事録の名前入り公開を要請するための布石でもあるので、このような内容にしました。
 ★なお、「社会資本整備審議会河川分科会」は、「社会資本整備審議会河川分科会・河川整備基本方針検討小委員会」で審議したことを承認し、それをもって「社会資本整備審議会」の最終結論とみなしているという関係です。

続きを読む "だからやってしまった"

| | コメント (0)

やらずに後悔するよりは

 やらずに後悔するよりは失敗して後悔したほうがよいと、友達がよく言って(慰めて)くれます。今週末中に以下のようなアンケートを発信したいと思います。まずは思いついたが吉日で、明日、体裁を整えて実行するつもりです。

続きを読む "やらずに後悔するよりは"

| | コメント (0)

2006年1月 4日 (水)

基本方針と整備計画の関係の「確認」(その2)

基本方針と整備計画の関係の「確認」については、審議会の中ですら行われました。11月9日の審議会です。議事録がやっと出ているので引用します。

このやり取り自体が、
1)方針と計画の関係(審議委員すら理解していない)、
2)審議委員と国交省の関係(質問する人と答えを牛耳る人)、
3)審議会の性質(実質的な議論にならない。当たり障りがないやり取りで終わる)
そのすべてをよく表していると思うからです。

続きを読む "基本方針と整備計画の関係の「確認」(その2)"

| | コメント (0)

八ツ場ダムは最後のダム?

 次に、「八ツ場ダムは最後のダム」と河川計画課長の口から飛び出たことについてです。12月6日の審議会で、審議会の事務局(シナリオライターと言ってもよろしいでしょう)である国交省河川局の布村河川計画課長が、「利根川本川上流部」の説明で、「洪水調整施設は八ッ場ダムが最後」という言葉を差し挟んだのです。
 

続きを読む "八ツ場ダムは最後のダム?"

| | コメント (0)

旧法と新法に基づく治水計画の違い

先に、旧河川法に基づいた治水計画と新河川法に基づいた治水計画でどんな違いが出たのかを整理しておきます。

続きを読む "旧法と新法に基づく治水計画の違い"

| | コメント (0)

審議会と市民の関係(審議の回数)

まずは、市民団体からの意見書に審議会(「河川整備基本方針検討小委員会」という名が長いので、ここではこう呼びます)が反応したことについてです。
 
利根川水系については、計5回、審議が行われました。

続きを読む "審議会と市民の関係(審議の回数)"

| | コメント (0)

利根川の河川整備基本方針

旧年中に整理しようと思ったことが今年になってしまいました。昨年、傍聴した社会資本整備審議会の河川分科会の河川整備基本方針検討小委員会で審議された「利根川水系」についてです。

続きを読む "利根川の河川整備基本方針"

| | コメント (0)

2005年12月28日 (水)

人口減少

 始まりましたね。人口減少。少子化を政府が騒ぐのは、「税収」が減るからですが、エネルギーや環境面から言えば、決して悪いことではない。問題は、人口が減り、税収が減ることが分かっていたのに、財政支出を絞ってこなかったことだ。
 これ以上のハコモノへの投資は、未来世代へツケを残す犯罪だと思う。

続きを読む "人口減少"

| | コメント (0)

2005年12月14日 (水)

元河川局長が公にした裏話

 背骨で発作的に後先を考えず書いているので、「研究者の役割」について書いたときに、「全研究者を敵に回すような書き方にならないよう慎重に」と忠告をいただいた。そのつもりはなく、それどころか、研究者は世の中をよい方向へ変えていく上で、必要不可欠だと考えている。ただ、審議会の御用学者(「サイレント・マジョリティ」の反対で「サイレント・メイジャー」とでも言おうか)のようにはならないで欲しい、という意味で、全研究者に対する挑戦と取ってもらっても構わないかなと思う。
 だって、政策形成過程に組み込まれていることの幸運を駆使しないなんて、組み込まれていない人から見たら、どれだけ口惜しいことか。

続きを読む "元河川局長が公にした裏話"

| | コメント (0)

基本方針と整備計画の関係の「確認」

 今回の12月3日日弁連シンポジウム「河川管理と住民参加」の最大の成果は、以下のやり取りだと思います。シンポジウム実行委員会事務局長の赤津加奈美弁護士が、おっとりした関西弁で、布村明彦・国交省河川局河川計画課長でも竹村公太郎・元河川局長でも「どなたでもよろしいんですが、お答えいただければ」と2度3度と諦めずに同じ質問を繰り返し、逃げられないと観念して、やっと竹村元河川局長が応じた答えです。

続きを読む "基本方針と整備計画の関係の「確認」"

| | コメント (0)

2005年12月 9日 (金)

判例の積み重ね(米国のお話)

 12月3日に行われた日弁連、近弁連、大弁連主催の「河川管理と住民参加」のシンポは圧巻でした。2つの日本の最新の訴訟に関連づけて、まずは、米国から来日したディビッド・L・ウェグナー氏(以前は内務省開墾局のエンジニアだった方)に聞いた話などを続けてレポートできればと思います。「アメリカにおける環境法の進化とその日本への適用」という題目での特別報告でしたが、ここでは米環境法史についてはすっ飛ばし、私が学んだポイントを3つ整理します。
 以下、太字はウェグナー氏の論点、それ以外は私の意見・解釈です。

続きを読む "判例の積み重ね(米国のお話)"

| | コメント (2)

司法による行政チェック(その2 永源寺第2ダム)

大阪高等裁判所はまだ、情報提供の質・量・スピードが最高裁には追い付いていませんね。でも、数年前と比べると大進歩。前は、過去の判決文が欲しいとなると、裁判所に電話をしても「分からない」と言われたものです。事件を扱った弁護士さんを見つけて・・とたいへんな遠回りが必要でした。今は、過去のものについては、下級裁主要判決情報の検索ページが出来ています。
 頑張れ裁判所!

続きを読む "司法による行政チェック(その2 永源寺第2ダム)"

| | コメント (0)

司法による行政チェック(その1小田急)

 2日立て続けに、司法による行政チェックの機能を広げる判決が出ていて喜ばしい。最高裁も最近、情報提供が進んでいます。このページから見ることができます。 一つは、原告適格の拡大。
 

続きを読む "司法による行政チェック(その1小田急)"

| | コメント (0)

2005年11月24日 (木)

河川法改正~押してもダメなら

 このブログは、「理想的な河川法改正は国会の中にいてはできないなと(力量不足はもちろん、種々雑多な仕事や雑事忙しすぎ)」という実感を元に、「押してもダメなら引いてみな」の感覚で、「外でうごめくことで、しかもできるだけ国会に直接アピールする形ではなく『法改正』が可能か?」「しかも、自分にとってストレスのたまらない形で」という私なりの実験であり挑戦です。人間、生きるか死ぬかのどちらかなので、やってみないと何事も分からない。

続きを読む "河川法改正~押してもダメなら"

| | コメント (0)

2005年11月 7日 (月)

形骸化を実感せざるを得ない審議会

 10月26日1時半、吉野川のことが審議される河川分科会が開かれたので傍聴に行った。各地の複数の河川について、「河川分科会河川整備基本方針検討小委員会」の報告を座長が読み上げる形で進行した。該当資料をめくりながら、言及された箇所にポストイットを貼り付けるだけで精一杯の速度で流れていき、その報告が、そのまま分科会の結論となった。

続きを読む "形骸化を実感せざるを得ない審議会"

| | コメント (2)

2005年10月25日 (火)

明日の河川整備基本方針検討小委員会

 河川整備基本方針検討小委員会などで、河川整備基本方針が急ピッチで策定されていることを先日お伝えしましたが、明日、10月26日 午後1時半に国交省11階特別会議室にて、吉野川など5河川の河川整備基本方針がテーマに、小委員会が立つことになったようです。

続きを読む "明日の河川整備基本方針検討小委員会"

| | コメント (0)

2005年10月23日 (日)

利根川・淀川・吉野川と、河川整備基本方針

 昨年7月~12月にかけ何カ所かで、たとえば、「青の革命と水のガバナンス」研究会で、「いま何故、河川法再改正か」 (パワーポイントファイル)などを発表してから1年が過ぎた。97年の改正以来、いまだに109水系のうち29水系(04年9月時点)しか、新河川法に基づいた河川整備基本方針が策定されていないなどの批判を行った。どちらの会場にも国交省の方が現れ、議論もしたので、この批判はやがて担当者のところへ届くだろうとは思った。

続きを読む "利根川・淀川・吉野川と、河川整備基本方針"

| | コメント (0)

2005年10月15日 (土)

改正行政手続法

あ~、すごく忙しかった。今月は誕生月で近所に住む友だちがバースデーケーキを持ってきてくれたのだけど、玄関で「ありがとう!」と受け取って終わる始末で、翌週末にはご飯を食べに来てもらって久しぶりにくつろぐことができた。

続きを読む "改正行政手続法"

| | コメント (0)

2005年6月11日 (土)

河川行政での住民参加その5

 1日1項目づつと思っていたら、いつまでも終わらないので、今日は、残り全部について一気に書きます。一気に書く理由が、もう一つ。発想を転換しようと決めたからです。

 先日(6月9日)、「持続可能な開発のための日本評議会(JCSD)」の定例会に顔を出し、久々に「アサザ基金」飯島博さんの話を聞いたのが契機です。「市民参加はもう古い、これからは行政参加だ」というのを聞いて、ストンと、そうだなと思いました。

続きを読む "河川行政での住民参加その5"

| | コメント (2)

2005年6月 2日 (木)

河川行政での住民参加その4

 口では言えない恥ずかしい間違いを犯してしまった。ううう~~。言いたくない。でも馬鹿をさらして等身大でいくのが私の流儀。だから馬鹿をさらしてしまう。(さらに補足6月8日)

続きを読む "河川行政での住民参加その4"

| | コメント (0)

2005年6月 1日 (水)

河川行政での住民参加その3

 この時代、審議会のようないわゆる「第三者」による委員会というものの意味や意義を考え直した方がいい。「当事者」委員会でなければならないものの方が増えているのではないかと思う今日この頃です。
 というわけで、ものすごく飛び飛びで恐縮ですが、ようやく第三弾。

続きを読む "河川行政での住民参加その3"

| | コメント (0)

2005年5月20日 (金)

河川行政での住民参加その2

 前回に続く第二弾ですが、河川法16条2項の後半については、本来、丁寧な解説をする必要がありますが、時間の関係上、ちょっと端折ります。
 ただし、下記で出てくる「国土形成計画」ってなんだ?と思う方は、「総合的な国土の形成を図るための国土総合開発法等の一部を改正する等の法律案について」をご覧下さい。
 とっくに廃止されていなければならない法律、そしてそれに基づく公共事業の長期計画です。この期に及んで、まだ、国は、公共事業利権にしがみつこうをしているわけです。
 そして、そんなものとの調整をはかれということが、河川法では求められています。

続きを読む "河川行政での住民参加その2"

| | コメント (0)

2005年5月18日 (水)

河川行政での住民参加

最近、学生さんや学者さんとワイワイやることがあって楽しい。
自己紹介代わりに、河川法のある特定の問題点をエクセル表にまとめて持っていって、ササっとお話をしたのですが、表をアップロードする技術が私にはないのと、一つひとつ多くの人に知っていただきたいのと、両方の理由で、1日約1項づつご紹介します。(全部で12,3項目になりそう)

続きを読む "河川行政での住民参加"

| | コメント (0)

2005年3月24日 (木)

改正の提案その1

 風邪をひいて一週間も寝込んでしまいました。さて、2月20日にヨソで語るで書いた通り、「河川法を改正しようョ」と呼びかけ初めて半年以上が過ぎました。以下は12月4日に環境行政改革フォーラムの総会(05年2月5日)でお話するために書いた原稿です。人々と意見を交換しつつ、また、現場を踏みつつ、勉強しつつ、少しづつバージョンアップしていますので、日々の精進の結果、以下の内容からは、すでに私の脳みそもバージョンアップしています。

続きを読む "改正の提案その1"

| | コメント (0)

2005年3月 6日 (日)

脱ダム後の処理

 昨年末、「自治創造研究会」代表の横田昌三さんから、「ダムが中止された後、どのようなことになっているのか、会で発行しているニュースレター「地域と政策」に書いてくれないか」と依頼がありました。
 「地域と政策」の宣伝を兼ね、サンプルとしてその原稿を載せさせて欲しいと頼んだところ、了解をいただきました。連絡先など文末に掲載します。

続きを読む "脱ダム後の処理"

| | コメント (0)

2005年2月20日 (日)

ヨソで語る

 このブログは、その名も「河川法を改正しようョ」なのに、あまり、河川法改正の話題がダイレクトに出てこないと、イライラされている方もおられるかもしれません。すみません。これまでは、むしろヨソでナマの言葉で語ってきました
 延べ300人くらいの人に、話を聞いていただきました。

続きを読む "ヨソで語る"

| | コメント (0)

2004年12月27日 (月)

オーフスネットの設立一周年と翻訳完成記念

 少し前の報告になりますが、「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における 市民参加、司法へのアクセス条約」(デンマークのオーフスで始まったので「オーフス条約」と呼ばれます)を日本でも広めよう、実質的に実現していこうと設立された「オーフス・ネット」の一周年と、その条約の日本語訳完成を記念して、11月27日に設立一周年・翻訳完成記念報告会 が11月27日にありました。

続きを読む "オーフスネットの設立一周年と翻訳完成記念"

| | コメント (0)

2004年11月23日 (火)

八ッ場ダム住民訴訟スタート集会

岩屑なだれ.jpg

 ここのところ、人前でお話すること多し。
 先週18日はあるNGOでのざっくばらんなロビー講座、19日は「青の革命と水のガバナンス」という研究会での河川法についてのお話。前者では、「審議会ってなんとかなりませんかね?」というボヤキを聞かされ、後者では「河川整備基本方針は『密室』で決まり、河川整備計画は『裁量』で決まります」と河川法の構図を単純化してお話したところ(案の定)、「『密室』ではなく、ちゃんと『審議会』という場を通す」と国交省の関係者から反論があって、面白かった。

 (右上写真は、群馬県長野原町。八ッ場ダム予定地のご当地は、浅間山が噴火で山が崩れて、吾妻川に雪崩れくだり、泥流が通過していった場所。写真は、2万4年前の噴火で堆積した「応桑岩屑なだれ」。いわば山の残骸が、不安定に重なってようやっと落ち着いているところ。様々な岩や石が無秩序に入り乱れているところが、この写真でよくわかると思います。ダムの水を貯めると、このグチャグチャの地質とその下の土との境目が、すべる(地すべりを起こす)のではないか、と言われている場所です。)

続きを読む "八ッ場ダム住民訴訟スタート集会"

| | コメント (1)

2004年11月 6日 (土)

ダム問題ダイジェスト

 全国各地から小豆島に集まった人々の報告から、ダイジェストを作ってみました。

茂吉さん.jpg

●川辺川ダム事業(熊本県)
 03年5月、川辺川利水訴訟で農家が農水省に勝訴。違法事業であると裁きが下された農水省は、現在、新・利水計画を模索中。「ダム案」と「非ダム案」で農家にアンケートを取ろううとしている。ところが、農水省は「ダム案」については市町村補助で農家の負担を軽くしようとしている。原告側は「非ダム案」を推進し、「どちらの案でも農家の負担は同じにすべきだ」と原告副団長の茂吉隆典さん(ピンぼけすいません)。詳しくは例えばココ

続きを読む "ダム問題ダイジェスト"

| | コメント (0)

2004年10月13日 (水)

住民監査請求が機能しないのは何故か

04年9月10日に一都五県(東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城)に対して5391人が一斉に行った住民監査請求の結果が、少しづつ出てきています。
 計画から52年。03年、国交省が事業費を2110億円から4600億円に倍増を提案。埼玉県では知事をして県議会で、「2000万円で契約をした家の完成が間近に迫ったときに、4600万円だと請求されているような思い」{こうしたことが本当に世の中で通じるのか激しい怒りも感じております」と言わしめた増額を受けての住民監査請求でした。

住民たちが監査委員に求めた内容は、以下の通り。
●知事や水道事業管理者に対する以下の支出差し止め
1) 建設負担金(起債利子を入れると総額約8800億円
2) 水源地域整備事業の経費負担金(総額997億円)
3) (財)利根川・荒川水源地域対策基金の経費負担(総額249億円)
● 知事に対しては、また
4) 一般会計から水道事業特別会計への支出差し止め
5) 昨年1年間の支出(都県総計で104億円)に対する損害賠償請求

続きを読む "住民監査請求が機能しないのは何故か"

| | コメント (0)

2004年10月 3日 (日)

河川台帳の存在

国土交通省および都道府県の河川担当者に是非、読んで欲しいこと。河川法12条で、河川管理者は、管理する河川の台帳を調整し、保管しなければならない、閲覧を求められたら、正当な理由なしに閲覧を拒むことができないとされています。ところが、どうもこの河川台帳を、しっかり調整・保管・公開していないことが、各地からの情報で分かり始めました。

続きを読む "河川台帳の存在"

| | コメント (0)

2004年9月25日 (土)

治水のイロハ「堤防」

世の中には人知れず「スゴイ」人というのはたくさんいるもので、ナギの会の渡辺寛さんは、その一人。今日は、彼が8月19日に提供してくれたたくさんの情報の中から、「堤防の緊急点検」の動きを、私自身が消化してその意味を考えるための日記です。

続きを読む "治水のイロハ「堤防」"

| | コメント (0)

2004年9月10日 (金)

ダム事業の決定権

【住民に手の届かないダム事業の決定権】
 一つ前の日記でお伝えした「行政手続法」の改正がなぜ「ダム」と関係するか?
 ダムは「行政手続」だけで決定するからです。
 行政の手続には(もの凄く大雑把に言うと)二つあります。
 一つは法律に基づいてやること。一つは、行政の裁量でやること。
 日本政府の最大の問題点は、「行政の裁量」の幅が広すぎることです。
 ダムもご多分にもれず、「行政の裁量」で作られます。

続きを読む "ダム事業の決定権"

| | コメント (0)

2004年9月 6日 (月)

行政手続法

たっぷり遊ぶと、天から降りてくるように色々なことが脳みそに押し寄せる。

8月23日で締め切ってしまったが、総務省が「行政手続法」を改正するためのパブリックコメントを求めていた。「行政手続法」は1993年にできた法律で、行政が行うこと(=行政手続)のやり方を定めたもの。欧米に比べ20年近く遅れてできた上に、「計画策定手続」と「行政立法手続」のやり方についてはボッコリと抜け落ちた。いわばザル状態で成立した法律だ。そしてまた、情けないよくある話だが、これは、「日本政府のやり方がわからん」という「外圧」によってできたとも言える法律なのである。

続きを読む "行政手続法"

| | コメント (0)

2004年8月30日 (月)

「あの川」というモティベーション

メキシコ・チアパス州、ある町にほど近い山の中の
コミューンに、妙な縁で、居候することになりました。
そこには、シャワーもお風呂も水道もなく、
川がありました。

続きを読む "「あの川」というモティベーション"

| | コメント (0)